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「日本をさらに豊かにするために、実体経済の世界で哲学を持て」――寺島実郎(日本総合研究所理事長)

1年前のインタビューで、世界的に混沌の時代に突入することへの警鐘を鳴らした寺島実郎氏。中国経済の失速、米国の政策転換、テロへの不安など、ますます混迷を極めそうな2016年、世界経済の潮流はどう動き、その中で日本は何をするべきかを語ってもらった。 聞き手=本誌編集長/吉田浩 写真=佐藤元樹

寺島実郎氏が語る 米国の「2つの政策変更」が世界に及ぼす影響

寺島 「ロンドンエコノミスト」誌の展望をもとに、リーダーシップが欠落したディスオーダー(無秩序)の時代になるという話をしたと思うが、まさにその通りの1年だった。16年については、“3つのW”が鍵になると同誌は述べている。

1つめは“WOES”、つまり災いのこと。2つ目は“WOMEN”、メルケル独首相やヒラリー・クリントンを例に、危機の時代には女性が活躍するととらえている。3つ目が“WINS”、勝利だ。今年はオリンピックイヤーでもあり、大きなスポーツイベントの年だが、気になるのは最初に災いという否定的な言葉を挙げてきていること。15年末にパリで起きた同時多発テロなどもあり、16年は明るい展望が見える幕開けではないということだろう。

寺島実郎

寺島実郎(てらしま・じつろう)1947年生まれ。北海道出身。73年早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了、三井物産に入社。米国三井物産ワシントン事務所所長、三井物産常務執行役員、三井物産戦略研究所会長などを歴任。2009年多摩大学学長、10年一般財団法人日本総合研究所理事長に就任。

―― 個人的に注目する出来事は。

寺島 15年12月の金利引き上げと、原油輸出の解禁という米国の大きな政策変更が16年に大きく影響するだろう。リーマンショック後、米国は金融の量的緩和を行ってきたが、14年10月には終わらせた。それ以降、いつ金利を引き上げるのか世界が注目していたが、米国の国内事情だけを考えればいつ引き上げてもおかしくなかった。失業率が6.5%を割ったら金利を引き上げると考えられていたが、15年10月には5%になり、リーマンショック後の半分の水準になっていたからだ。ところが世界の経済状況は不透明感を増し、IMFのPPP(購買力平価)ベースでの世界全体のGDP成長率の予測が下方修正されてきている。中国の景気減速、ギリシャ危機などがある中で、簡単には金利を引き上げられなかったのだ。

しかし米国の立場に立つと、いま金利引き上げを実施しておかないと、金融政策の柔軟性を失い、景気が下降局面に入ったときに景気刺激策を打ちづらくなってしまうという考えがある。問題は日銀が、同じタイミングで追加緩和措置を発表したことだ。米国が「金融政策の出口に出た」と考える一方、日本は「出口なき金融緩和」を続けている。これがもたらす結末が、16年に見えてくる。

―― 原油輸出解禁はどう絡んでくるのか。

寺島 これまで米国は原油の輸出を禁じていたが、14年には世界1位の原油生産国になった。世界の原油価格は14年秋ごろまでは高値で推移したため、原油の増産が進み、原油価格が下がってきた。米国の原油が欧州やアジアに輸出されると、例えばロシアのように原油を売ることで外貨を稼いでいる国に大きな影響を及ぼす。特にロシアは経済制裁で景気が減速しているのに、追い打ちになる。

さらに、イランは経済制裁下にもかかわらず、14年に原油を360万バレルも生産し、世界7位の産油量だった。制裁が解除されると500万バレルに達してもおかしくない。こうなるとOPECが少々生産調整しても、原油価格が低迷することは間違いない。

リーマンショックの悪夢再びと語る寺島実郎氏

―― 原油価格低迷で何が起きるのか。

寺島実郎寺島 注目すべきキーワードは「ハイイールド債」だ。リーマンショック後、リスクが高い債権は金融市場で売れなくなったので、名称を変えたのがハイイールド債。いままでは資源ブームを背景に「少々のリスクはあるが、LNGのブームがあるから投資してみませんか」と勧誘していた。しかし、このビジネスモデルは、どう考えても原油価格が1バレル60ドル以上でないと成立しない。つまり、いまの市場では、ハイイールド債のリスクが極限まで脹らんだ状態で、サブプライム問題再びと言える。また、金利引き上げによって、米国に資金が還流してドル高になっていく。ドル高は原油安の圧力になり、ハイイールド債のリスクがさらに高まる。

―― 影響が出てくるのはいつ頃か。

寺島 新年から春先にかけて、米国の金利引き上げの影響、原油価格下降のリスクが出て来るだろう。日本は原油をすべて輸入に頼っているので、原油安は良いことのはずだが、そう単純な話ではない。日本の金融機関、特に運用力が低いところほど、ハイイールド債を保有していて、そのリスクのほうが大きい。

―― まさにリーマンショックのときと同じだと。

寺島 日本経済に限って言えば、常識に立ちかえったときに、健全な経済観を取りもどさなければならない。異次元の金融緩和を3年も続けて、財政出動で「アベノミクス第2の矢」を放ち続けたのに、14年の日本経済はマイナス成長で、15年は下方修正に次ぐ下方修正でほぼゼロ成長の見通しだ。株価がアベノミクス前に比べて倍以上になっているのに、なぜ実体経済は動かないのか。企業の経営利益は増えたのに、人件費や設備投資は増えず、内部留保だけが増えていることからも、実体経済が動いていないことが見て取れる。

寺島実郎氏は語る アベノミクスは追い込まれている

―― 日本企業はどうすべきか。

寺島 中国市場に依存したモデルは急速に色褪せている。中国が減速した分がインドに流れ、15年11月までに、鉄鋼輸出量はインド向けが60%増えた。しかし、海外の経済に不透明感が高まるなか、海外市場に依存するやり方には陰りが見えてくる。国内の経済システムの中でどういう産業、事業、プロジェクトを立ち上げていくのか。そこで、重要になるのは、「サービス産業の高度化」だ。

日本では、00年から14年までに、モノづくり産業からサービス産業に就労人口を移行させ、サービス産業の雇用を370万人ほど増やしたが、平均年収は300万円以下であり、サービス産業に従事する人々の生活を底上げしていかないと、日本はこれ以上豊かにはならない。日本はモノづくりをベースとした国ではあるが、サービス産業に従事する人を豊かにすることが、これから必要だ。

―― サービス産業の底上げはどうやって行うべきか。

寺島 サービス産業のリーディング産業を作っていくことが必要だ。そこが、『新・観光立国論 モノづくり国家を超えて』(NHK出版)という本で述べているポイントだが、観光を産業としてしっかり育てていかなければならない。2泊3日3万円の観光客を集めて爆買いに期待するということでは産業にはならない。今後はハイエンドのリピーターを生み出す構想が問われる。14年の日本の一人当たりGDPは3万6千ドルで、香港に抜かれてアジア4位になってしまった。IMFの予測では、15年には3万2千ドルに落ち込むと言われている。これからは、どうやって日本の付加価値を高めるかが問われる。

―― アベノミクスの「新3本の矢」をどう評価するか。

寺島 「新3本の矢」の評判が総じて悪いのは、「旧3本の矢」が失敗だったと認めたようなものだからだ。なぜなら、いつまでたっても第3の矢が飛ばないから。だから格差と貧困という、新たに生まれた歪みに対して手が打てていない。新3本の矢の第2、第3の矢が福祉政策に重点を置いているのは、それだけ追い込まれているとも言える。

さらなる「黒田バズーカ」を期待してはいけない。それに依存すると、自力で立て直す体質を作れなくなってしまう。大学で経済学のかけらでも勉強した人は、金融政策だけで本当に経済が良くなるかどうか、思い出してほしい。新しい事業を創成し、プロジェクトをエンジニアリングしていくことでしか、本当の意味で経済を活性化させることはできない。世界の経済構造を見て、マネーゲーム的な世界に幻惑されることなく、実体経済の世界でしっかりした哲学を持って、日本経済の立て直しに取り組まなければならない。

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