経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

3代目女性社長の奮闘と企業にとって大切なこと――石渡美奈(ホッピービバレッジ社長)

お父さまから事業を継承し、会社の新たなイメージ創出と業績回復に成功されたホッピービバレッジの石渡美奈社長。今回は、社長になった当時の話や、事業を引き継ぐ醍醐味などについて伺いました。

試練を与えられて乗り越えることの連続だったと語る石渡美奈氏

石渡美奈

石渡美奈(いしわたり・みな)1968年、東京都生まれ。立教大学卒業後、日清製粉に入社。93年に退社後、広告代理店のアルバイトを経て、97年ホッピービバレッジに入社。広告宣伝、副社長を経て2010年、創業100周年の年に3代目社長に就任。現在、慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科在籍中。

佐藤 ホッピーは今年で創業111年だそうですね。

石渡 私自身は2010年度から社長を務めているのであまりピンとこないのですが、創業者である祖父と父が残してきた会社なので、これからもしっかりやっていきたいと思います。

佐藤 事業を継がせることが決まって、お父さまは美奈さんが副社長時代から社長業を任せていたそうですが。

石渡 銀行との交渉や事業計画の策定まで、全部やっていました。ですから、継いだ後も感覚は変わりませんでした。それは父の懐の深さだと思います。

佐藤 お父さま世代の感覚では、同族企業でも娘に継がせるのは珍しかったと思います。

石渡 最後は父が決めることでしたが、私が自分でやりたいと言ったんです。

佐藤 いつ頃、会社を継ごうと思ったんですか?

石渡 1996年のことで、当時は広告代理店に勤めていて、仕事は楽しかったのですが、何か自分のやりたいこととは微妙に違うなと感じていました。そんな時、外を歩いていてハッと「私が継げばいいんだ」と思ったんです。一人娘がわざわざ自分から継ぐと言うのだからすぐに継げるかと思ったんですが、父からは「お前にはできない」と言われて、入社までに1年かかりました。私は小学生のころから、すべてのことが一筋縄ではいかなかったんです。受験も、幼稚園、小学校、小学校の編入試験と全部落ちて、4度目で中学校から入りましたし。周りを見ても、そんな人いないんですよ(笑)。

佐藤 きっと何か、天からのメッセージだったのかもしれませんね(笑)。でも、やりたいと思ったことを諦めなかったから、結果につながったのでは。

石渡 何かしら苦労を与えられて、それを乗り越えることの繰り返しでしたね。本気でやりたいことをやらないと後悔すると思ってきました。ただ、そうやって頑張れるのは、有美社長をはじめ先輩の女性社長たちの存在があるからなんです。

石渡美奈氏の思い 過去の蓄積に新たなものを加えていく面白さ

佐藤 世の中に女性社長は珍しくなくなりましたが、まだ数は少ないですよね。

石渡 酒類業界や外食産業を見ても、女性がいると目立ちます。3年前に、同世代を中心に「東京愛宕ロータリークラブ」をつくったんですが、そうした集まりには女性経営者が結構多いのに、業界団体になるとほとんどいないのが不思議です。

佐藤 ただ、今は「女性を登用しなければいけない」という雰囲気が世の中にありますが、それも少し違うかなと感じます。美奈さんのように「自分がやりたい」という人が増えないと。

社長の座を譲り現在は会長として美奈さんを見守る石渡光一氏(中央)

社長の座を譲り現在は会長として美奈さんを見守る石渡光一氏(中央)

石渡 子どもと一緒で、会社も自分で愛情をかけないと育たない部分があります。ところで、有美社長も「金の卵発掘プロジェクト」でベンチャー企業を育てていますが、今はどんな状況ですか。

佐藤 スタートして5年たちますが、受賞企業の中から上場するところも出てきました。有望なベンチャーは多いので、そうした企業を支援していきたいという思いがあります。

石渡 自分で生み出した事業って、本当にかわいいですよね。

佐藤 そうですね。一方で、私たちのように既にある会社を継いだ場合は、ベースとなる部分を変えずに、新たなものをつくり出す楽しみもあります。

石渡 自分だからできること、時代の流れに沿って過去の蓄積に新たなものを加えていくことは楽しいです。私の場合は、先代、先々代のお陰さまで今があります。そのことに感謝しつつ、自分の色もしっかりと出していきたい。新しいことをやらせてもらうからには、今まで築いてきたものを傷付けてはいけないという責任があるので、張り合いがでます。

ホッピービバレッジ 石渡美奈社長が地域貢献に取り組むようになったきっかけとは

石渡美奈

佐藤 美奈さんは今、何か新しいプロジェクトに取り組まれていますか。

石渡 ここ数年で一番大きかったのは、「赤坂食べないと飲まナイト(食べ飲ま)」というイベントを始めたことです。東日本大震災の後、本社がある赤坂から人がいなくなって、電気も消えて、界隈の飲食店は本当に潰れてしまうんじゃないかという状態でした。あるお客さまから何とかならないかと相談を受けて、どうしたら良いかと悩んでいたら、取引先から神楽坂で開催される「食べ飲ま」のことを教えていただきました。1枚700円のチケットを5枚つづりで買って、参加している飲食店をはしごできるイベントで、とても面白かったんです。神楽坂は魅力があっても敷居が高い店が多いのですが、その日は神楽坂に人が溢れており、初めて会う人同士のコミュニケーションの場にもなっていました。同じことを赤坂でもやりたいと思って始めました。

佐藤 これまで何回くらい開催しているのですか。

石渡 年2回のペースで、昨年までに8回行いました。30店舗からスタートしたのですが、今は50店舗まで増えています。最初の頃は自分たちで無理やり開催していた感じでしたが、6回目から飲食店さんが自ら実行委員会をつくって、「食べ飲ま」を中心に赤坂2丁目界隈にコミュニティーができているんです。だからもし今、震災があったとしても、寝る場所や食べるものの提供など、横の連携ができるのではないかと思います。創業の地で地域のお役に立てたことがうれしいし、思いがけないところから、ライフワークが見つかった気がします。

佐藤 現場が自主的に動くようになると広く物事が見えるようになるので、もっと大きなイベントにできそうですね。ぜひ続けてください。

ホッピービバレッジ 石渡美奈社長の今後の抱負とは

佐藤 ところで、ゴルフは続けていますか。

石渡 カッコいい道具を買ったのですが、今は放置状態になっています(笑)。

佐藤 『経済界』ではレッスンプロの連載もありますし、レベルの高い人から教われば、楽しいと思えるようになりますよ。

石渡 お願いします。ゴルフは、自然の中を歩くから気持ちいいでしょうし、父もまだやっていますから、一緒にコースに出られたらいいなと思います。

佐藤 最後に今後の抱負をお願いします。

石渡 不確実性が高い時代になって、想定外のことだらけですが、企業は結局続けていくことが大切なんだろうなと感じています。100年先のことは誰にも分からないし、過去は変えられないので、目の前のことを積み重ねていくしかないのかなと。創業者と父が人生を懸けて築いた、111年の会社の歴史をつないでいくのが私の仕事です。今までよりさらに1分1秒を一生懸命生き抜いて、目の前の1歩1歩を大事にしたいと思います。

 そして、この会社の第3創業は、新卒社員を戦力にする方針でやってきましたが、若い人たちを育てる意義を強く感じています。有美社長が金の卵発掘プロジェクトで、ベンチャーをかわいがっているのと似た感覚かもしれません。

佐藤 人を育てる使命のようなものを感じますし、自分も成長できますからね。本日はありがとうございました。



石渡美奈と佐藤有美 対談を終えて

数年ぶりの再会でしたが、ますます明るくエネルギッシュに活動されている美奈さん。「赤坂食べ飲ま」には、近々ぜひ参加したいと思います。

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