ブラジルのリオデジャネイロで五輪が開幕する。懸念材料満載の今大会だが、最も気になるのはセキュリティー(保安)対策ではないだろうか。イスラミック・ステート(IS)などによる無差別テロが世界各地で頻発して治安リスクは高まるばかり。東京五輪は大丈夫なのか。文=ジャーナリスト/梨元勇俊
工事の遅れ、治安の悪化
リオ五輪の開幕は8月5日(日本時間6日)。南米で初めて開催される“平和とスポーツの祭典”だ。会期は21日までの17日間で、史上最多の206カ国・地域から1万5千人が参加する。続いて9月7日から12日間はパラリンピックも開かれる。無事に遂行できるのか、懸念するのは筆者だけではあるまい。
第1は五輪関連施設の建設工事の遅れだ。工期が遅れて試運転をしないままぶっつけ本番を迎える競技施設が少なくない。高速道路や地下鉄建設などのインフラ整備費も縮小を余儀なくされている。
ブラジル経済は近年、豊富な天然資源を背景に高成長を続けてきたが、2014年秋の原油価格の暴落を機に悪化の一途だ。通貨レアルは大きく下落し、ブラジル最大の貿易相手国・中国経済の失速も景気の足を引っ張っている。海外からの直接投資は潮が引くように遠ざかってしまった。
政情不安もある。就任当初、ブラジル初の女性元首として人気を集めたルセフ大統領は国家財政を黒字に粉飾した疑いで同国国会の弾劾裁判を受け、大統領の職務を停止されている。聖火を迎える開会式に出席できないどころか、開幕までに退陣している可能性すらある。五輪担当のスポーツ担当相も2度交代しており、大統領代行のルメル副大統領の手腕も未知数だ。
だからリオ五輪の各競技の入場券の販売は低調で、半数が売れ残っているという。蚊が媒介する感染症「ジカ熱」の拡大で海外からの観光客の出足も鈍りがちだ。
最も懸念されるのは無差別テロの発生だろう。世界中から観客が集まり、試合の様子が放映される五輪は国際的な注目度が高い。テロリストには格好のターゲットだ。
実際、01年9月の米同時テロ発生以来、五輪の開催前後には大きなテロ事件が起こっている。04年アテネ大会では開会100日前に爆弾テロ事件があったし、05年にはロンドンで地下鉄爆破事件が起こった。08年の北京大会では開会式の4日前にウイグルで爆弾テロ事件が勃発。12年のロンドン大会では会期中にサイバーテロ攻撃があった。
もちろん過去の五輪の大会運営当局がテロ対策を全く講じてこなかったわけではない。圧巻は08年の北京五輪だ。北京市内には約150万人のセキュリティー要員が動員され、主立った交差点には警官が見張りに立った。開会式の前には北京空港を一時閉鎖して上空の飛行機を上海空港に回避させたし、五輪の会場周辺には地対空ミサイルを配備するという物々しさだった。開会式に参加した知人はセキュリティーチェックの厳しさに辟易しながらも「中国共産党の威信にかけてもテロを未然に防ぐという強い意志を感じた」と述懐している。
12年のロンドン大会でも警備員は数万人規模だったが、顔認証システムなど多くの監視カメラが導入されている。リオでは約9万人が警備にあたる予定だ。
東京五輪のセキュリティー対策費は2千億円
問題はテロの多発で五輪のセキュリティー対策費が回を重ねるごとに膨らんでいることだ。過去の報道をまとめてみると、1972年のミュンヘン大会に約2億2千万円だった警備費用は96年のアトランタ大会で約100億円、00年のシドニー大会で約300億円、04年のアテネは約1300億円となっている。
ISの活動が本格化してきた14年以降は無差別テロの発生回数も規模も増加傾向にある。15年2月にはシリアで日本人が殺害され、11月にはパリの同時テロで130人が亡くなった。今年に入ってからも7月にバングラデシュで日本人7人が犠牲になり、ニースでは花火見物の80人が巻き添えになった。
リオ大会の運営当局は警備費を約240億円と見積もっているが、恐らくこれ以上に膨らむだろう。
リオ大会が無事に閉幕した後には20年7月の東京五輪が控えている。
東京が招致段階で立候補ファイルに記載した予算は約3千億円だったが、森喜朗・東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長は「最終的に2兆円を超すかもしれない」とみている。資材費や労賃の高騰で国立競技場の建て替え費用に1550億円が必要になるほか、競技施設や道路などのインフラ整備にも4300億円を要する。特筆すべきは警備費用で、2千億円と過去の五輪大会では最高額となる見通しだ。
五輪の安全リスクは無差別テロだけではない。サイバー攻撃もあるし、混雑した場所での雑踏事故も考えられる。要人の誘拐や偽造チケットなどの犯罪懸念もあるだろう。日本は治安だけでなく直下型地震とそれに伴う原発事故の発生という災害リスクもある。
東京五輪開催まで4年。日本にはロボットや遠隔自動監視、位置情報など他国に勝る技術がある。威圧的でないスマートなセキュリティーシステムを構築してリスクをできる限り回避してほしいものだ。
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