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長尾裕・ヤマト運輸社長「宅急便と物流ビジネスから見える日本の未来」

宅急便が誕生して40年。これまで、クール宅急便などさまざまなサービスを生み出してきたが、今もITを積極的に活用すると同時に、地方創生といった課題に取り組むことで、新たなサービスを生み続けている。物流ビジネスから見える日本の未来について、ヤマト運輸の長尾裕社長に話を聞いた。聞き手=本誌/古賀寛明 写真=佐藤元樹

長尾裕・ヤマト運輸社長プロフィール

長尾裕氏

長尾裕(ながお・ゆたか)1965年、兵庫県生まれ。高崎経済大学卒業後、ヤマト運輸に入社。執行役員関東支社長、常務執行役員を経て、2015年4月より代表取締役社長に就任。

宅急便×ITの親和性とヤマト運輸の新サービス

―― 「宅急便コンパクト」や「ネコポス」など、新サービスの業績への影響は。

長尾 宅急便コンパクトも伸びていますが、ネコポスの需要はより大きいですね。これまで、このサイズはメール便が中心で、荷物もカタログや雑誌など紙の媒体がメーンでした。しかし、軽量の荷物でも、今や紙からモノに変化していますので、従来のメール便では対応できなかったニーズを満たしています。また、これまでのメール便よりも付加価値を見いだしていただいています。

さらに、今までの紙の送付状からデジタル情報での受付にしたことで間口は狭まっているはずなのですが、メルカリさんをはじめとするオンライン上のフリーマーケットなど、新しいCtoCビジネスにおいてはフィットしており、新たな需要を開拓できたと考えています。

―― ネットフリマなどにフィットした理由は何ですか。

長尾 例えば、宛名書きをデジタル化したことで、売り手側の情報を買い手側に見えないようにお届けすることができるようになったことが大きいと思います。

従来のオークションサービスですと、名前はもちろん、住所や電話番号など、売り手側の個人情報が送り状に書かれることになっていたわけですが、匿名配送という形になったことで必要のない情報までさらされることがなくなったわけです。時代の求めるニーズに応えられたことで選んでいただけているのだと考えています。

―― 宅急便はITビジネスと親和性が高いですね。

長尾 そうですね。ITを使うと荷物が動くよりも先に情報を動かすことができますから、従来であればEメールで「荷物を出しました」とお知らせするだけだったものが、先に到着時間といった情報を提供することで、受け取るお客さまの都合によっては、日にちや時間、受け取る場所までも変更することが可能になったのです。

スマートフォンが欠かせない世の中になったことからも分かるように、皆さん忙しくなっているのかもしれません。確かに仕事する時間も増えましたし、一人暮らしも、共稼ぎ世帯も多いですから、時間をどう有効に使うかに対しては、皆さんものすごく敏感になってきています。宅配も便利ではあるのですが、同時に面倒なものになっています。

そう考えると、個人のお客さまに対してはメールで対応するよりも、むしろ生活の中に溶け込んだSNSなどの対話型のコミュニケーションの方が親切ではなかろうか、ということになったのです。

そういったことで、LINEさんと組むことになりました。われわれが強みとする対面するコミュニケーションも大切にしながら、一方でITの上でのコミュニケーションを磨くことも大事なことだと考えています。

中部ゲートウェイが変える物流の時間軸

―― 中部ゲートウェイが稼働し始めましたが、どんな効果が見込まれますか。

長尾 10月から動き始めたばかりですので、最初から無理をさせるとオペレーションも上手くいきませんので、しばらくは三河地域の荷物に対しての取り組みになりますが、中部ゲートウェイを3年前にできた神奈川の厚木にある厚木ゲートウェイと結ぶことで、多頻度幹線運行を始める環境が整いました。

不特定多数のお客さまの荷物を積み合わせて運ぶわれわれのような業態では、どこかで締め切りを必要としていました。これまでであれば日の単位で動いていましたから、夜の9時頃に地方向けの幹線の車を出発させて、翌朝にターミナルに到着し、そこからラストワンマイルに仕分けるといった形で、翌日配達の仕組みを作っていたわけです。

今後は、中部ゲートウェイと、来年竣工する関西ゲートウェイができることで、需要の太い東京・名古屋・大阪の3つの商圏が結ばれますから24時間、多頻度輸送が可能になり、必要なときに必要なものを運ぶことが可能になります。もちろん荷物が速く届くということもありますが、むしろ、企業の調達、納品といったサプライチェーンを再構築していただくエンジンになれると考えています。日の単位の概念であった物流から、時間単位に変えることができるのですから、企業にとっては大きな武器になるはずです。

―― 国際物流の状況はいかがでしょうか。

長尾 ANAホールディングスさんがつくられた沖縄の国際物流ハブに参画し、活用しています。地図を見れば分かると思いますが、沖縄はアジアの主要都市と日本の主要都市の中間に位置しています。ですから、昔の琉球交易は理にかなっているなとあらためて感心させられますね。

 昨年の11月には、サザンゲートという物流施設が稼働を開始し、そこを利用して沖縄を通過点ではなく、加工を行うことで付加価値をつける一大拠点にしています。

既に、面白い案件もいくつかありまして、例えば、当社のクライアントが化粧品の製造をサザンゲート内で行っておりまして、最後にアジア各国向けのラベルを貼るローカライズの作業まで行い、輸出をする動きが始まっています。

―― 農水産品の輸出も期待されていると思いますが。

長尾 農水産品の海外輸出は国策にもなっています。今年の2月から官邸主導で輸出拡大のワーキンググループが発足しまして、私もメンバーに入っていました。さまざまな業界の方と輸出拡大の議論を行い、6月に一度提言をまとめました。その時にも沖縄は重要な拠点であるという認識が行われています。

 農水産品もそのまま通過させて輸出するだけではなくて、先ほどの化粧品の例のように、なんらかの付加価値をつけることでニーズは生まれるのではないかと考えています。つまり、農水産品という製品をいかに商品にするかということです。そのために、サザンゲートの中にセントラルキッチンを設置することも考えています。農水産品に関しては、飛行機だけでなく、例えば船をつかった輸送のニーズもあるはずですので、県が進める港湾整備ができれば、さらに沖縄の価値もあがるのではないでしょうか。

宅急便サービスと地域課題解決の関係性

長尾裕―― 地方自治体と連携を積極的に行っていますが、農水産物輸出にもつながっていますか。

長尾 そうですね。実際に現在お運びしているものも、各県との農水産品の輸出拡大の協定に端を発しているものも多く、商流が始まることが物流につながるケースも増えています。

 成功事例でいえば、青森県と香港の飲食チェーンのマッチングで、その系列のすし店にホタテをはじめとする水産物が輸送されることになりまして、今も毎日、国際クール宅急便で輸送されています。香港は通関のハードルが低いですからスタートしやすいこともありますが、中国本土の入り口にもなっていますから、香港という市場を今後どう攻めていくかはより重要になってくるでしょうね。

―― 山間部地域の高齢者の見守り支援といった地域課題解決にも取り組んでいますが。

長尾 お客さまの異変に気が付いたら、関係機関に報告を行う見守り活動も行政と協定を結んで行っていますが、CSV(共通価値の創造)を標榜しているのですから、本業をとおした地域課題解決にしなければなりません。

 例えば、青森県の黒石市では、単身世帯の独居老人の方々に毎月、市の定期刊行物をお届けしています。少なくとも月に1回は会いに行くわけですから、そのデータを市へフィードバックします。例えば、配達しても3日間お会いできないというようなことがあればフラグを立てる、そんな取り組みを行っています。

ただ大事なことは、きちんとビジネスになっていないと続けられないということです。これがCSVの本来の目指すべき姿ですからね。

―― 宅急便ができて40年、サービスも随分変わりましたね。

長尾 宅急便を始めた小倉昌男の思想というのは、それまでのビジネスであった商業貨物を止めて始めました。当時の社員という経営資源を宅急便という新しいビジネスに集中させたということです。それだけ、個人向けのネットワークをつくることが、ほかの仕事をやりながらできることではないと分かっていたのだと思います。

逆に言うと、そういった下地があったからこそ、宅急便が地域からもつながりを求めていただけるのではないかと考えています。

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