とんかつを手軽な値段で食べることのできる「かつや」、から揚げ専門店の先駆け「からやま」は、ともにアークランドサービスホールディングスの運営だ。コロナ禍にあっても同社の業績は堅調で、昨年の売上高は前年を上回った。ほとんどの外食がコロナで傷つく中、業績を伸ばし続ける理由を臼井健一郎社長が語る。聞き手=外食ジャーナリスト/中村芳平 Photo=横溝 敦(『経済界』2021年3月号より加筆・転載)
臼井健一郎・アークランドサービスホールディングス社長プロフィール
かつやの好調を支えるアークランドサービスの経営方針とは
目の前の客が求めているものを提供する
―― 新型コロナウイルスによって、外食産業は大きなダメージを受けています。ところがアークランドサービスの月次売上高推移を見ると、4月こそ前年比6・7%減でしたが、5月以降、前年比を上回っています。主力業態のかつやの既存店売上高も、3~6月は前年比マイナスでしたが、7月以降はトータルでプラスに転じました。郊外店舗が多いことや、テークアウトに力を入れたことがその要因ですが、臼井さんは今度のコロナの影響をどうとらえていますか。
臼井 私たちは医療関係者でも学者でもないですから、コロナが今後収束する、あるいはもっと拡大するということを予測することはできませんし、それは私たちの仕事ではありません。ですからコロナだから何をしなければならないということではなく、その都度その都度、最適な経営をするにはどうしたらいいか、要するに適用力が重要だと考えています。
私たちの店は、毎日、たくさんのお客さまに来ていただいています。このお客さまに対して、自分たちに何ができるのか、どうすればお客さまのニーズに応えることができるのか、それを模索することが一番大切です。今後についても、ウィズ・コロナだからどうなる、ということを考えてもしかたありません。どうなるか予想することも無意味です。
そんなことより、目の前にいるお客さまが求めているものをどうやって提供していくか。そこだけにこだわればいいと思っています。新年になっても、その時の環境に最適なものをお客さまに提供する。そのための準備をどうするか。それが課題です。
テークアウトとデリバリーでかつやに女性客を呼び込む
―― 来店客数自体は減っていますが、その分、テークアウトやデリバリーが伸び、客単価も上がっています。しかも、コロナが流行する前からテークアウトに力を入れていたのが奏功した形です。
臼井 かつやの場合、男性客が圧倒的で、女性の方はなかなか入りにくいという状況がありました。そこで、テークアウトやデリバリーなら、女性でも気軽にカツを楽しめることができるのではないかと考えたことも、この部分に力を入れた理由です。
ですから、他社がやっているから、コロナの感染が拡大しているからということではなく、お客さまがこういうサービスがあればいいな、ということをやってきた結果です。これは商品についても同じで、9年ほど前から、コロッケやアジフライ、イカフライなど、とんかつ以外のものを提供する準備を進めてきました。それがメニューの多様化につながっています。
コロナ下でヒットした4種類の全力飯弁当
―― 最初の緊急事態宣言が出ていた頃に、大ヒットしたメニューがあるそうですね。
臼井 昨年4月20日から全店で発売した全力飯弁当ですね。4種類あって、「生姜焼き丼から揚げチキンカツ弁当」だと、その名のとおり、生姜焼き丼にから揚げ、チキンカツ、さらにはナポリタンに千切りキャベツ、切り干し大根が入っている、ボリューム感満点のメニューです。
大人のお子様ランチのようなものですが、これをコロナの真っ最中に、販売したところ、お弁当の中で一番売れました。1店舗当たりの1日の来店客数は、300~400人で、そのうちの半分がお弁当を買っていく。全力飯弁当は1日100食ほど出ましたから、テークアウト客の半分がお買いになったことになります。しかも価格が750円ですから、かつ丼の490円よりはるかに高く、売り上げにも大きく貢献してくれました。
正直、そこまで売れるとは思っていなかったのですが、こういう時期だからこそ、メニューを見て笑ってもらえたら面白いかなと思って販売したところ、一番人気になるほど、お客さまも喜んでくれました。
―― 4月20日からの販売となると、相当前から準備をしていたのですか。
臼井 企画したのは4月に入ってからです。そこから2週間ほどで全店で販売を開始したわけですから、このスピーディーさはなかなかのものだと思います。でもそれができたのも、先ほど言ったように、とんかつ以外のメニューを開発してきたからです。
アークランドサービスの経営戦略と未来
からやまの原点は「おいしいから揚げを知ってもらいたい」
―― から揚げ専門店のからやまも、店舗数が100店を超えました。から揚げ専門店の先駆けですが、コロナ禍で外出を控える人が増えるにつれ、あちこちに専門店が生まれて競争が激しくなる一方です。どうやって勝ち抜いていきますか。
臼井 からやまは、浅草にあった「からあげ縁」と提携したことで始まりました(その後、買収)。私もお店で食べましたが、とてもおいしい。そこで一緒にやっていくことになったのです。ですから売れるから、という理由ではなく、このおいしいから揚げを多くの人に知ってもらいたい。それがからやまの原点です。店舗にしても、より多くの人に食べてもらうため、できるだけ食べやすい環境を提供しようと考えて設計しています。
ですから競合店ができたからといって、差別化するために方向性を変えるというのは本末転倒です。からやまを通じて食の豊かさを体験してもらい、喜んでもらう。それがすべてです。
タイ料理と冷食を傘下入りさせた意図
―― とんかつにから揚げですから、アークランドサービスが手掛けるのは和の揚げ物ばかりかと思っていましたが、昨年3月には、タイ料理店「マンゴツリー」を展開するミールワークスを買収しています。マンゴツリーは丸ビルにも店舗を構えていますから、客層も客単価も、これまでとはまるで違います。なぜ買収する気になったのですか。
臼井 からやまの場合もそうですが、私はM&Aをする時は、創業者の思いを具現化したいと思っています。マンゴツリーの創業者の小島由夫さんは、タイ料理を日常のものにしたいと思っていました。では日常的にタイ料理を楽しめるようにするにはどうするか。そこでわれわれのオペレーションの上でその思いを展開すれば、より多くの人がタイ料理を楽しむことができると考えたのです。
―― 買収前は都心立地がほとんどでしたが、ロードサイドに店を出したそうですね。
臼井 日常とは何だろうと考えたら、家族連れで楽しめるお店です。だったらロードサイドではないかと。その1号店をさいたま市に9月にオープンしましたが、これまでのところ好調です。この店は、マンゴツリーと、かつやが手掛ける天丼専門店「江戸前天丼はま田」の複合型レストランですが、テラスがあって、そこで料理を食べることができます。今の時代、密を避け、ゆったりとした空間で食事を楽しみたいという人が増えています。そうしたニーズに応えたお店です。
―― マンゴツリー買収の2カ月後には、コスミックダイニングという冷凍食品メーカーを買収しています。今までお店で調理したものを出していたのに、今度は冷食です。狙いは何ですか。
臼井 コスミックダイニングが扱うのは業務用の冷凍食品です。なぜ、買収したのか。今はコロナで行けませんが、海外に行った時に日本食レストランに入ることがあります。仕事柄とんかつを頼むことも多いのですが、正直、おいしいとんかつを食べたことがありません。ところが、コスミックダイニングが作っている冷凍とんかつは相当おいしい。つまりここと組めば、とんかつを海外に輸出できるわけです。業務用だけでなく、市販することも可能です。市販に関しては現在テスト中ですが、なかなかいい商品ができつつあります。年内にも販売できればいいと考えています。
シェア、店舗数ありきではない
―― いよいよ外食だけでなく、メーカー機能まで持つわけですね。今後、アークランドサービスはどのような会社になっていくのですか。前12月期の売上高は380億円と予想していますが、そろそろ1千億円が見えてくるのではないですか。その時には、かつややからやまはどのくらいの比率になっているのでしょう。
臼井 かつやで半分、残りのうちの半分がからやまというイメージでしょうか。
―― その時のシェアはどの程度でしょう。
臼井 よく聞かれますが、シェアを何%取るとか、そのためには何店舗必要かという考え方はしていません。かつやとからやまに関しては、和食のファストフードだと位置付けています。この市場規模は1兆4千億円もあります。それを考えれば無限に成長の可能性がある。そう考えたほうが夢があると思っています。しかも、市場を外食全体にまで広げれば、その規模は17兆円にも拡大します。これだけの市場があるわけですから、他社のまねをするよりも、新しいものを作っていけば必ず受け入れられると思っています。
外食産業が迎えた転換期
―― 臼井社長の話を聞いていると、新しい外食産業の息吹を感じます。
臼井 私の初めての外食体験はファミリーレストランでした。その時はとてもわくわくしたのを覚えていますし、その後も行くたびに驚きがありました。私もそういうお店をつくり、お客さまに喜んでいただきたい。日本にファミレスが誕生してから半世紀がすぎました。その意味では、今は時代の変わり目なのかもしれません。
―― 人まねではなく、新しいものを作り続けたいというのは、創業時のソニーを思い出します。モルモットと言われながらも、自ら市場を開拓していく姿が重なります。
臼井 まねをするより、新しいものを作ったほうが楽しいじゃないですか。そしてそれをお客さまが食べておいしいと言ってくれたら、外食産業に携わるものとして、こんなにうれしいことはありません。