デフレを脱却するには、賃金の上昇が不可欠だ。そこで安倍首相は企業に対し、来年の春闘でのベア引き上げを求めた。労組よりも政府のほうが強く賃上げを求めるようになって4年目を迎える。世界経済の不透明感が増す中で、この要請は受け入れられるのか。文=ジャーナリスト/山岸久則
賃上げ迫る政府と抵抗する経済界
4年目となる「官製春闘」が事実上スタートした。「少なくとも今年並みの水準の賃上げを」。2017年の春闘に向け、11月16日、安倍晋三首相は自身が議長を務める「働き方改革実現会議」で企業側に4年連続のベースアップ(ベア)実施を求めた。
焦点は、内需引き上げの必須条件となる中小企業労働者の大企業との格差是正と、非正規の労働条件改善だ。働き方改革実現会議に出席した榊原定征・経団連会長は安倍首相からの賃上げ要請を受け、「賃金引き上げのモメンタム(勢い)は継続しなければならない」としながら、「企業の半数は業績が落ちている状況も踏まえて、各社の労使交渉で決めるべきだ」と会議終了後に記者団に語った。
経団連は経営側の基本方針として、業績が向上した企業に対して年収ベースでの賃上げを呼びかけたが、トランプ氏の次期米大統領就任や、それに伴う米国のTPP離脱が報じられるなど世界経済の先行きが不透明感を増していることから「ベアは重い存在」として警戒を強める。
一方、連合は11月20日の中央執行委員会で、来春闘のベアなど賃上げ要求水準を「2%程度」に決めた。ベア要求は4年連続で、定期昇給(定昇)相当分を含めて4%水準となる。「かつての物価上昇を追う春闘とは大きく違う」。神津里季生会長は、デフレ脱却のためには中小や非正規の月例賃金・時給引き上げが不可欠との立場だ。今年に続き中小企業労働者や非正規労働者の底上げ、大手追従・準拠からの脱却を目指す。
「底上げ・底支え」「格差是正」に向け、中小共闘の賃上げ要求の目安は定昇に当たる賃金カーブ維持相当分4500円を含め1万500円。非正規共闘では「誰でも時給1千円」の実現を進めつつ、時給引き上げの目安を37円に設定した。
また中小企業の賃上げ原資の確保のため、来春闘でも大手企業と中小との「公正取引の推進」を掲げる。連合は「サプライチェーン全体での付加価値の適正配分が必要」としており、春闘交渉のほか、働き方改革実現会議や厚生労働省検討会などの場で政府に公正取引の順守を働きかける。
16年春闘では、大企業が集まる経団連集計では定昇とベアを合わせた妥結額は7497円で賃上げ率は2.27%。一方、中堅・中小労組を含む連合集計での賃上げ幅は平均5779円で率換算2.00%だった。労使双方集計とも3年連続での2%台確保となったが、円高や世界経済への不透明感、日銀のマイナス金利の影響も加わり前年実績を下回った。
連合は「大手組合と中小組合との格差是正、非正規労働者などの底上げで前進した」(総合労働局)と評価したが、企業を取り巻く環境は依然厳しい。16年春闘は円高が進み、賃上げ率が前年を下回ったが、17年春闘を控えた経営環境はさらに厳しく、16年中間決算では減益になった上場企業が相次いだ。
同一労働同一賃金の来年成立を目指す
政府はデフレ脱却に向け、17年春闘では最低でも16年並の賃上げ率を実現させたい。特に、労働者の大半を占める中小企業労働者の賃上げ、労働者の4割を占めるパートなど非正規労働者の待遇改善を促す。
このため、政府は13年度に導入した所得拡大促進税制を拡大させる。具体的には、給与支給総額の増額分の10%を法人税から控除する内容で、中小企業については20%に拡大させる案が浮上している。麻生太郎財務相も働き方改革実現会議で同税制の見直しを検討する考えを示した。
TPPに反対するトランプ政権が年明け早々に発足することも懸念材料。神津連合会長は「TPPは絶望的になった」とした上で、「経団連は大企業が中心。デフレ脱脚のためには政労使の意識共有が必要だ」と中小企業、非正規労働者の待遇改善を求めた。
また、「1億総活躍社会」を目指すため、配偶者控除を妻の年収制限を現在の103万円から150万円以下に拡大する方針。専業主婦やパートで働く妻の年収が103万円以下だと、夫の課税所得は一律38万円減るが、これを拡充することで女性の就労を引き上げるのが狙いだ。
安倍首相が「最大のチャレンジ」と位置付ける働き方改革は、「同一労働同一賃金」の実現や長時間労働是正など、働き方改革に向けた方向性を月1回のペースで議論。来年3月までに実行計画をまとめ、来年の通常国会で関連法の改正を目指す。
改革の柱は、派遣やパートなど非正規労働者の賃金格差縮小と、日本企業の長時間労働の是正だ。長時間労働問題は労働基準法の「36協定」の運用見直しで残業時間の上限を定めることが可能だ。野党も労働側も異論は少ない。しかし同一労働同一賃金制度は、わが国の強みである年功賃金制度の上に立つ労使協調路線が崩壊する危険が伴う。
今年6月、連合から産業別組合の全国化学労働組合総連合(化学総連、組合員数約4万6500人)が連合から離脱するなど、支持政党の民進党と共産党との選挙協力に反発する連合傘下労組の存在もある。17年春闘交渉を前に、新たな難題に労使双方とも頭を抱える。
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