インバウンドの増加で、外国人との接点は劇的に増えた。しかしいつまでたっても、日本人と外国人の間には「言葉の壁」が立ちはだかる。この壁を技術によって乗り越えようと動きが急になってきた。携帯型翻訳機が1台あれば、あなたも今日から国際人としてふるまえる。文=ジャーナリスト/三島紘一
訪日外国人急増でも出国日本人は減少
昨年、日本を訪れた外国人はついに2千万人を超え、2400万人となった。2019年にはラグビーワールドカップがあり、20年には東京オリンピックがある。これらのイベント効果を勘案すると、政府が目標とする3千万人という数字も現実味を帯びてくる。
ところが、いつまでたっても上達しないのが、日本人の英語力。楽天が全社員にTOEIC受験を義務付けたのは10年。当初、平均点が500点台(990点満点)だったものが、5年後には800点台となるなど、着実に成果が出ているようだが、それはあくまで減給などの強制力を伴っていたから。日本人全体の英語力が上がったという話は寡聞にして知らない。
「結果にコミットする」で有名なダイエットジムのライザップは、昨年、「ライザップ・イングリッシュ」を開設、英語に関しても結果にコミットしているが、その方法はダイエット同様、受講者一人ひとりに専属トレーナーがついて面倒をみるというもの。逆に言えば、そこまでしなければ、英語をマスターするのは難しいということだ。
来日外国人が増え続けている一方で、外国に出掛ける日本人は12年に1849万人だったものが、15年には1621万人まで減っている。日本経済の停滞や高齢化、テロの危険性などの影響が大きいが、英語を筆頭とした語学の壁が、海外に足を運ぶのを逡巡させているという側面も否めない。
こうした日本人の「悩み」を、ITの活用により解決しようという動きが目立つようになってきた。
例えばパナソニックは、20年をにらんで、外国人とのコミュニケーションを行う機器・システムの開発を進めている。その一環で、昨年発表したのがペンダント型翻訳機。これは、首にぶら下げた端末に話し掛けると、翻訳してくれるというもの。具体的には、話した言葉をテキスト化。それをクラウド上で翻訳し、外国語で表記するとともに発声する。言語は英語だけでなく、中国語、韓国語にも対応している。
パナソニックはこのほかにも、日本語で話すと外国語でアナウンスされるメガホン型翻訳スピーカーや、観光案内所での使用を想定した、テーブルにディスプレーを備えた翻訳機の実証実験を行っている。
ペンダント型翻訳機は、翻訳作業をクラウド上で行っている。つまり、Wi-Fi環境にあるか、あるいは携帯電話の通じるところでないと機能しない。世界の観光地の中には、携帯の電波の届かないところも珍しくない。日本国内でも、山の中で携帯がつながらないところはいくらでもある。この状況での翻訳は不可能だ。
これはスマホにしても同じこと。最新のiPhoneやアンドロイドには翻訳機能がついており、日本語で話し掛ければ翻訳して音声で伝えてくれる。しかも翻訳機能は日々進化している。ただしこれも電波がつながってなければ意味がない。
ネット環境に頼らないポータブル翻訳機
そこで、クラウドに頼らない、インターネット不要のスタンドアローン型の翻訳機も登場した。ベンチャー企業のログバーが開発した「ili」(イリー)という機器がある。全長10センチほどで手の平に収まる小型端末だが、これ1台で場所を選ばずに翻訳が可能だ。イリーのユニークなところは、機能をとことんまで絞り込んでいることだ。
一例を挙げれば、前述のペンダント型翻訳機やスマホの翻訳機能はいずれも双方向。つまり日本語から英語、英語から日本語へと、それぞれ翻訳できる。しかしイリーの場合、日本語から英語に設定したら、逆はできない。また、使うシーンを旅行と想定しており、辞書も旅行で使う言葉にフォーカスしている。その分、ビジネス英語などの機能は弱い。その代わりに手に入れたのが、使いやすさ。イリーに向かって言葉を話すと、最速0.2秒で翻訳され、タイムラグはほとんどない。しかも旅行英語に特化している分だけ、その分野に関しての誤訳は極めて少ない。
「旅行に行って困るのが、自分の意思が相手に伝わらない時。でもイリーがあればそれができる。それだけで、利用者の満足度は高い」(吉田卓郎・ログバー社長)
相手の英語が分からなければ意味がないと思うかもしれないが、例えばホテルのフロントで自分の意思を伝えられれば、あとはホテル側がなんとかしてくれる。レストランでも同様だ。しかも、スタンドアローンなため、場所を選ばない。
このように、日本人の国際化の最大の障壁であった言葉の問題をクリアするための技術が普及し始めた。20年に向けてこの動きはますます加速していく。近い将来には、ウエアラブルで、使っていることを意識しない翻訳機も出てくるはずだ。日本人の本当の意味での国際化がこれから始まるのかもしれない。
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