昨年夏、世界的なメディアである英国のパフォームグループと10年総額約2100億円の放映権契約を結んだJリーグ。新たな視聴方法と、これまでの取り組みを、今後の成長にどうつなげていくのか。村井満チェアマンに聞いた。
村井満・Jリーグチェアマンプロフィール
テクノロジー、グローバル化に対するJリーグの新たな取り組み
「テクノロジー」が強みを研ぎ澄ます
―― 2016年、パフォームグループと契約し、「DAZN(ダ・ゾーン)」による配信が始まりました。この流れはJリーグをどう変えますか。
村井 スポーツ観戦の醍醐味というのは、先の見えないドラマであり、ゴールやスーパープレーといった、その瞬間にしか感じ得ないライブならではの迫力にあります。これまではテレビのあるところに行かなければ観戦することができませんでした。ですから、仕事などで見逃すことも多かったと思います。また、後で見ようと思っても勝敗の結果が分かってしまうと興醒めですよね。
しかし、DAZNのサービスであればネットの環境さえ整えば、いつでも、どこでも見ることができるのです。
“その瞬間を目撃したい”というライブエンターテインメントのニーズに技術が応えられたことは、Jリーグだけでなく、スポーツ界が大きく発展するターニングポイントになったのではないでしょうか。
―― テクノロジーはほかの課題も解決しましたか。
村井 2017年のJリーグは、J1からJ3までで1千を超える試合があります。今年からすべての試合を生中継できるようになりました。これも、テレビのようにチャンネル制限があればできません。
これまで、生中継を行うためにキックオフ時刻をずらしたり、土日に分けて開催したりといった興行側の事情を優先させねばなりませんでしたが、今後は、以前よりもその地域の事情に合わせた試合が組めるようになります。これも大きな進歩ですね。
―― 制作もJリーグで行うそうですね。
村井 日本はまだまだサッカー専用スタジアムが整備されているわけではありません。陸上競技場などは観客席とピッチの距離も遠かったりするわけです。ですから、ゴールシーンはもちろん、選手や監督の表情など人間的な部分も見せたい、という思いがあります。
また、日本のサッカーというのは、世界でもテクニックが高いと定評があります。ボールコントロールといった高度なスキルをズームアップやスーパースローを駆使して再現したいですね。
そのために、J1では標準でもカメラを9台。その内、スーパースローのカメラが1台ありますから、サッカー中継の世界標準、もしくはそれ以上の映像クオリティーをお見せできるはずです。
地域クラブの先導で進む「グローバル化」
―― アジア戦略も進めていますが、日本サッカー界にどんな影響が出ていますか。
村井 現在、東南アジアを中心に10カ国のリーグとパートナーシップを交わしています。Jリーグはスタートしてから四半世紀がたち、その間5大会連続でワールドカップに出場し、オリンピックは6大会連続。プロリーグの成長が代表チームの強化につながったモデルケースになっていますから、選手の育成とか、経営、マネジメントのノウハウを提供しています。
一方、相手のリーグには、日本人選手が活躍する機会を与えてください、選手交流を行いましょうといった話をしています。
もっと踏み込んでいくと、リーグ間提携は、クラブ間交流につながります。例えば、あるクラブがタイのチームと親善試合を行う時に、タイに進出したい日系企業を一緒に連れていって、相手チームのオーナーを紹介するとします。クラブのオーナーには経済界の大物も少なくありません。うまく連携ができればタイの市場に参入することができるわけです。その見返りとして、クラブのスポンサードを日系企業がしてくれる。
水戸ホーリーホックなどは、ベトナムのメッシといわれるグエン・コンフォン選手を獲得したことによって、茨城空港にチャーター便が来るまでになるなど、地域経済にまで良い影響を与えています。分かりやすい例では、中田英寿選手がイタリアに移籍したことで小さな町であるペルージャが日本で有名な街になりました。日本にいれば気付きませんが、似たような状況が、ベトナムやタイで起こっているというわけです。
今季はタイのスーパースター、チャナティップ・ソングラシン選手が7月に北海道コンサドーレ札幌に加入することが予定されていますから、札幌がタイで大きく取り上げられるのではないでしょうか。
―― 一方、Jリーグの国内ファンが高齢化しているといった意見もありますが。
村井 日本全体が高齢化しているので、ある意味ファン、サポーターが高齢化している現実もあるのですが、逆を言えば、お年寄りがスタジアムに来られるというのは、Jリーグのひとつの大きな特長です。
海外ではスタジアムにお年寄りの姿は非常に少ない。子どもを連れて、孫を連れて一緒に観戦できるというのは強みであって、クラブによってはキッズパスを発行して、子どもにできるだけお年寄りを連れてきてもらおうといった取り組みを行っているくらいで、むしろ喜ばしいことだと思っています。
Jリーグと地域・産業振興との関わり
スタジアムを街を象徴する建物に
―― 市立吹田サッカースタジアムが建設費の多くを寄付で賄うなど、スタジアムにも新たな風が吹いていますね。
村井 以前、香港をベースにアジアでビジネスを行っていたのですが、その時、利益の再配分の在り方が、随分国によって違うのだなと感じていました。
例えば、欧米では高額所得者が大学講座や、施設の建設に寄付を行うことで再配分が行われています。一方、中華圏では老板(ラオパン・親方、社長の意味)が部下の面倒を見るというのが基本です。春節にはレッドポケット(紅包)といってお年玉を渡します。私も100人くらいの部下にあげた記憶があります。これも、再配分のひとつの形なのです。
翻って日本は、累進課税で税金が利益の再配分の役割を果たしているのですが、吹田のスタジアムあたりから変化してきた気がします。totoの助成金もありましたが、それ以外は民間。多くは企業や個人の寄付で建設費を賄ったんです。
自分たちがお金を出すわけですから、ホーム側は応援しやすく、アウェー側は仕切りがあって一体感が生まれないような構造です。ロッカールームもホームのガンバ大阪とアウェーのチームでは雲泥の差があります。まさに、自分たちのホームスタジアムといったものが生まれてきた。これは大きな変化ですね。
―― 市民が関わればクラブへの思い入れも強くなりますね。
村井 サッカーは数千人規模の人数が隔週で集まってくる稀有なコンテンツです。その劇場であるスタジアムが街中にあるメリットは、防災上でも大きく、市立吹田サッカースタジアムでいえば、15分のハーフタイムに4万人がトイレに行って、ビールを買って戻って来られる導線が確保されています。
これは、防災拠点の視点で考えればものすごく性能が高い。避難所暮らしで一番困ったのが女性のトイレだったそうです。これからのサッカースタジアムは、そういった問題も解決できるわけです。人を呼び寄せ、防災拠点でもある。街を象徴する建物になり得ますね。
サッカーを手段に地域課題を解決
―― 今後、成長する上で人材の重要性について繰り返し訴えられています。
村井 生身の人間が演じるスポーツではあるのですが、その裏側では、海外クラブとの交渉においてはグローバル人材が、露出を高めるにはテクノロジーに精通した人材が、ほかにも地域創生、ファイナンス、都市開発などあらゆる人材が必要です。スポーツやフットボールの世界に閉じてしまうと、スポーツを産業として発展させていくことは困難です。
産業というのは人材が集まり、そこに商品・サービスが誕生し、そして提供することで社会を豊かにする循環をつくることです。これはサッカーだけの話ではなく、スポーツ界全体が共通で抱えている課題なのです。産業の成功は優秀なタレントを集められるかに懸かっているのです。
―― 最後に、これからのJリーグ像については。
村井 これまで地域密着でやってきた25年でしたが、次の四半世紀は先ほどのインバウンドの動きと結び付けるような産業振興ができるのではないかと期待しています。サッカーを行う団体ではなく、サッカーを手段として日本の地域社会が抱えている課題を54クラブと一緒になって解決していきたい、そう考えています。
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