経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

空の上で聴く落語の魅力とその歴史 ―全日空寄席

企業経営者の趣味と言えば、「読書」「ゴルフ」などが定番だが、意外に多いのが「落語」である。CDで聴いたり、足繫く寄席に通ったり、中には自ら落語会を開いて高座に上がる社長さんもいる。落語の何が経営者を惹きつけるのか、落語と経営の共通項とは何か、はたまた、落語の技術はマネージメントに活かせるのか。本シリーズでは、複数の噺家や経営者の取材を通じて、落語と経営の関係について考察していく。文・聞き手=吉田浩 

全日空寄席は根強い人気の落語コンテンツ

国内出張などで飛行機を利用する際、読書には時間が短すぎるし、音楽ばかり聞いても飽きてしまうといったビジネスパーソンに落語はちょうどよい。1プログラムが1時間程度なので、面白い演者なら良い時間潰しになり、たとえつまらなくても落語のリズムでフワフワ仮眠を取るのは心地よいものだ。

全日本空輸(ANA)が機内で落語をはじめとする機内エンタ-テイメントプログラムの提供を始めたのは、トライスターの1号機が導入された1974年から。落語番組は当時、「とらいすたあ寄席」と呼ばれていた。それ以前は機内でBGMを流していたものの、乗客が個別にチャンネルを合わせて番組を聴くサービスはなかった。

当時、国際線への進出前だったANAは、制作から搭載までのすべてを国内生産し、機内で流していた。現在の「全日空寄席」が始まったのは、79年1月から。以来、落語のプログラムは現在まで途絶えることなく続いている。

CS&プロダクト・サービス室商品戦略部の熊倉早織マネージャーはこう話す。

「機内では、通常の寄席や自社で企画する寄席の会で収録したものを編集して流しますが、落語はニーズが高いので必ずプログラムの一つとして入れるようにしています。音楽などの他に、40代以上のお客様にも楽しんで頂けるプログラムを考えると、落語が良いというのが当社の考えです。お客様の反響も、音楽より落語に関するものが多いですね」

演者の話が面白かった場合は、「どこで入手できるのか」といった問い合わせも増える。熊倉氏によれば、ここ10年で最も問い合わせが多かったのは、桂文枝と立川志の輔の創作落語だという。

国際線の座席に設置されたタッチパネルから得られたデータによると、たとえば16年12月は全160番組中、落語は18位の人気だったとのこと。演者やネタによって上下はあるものの、安定した人気を維持しているのが落語コンテンツの特徴だ。

初期のパンフレットに紹介された寄席プログラム。登場する演者の顔ぶれが懐かしい

初期のパンフレットに紹介された寄席プログラム。登場する演者の顔ぶれが懐かしい

旅客機ならではの落語への制約

機内で流す落語ならではの制約もある。特に気を付けなければいけないのは、本題に入る前のマクラの部分だ。航空会社は定かではないが、ある落語家によれば、機内プログラム向けの落語では「人が死ぬ噺」はNGだとか。このあたりはどうなっているのか。

熊倉氏によれば「特定の人や地方などを揶揄する表現はやめましょうと演者さんにお願いすることもありますし、安全を否定するような表現などは、使用しないように努めています。機内放送では1つの内容が1カ月間繰り返し流されるので、気を遣います。基準の作り方が難しいですね」という。

時事ネタで聴衆を掴みに行く落語家は多いが、機内にはさまざまな乗客がいる。これも旅客機ならではと言えるだろう。

また、「オチを聴く前に着陸してしまった」「オチの部分が機内アナウンスで聞こえなくなった」との声もあるとのことだ。古い機材では、いまだに昔ながらのカセットテープをオーディオシステムに使用していることもあるため、アナウンスが終わったころには噺が終わっていたというケースも。ただ、こればかりは航空会社を責めるのは酷な気もする。

現在は国内線でもトラック送りができるシステムが一部に導入されているため、対象機種では噺を最初から聞き直すことが可能とのこと。落語ファンにとっては多くの機体で導入が望まれるところだろう。

全日空寄席で外国人の落語ファンは増えるか

国際線拡大の方針もあり、ANAでは現在、外国人も楽しめるような落語コンテンツづくりを模索しているという。また、落語のほかにも就航地向けの音楽コンテンツや、日本の観光地を外国語で紹介する番組などを買い付ける機会も増えている。

日本文化を外国人に広めるという意味でも、落語は強力なコンテンツになり得る。本シリーズで日本の経営者に落語ファンが多いことは紹介してきたが、落語と触れる機会が増えることによって、海外エグゼクティブにもファンが増えるかもしれない。

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余談ではあるが、ANAでは目の不自由な乗客向けに、機内誌『翼の王国』の記事のいくつかをキャビンアテンダント(CA)が読み上げ、その音声を貸し出すサービスがある。10年以上前からの取り組みで、アナウンスが得意なCAがシフト制で担当するのだという。この「CA読み」は、2016年11月からは高性能マイクを使用し、さらに品質を高めたのだとか。ユニバーサル対応の一環だが、ANAの音声コンテンツへの愛情が、こんな部分にも感じられる。

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