成熟社会を迎え、子どもの教育、就職、働き方など、さまざまな面において、これまでのやり方が機能しなくなってきた日本。難病を抱えながら息子とともにハワイに移住し、事業家として成功を収めたイゲット千恵子氏が、これからの日本人に必要な、世界で生き抜く知恵と人生を豊かに送る方法について、ハワイのキーパーソンと語りつくす。
クリスティーン久保田氏プロフィール
クリスティーン久保田氏の半生
アメリカ人の父と日本人の母のもとで育つ
イゲット クリスティーンさんの生い立ちから教えていただけますか?
久保田 私は日本で生まれ育ったアメリカ人です。アメリカ人の父が戦後、進駐軍として日本に通訳として行ったときに四国へ疎開していた母と知り合い、私が生まれました。子どものころはアメリカンスクールに通って、外交官やアメリカの大企業の社員の子供たちなど、日本にいながら外国人に囲まれて育ちました。父は日本が大好きで、亡くなるまで日本にいましたね。
イゲット 場所はどちらだったのですか?
久保田 横浜生まれの横浜育ちです。
イゲット そうなんですね!私は藤沢出身なんです。
久保田 よく、藤沢にある公園の馬の遊具に乗りに行きましたよ(笑)。
イゲット 横浜のインターナショナルスクールにはいつまで通っていたんですか?
久保田 6年生まで通って、翌年からはサンモール・インターナショナル・スクールというカトリック系の学校に行きました。学校で日本語を話すと10円罰金みたいな規則がある厳しい学校でした。家に帰ると母とは日本語で喋りますが、父とは英語で会話していました。そういう特殊な環境でしたね。
裁判に負ける理由を知りたくて弁護士に
イゲット ハワイにはどのような経緯で来られたんですか?
久保田 以前は外国で生まれた場合、27歳までに戻ってこないとアメリカ国籍がはく奪されるという法律があったんです。だから、どうせアメリカに行くのなら、父の出身地であるハワイの大学に行こうと。カトリック系私立大学のシャミナード大学ホノルル校に入って、国際関係学とアジア研究を専攻しました。
そのころ旅行会社でアルバイトをしていて、ハワイの人たちを日本や韓国、シンガポールなどに連れていくツアーガイドをやっていたんです。当時は日本に行く人があまりいなかったんですが、日本は素晴らしいところだと分かってもらいたくて、多くの人たちを連れていくことが目標でしたね。当時のお客さんで、今でもお付き合いのある方もいますよ。
イゲット それはすごいですね。
久保田 当時は、日本語と英語を喋れる人がそれほどいなかったので通訳を頼まれることが多く、それで裁判所の通訳をやったのが法律に触れるキッカケでした。ハワイで日本人が騙されて訴えられたり、逆に訴えたりみたいなケースがよくあったんですね。でも、いつも私が通訳を務めた人は、裁判に負けてしまうんです。理由が分からなくて弁護士の先生に尋ねたら、「そんなに知りたいなら、大学院に行って弁護士になれ」と。
イゲット それが弁護士になったキッカケなんですか!?
久保田 どうして裁判に負けるのか、分からないのが悔しくて(笑)。
イゲット ハワイでは今でも騙される日本人が結構いますよね。
久保田 日本人の悪いところは「お任せします」とすぐにやってしまうところ。何かを契約する際も、日本でやるのと同じくしっかりやれば良いのに、うっかりサインしちゃうみたいなことが多々あります。訴訟になった時にはもう後の祭りであることがほとんどですが、誰かが助けなきゃいけない。それなら私がやろうじゃないかと。
入学したのは、カリフォルニアのロースクールでした。母はお嫁にも行かないでまた学校に行くのかと嘆きましたけどね(笑)。スクールは600人ぐらい入学しても1年で半分に減ってしまうような厳しいところで、他の学生はみんな私より若くて頭が良い人ばかりでした。英語は分かっても法律の専門用語が分からなくて、図書館で本をたくさん読んで勉強ばかりしていました。すごく大変でしたね。
イゲット ロースクールには何年通ったのですか?
久保田 3年間です。カリフォルニアで弁護士になることもできましたが、ハワイに戻って、1988年からずっとここにいます。長いですよね。弁護士資格以外にも、不動産ライセンスを取ったり、貿易の仕事をやったり、インベーダーゲームが流行したころはお店をやったり、いろんなことを経験しました。失敗したこともありますが、おかげで経営者の立場も分かるようになったので、弁護士の仕事にも役立っています。
ハワイで現地に溶け込むために苦労したこと
イゲット ハワイに初めて来たときは、差別を感じたともおっしゃっていましたが。
久保田 今はハワイの人も国際的になっていますが、当時は日本から来たと言うと、「え~、日本からなの」と「日本語喋って!」みたいなことを言われ、宇宙人を見るような目で見られていました。だから私は現地人に見られるようにムームーを着たり、友達が付けまつげをしていたので、それも真似したりしていました。どこの高校出身かと聞かれたときは、現地のルーズベルト高校を出たなんて嘘をついたり(笑)。
イゲット 逆カルチャーショックみたいなものですね。そういえば、うちの夫もアメリカ本土から来た白人なので、最初はものすごいいじめに遭ったと聞きました。
久保田 やっぱりハワイは島なので、自意識が強くて外の人を信用してくれない部分があります。仲間たちのサークルにどうやって入れるのか、ずっとそれを考えていました。友達と話すために、わざわざピジョンイングリッシュ(ハワイ特有の訛りのある英語)まで覚えましたよ。昔はゴルフ場のティータイムを予約するのも、ピジョンイングリッシュでないと取れない時がありましたから。
イゲット 日本の方言でも、まったくわからないことがありますからね。
久保田 ビジネスでは普通の英語を話しますが、ハワイの友達やいとこたちが何を言っているのか、最初は全然分かりませんでした。ただ、弁護士の仕事で現地の人々と話すとき、こちらがピジョンイングリッシュを話して、相手もオープンになってくれる時がありました。
イゲット 大きな強みですね。好奇心とコミュニケーションの方法を工夫することで、島の中で生きる術を身に付けたわけですね。弁護士さんとして誰かと交渉する際にも、とても重要なスキルだと思います。
久保田 訴訟は凄くお金と時間がかかるので、裁判所も当事者たちに和解を勧めることが多いです。相手がいることなので難しいのですが、双方の弁護士同士が共通の目的を持って話をすれば、何か妥協できる場があります。そこにたどり着くのが私たちの仕事です。日本人のクライアントはアメリカのシステムがよく分からない場合が多いので、そこからよく説明しなければなりません。
クリスティーン久保田氏のハワイでの弁護士活動
イゲット こちらではどんなケースの裁判が多いのですか?
久保田 やはりお金の貸し借りに関することですね。ビジネスマンがお金を貸すときに担保を取らないとか、それで後になってトラブルになることがよくあります。
イゲット 契約書を作らないでトラブルになった話もよく聞きますよね。
久保田 チェックの支払いであればまだ分かり易いのですが、キャッシュの場合は困りますね。1千万円を書面なしで貸しちゃうような場合もあるし、たとえ契約書があっても契約違反の問題も出てきます。ハワイに来ると、人々はハッピーでおおらかな気分になりますが、お金が絡むことはきちんとやらないといけません。
イゲット 日本では全額後払いのケースも多い気がしますが、ハワイでは大抵デポジット(預託金)を払ってからビジネスがスタートすることが多い印象です。
久保田 日本人は他人を信用しやすいので、知り合いに5万円くらい貸して5年たっても返ってこないといったパターンが多い。ビジネスで相手に「お任せします」と言うのであれば、お金が返ってこなくても仕方ないと言う気持ちでないと。
イゲット 日本人は学校教育の中で、指示されたことに従うサラリーマンを育てる教育、いわば労働者教育を受けているせいもあるかもしれません。だから「お任せする」と言えば、相手がやりやすいように気を利かせているつもりになってしまうのではないでしょうか。
久保田 たとえば、グーグルみたいな会社に勤めた場合、自らアイデアを出していく事が大切で、黙っているべき時に黙っていることは悪くないけど、発言すべき時は発言するようにしないと、自らの存在意義がなくなってしまいます。
イゲット 息子の学校の教育を見ていると、労働者ではなく起業家を育てるのに適しているのがよく分かります。誰かの下で働くにしても、新しい意見を述べたり人の意見をまとめるリーダーになったりする素養を磨くことが重視されています。
日本とは教育の段階で違うんです。企業がグローバル化する中で、子供たちをどう育てていけば世界に出ていけるのか、身を持って感じました。あと、ダイバーシティの問題で言えば、アメリカのほうが日本より法律面でも女性が優遇されているように思えます。
久保田 アメリカの場合、日本より随分前から女性の問題がフォーカスされて来たからでしょう。日本はこれからだと思います。ハワイの商工会議所で、日本の女性社長を20人集めて議論したことがありますが、私たちが普通に思っていることを喋っても、難しいとかできないという感覚の人が多かった気がします。法律面でもハワイのほうが安定はしているでしょうね。ただそれでも給料は男性と完全に同じではないし、問題がないわけではありません。
イゲット ハワイでもセクハラやパワハラの案件は多いんですか?
久保田 今はそれほどないですが、以前はかなりありましたね。日本の男性がターゲットにされたこともあります。たとえば、女性の肩に簡単に触れてはいけませんとか、水着の女性のカレンダーを職場に貼ってはいけませんよとか、年齢に関することも言ってはいけませんとか、理解してもらうのが難しかったです。今はどんな小さな企業でも、綱領をつくって絶対にセクハラがないようにするという姿勢を示すことが必要になっています。それがないと、私も弁護ができませんから。
イゲット 従業員と経営者のトラブルも多いのでしょうか。
久保田 多いです。仕事内容が悪い為に解雇されるのですが、何かと理由をつけてクレームをしてきます。年齢・人種差別などさまざまなケースがあります。経営者が従業員と対話して、コミュニケーションを取ることが非常に重要です。
ハワイのリーダーシップ教育
久保田 子供の教育も大事ですが、大人になってからの教育も大事だと思いますね。会社に入るとどういう人が上司になるかで人生が大きく変わってしまいます。良い上司が付いた人は、本当に幸せだと思わないといけないでしょうね。
一方で、上に立つ人は良い上司になることを考えなければいけません。企業の社長さんには、そういうことを部長さんや課長さんにどんどん伝えてほしいと思います。
イゲット アメリカではリーダーシップのトレーニングを子供のころからやっているし、日本人と比べて上手だなあと思っています。クリスティーン先生は、いろんなところでリーダーシップを取られていますよね。私が先生とお会いするのは、社会貢献の場が多いのですが、日本人のきめ細やかさとアメリカ人のリーダーシップを、とてもうまくミックスされている気がします。
久保田 ありがとうございます。まず、ハワイは狭いところだからやりやすいというのはあると思います。ボランティアや社会貢献のニーズがすぐに集まりますし、知っている人が多いから楽というのもベースにあります。
ただ、みんながリーダーになるわけではないので、フォローする人たちも大切です。私の場合、小さい頃は凄くシャイで、ピアノの発表会にも出たくないような子供でしたが、ある日突然喋りまくるようになってしまいました(笑)。
私は自分をあまり良いリーダーとは思わないけれど、いつも他の人たちの意見を聞いて、せっかちだから誰も決めないときは自分が決めてしまうんです。それでみんなが付いてきてくれるんですが、良いリーダーなのかどうかは分からないですね。
クリスティーン久保田氏のこれから
イゲット 私はまだ40代ですが、日本の若い女性たちにはもっと頑張ってほしいなと思っていて、女性がリーダーシップを発揮できるような活動をしたいと思っています。ハワイには14年お世話になっていますし、その部分でもハワイと日本をつなげるようなことに貢献できないかなと。
久保田 今は30代、40代の日本女性でもすごい人たちが増えてきたのではないですか?
イゲット 以前に比べたらそうですね。私が20年前にネイルサロンを立ち上げた時は、場所を借りるのも苦労しましたから。どこにも子どもを預けられないという問題もありましたし。
久保田 それは企業のサポートがもっと必要かもしれないですね。サポートがあっても親としてのジレンマがあるのは仕方ないですが、女性が働きながら子育てをすることに対する社会全体の理解は、日本よりアメリカのほうがあるのは確かです。
企業のサポートが重要という点では、ボランティア活動に対する姿勢にも言えます。アメリカは法律も違うし、ボランティア活動に対して税制で優遇されるという事情もあるため、いろんなボランティアをやることが自然になっています。地域貢献の大切さはアメリカ企業にとっては当たり前のことですが、日本企業にもそこをきちんと知ってほしいですね。
イゲット それは著書に書いておきました(笑)。最後になりますが、先生のこれからの夢は何ですか?
久保田 来年はハワイに最初に日本人が就航して150年にあたります。ハワイで日系1世、2世、3世の方々が伝承してきた日本の歴史と文化を、きちんと次の世代に伝えていけるのかということを危惧しています。弁護士を引退したら、そうした活動にフォーカスして活動していきたいと考えています。
(いげっと・ちえこ)(Beauti Therapy LLC社長)。大学卒業後、外資系企業勤務を経てネイルサロンを開業。14年前にハワイに移住し、5年前に起業。敏感肌専門のエステサロン、化粧品会社、美容スクール、通販サイト経営、セミナー、講演活動、教育移住コンサルタントなどをしながら世界を周り、バイリンガルの子供を国際ビジネスマンに育成中。2017年4月『経営者を育てハワイの親 労働者を育てる日本の親』(経済界)を上梓。
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