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『孤独のグルメ』原作者、久住昌之が語る「店選び」と「酒」

孤独のグルメ原作者 久住昌之氏

『孤独のグルメ』の原作者としてお馴染みの久住昌之氏。主人公の井之頭五郎は下戸の設定だが、久住氏本人は仕事終わりにほぼ毎日ビールや日本酒などを楽しむ大の酒好きである。営業マンが昼間から銭湯巡りと飲酒を満喫する『昼のセント酒』や、都会の中年サラリーマンが行きつけの小料理屋で酒と肴に舌鼓を打つ『荒野のグルメ』など、酒にまつわる漫画やエッセイも数多い。今回は、そんな久住氏の日常における酒とのかかわり方や、酒に対する考え方を中心に話を聞いた。(吉田浩)

久住昌之氏プロフィール

久住昌之

(くすみ・まさゆき)1958年生まれ、東京都出身。法政大学在学中に美學校に通い赤瀬川源平に師事。81年泉晴紀と組み、泉昌之として漫画家デビュー。単独作品の他にも、テレビドラマ化され人気となった『孤独のグルメ』をはじめ、『荒野のグルメ』『花のズボラ飯』『野武士のグルメ』『昼のセント酒』など多数の作品の原作を手掛ける。漫画やエッセイの他、イラスト、切り絵、童話も発表。ミュージシャンとしても活動する。

 

久住昌之の店選びは「歩き回って観察して考えて決める」

 

―― 久住さんは家でもよくお酒を飲まれるんですか?

久住 家では飲まずに、仕事が終わって外で飲むことが多いですね。夜の1時ごろまで仕事して、それから飲みに行くので空いてる店が限られちゃう。だから、行きつけの店はそんなに多くはないです。あとは旅先で飲むことが多い。

―― 1人飲みをする時、店選びのポイントはあるんでしょうか?

久住 何が良いのかは店によって違うから、ポイントみたいなのものはないんです。ポイントという考え方をすると、物の見方が狭まっちゃうじゃないですか。店はすごく歩き回って決めますね。旅先だと、一軒の店を決めるのに1時間ぐらいかかることもあります。

―― いざ店に入って「あ、ここは外れた」みたいなこともあるんでしょうか?

久住 僕はそれがないんですよ。入ってみて嫌な店だったなというのはあるかもしれないけど、そんなときは嫌な店に入っちゃった自分自身が面白いんで。どれも美味しくなかったら、その中でも何が美味しいんだろうとか、どうやったら美味しく食べられるのかとか考えます。ただ、店に入る前にすごく考えるから、どの店も大体良いんですよ。

―― 店選びのポイントはないということですが、店に入る前にどんなところを見てるんでしょうか。

久住 店の場所だったり、雰囲気だったり。ただ、なるべく古い店に入りたいんですよ。なんでかって言うと、店を何十年も続けるのは大変なことで、それだけの魅力があるということだから。雰囲気がいいとか、店主がいいとか、味がいいとか、安いとか、いろんな良い部分があるから、愛されて続いてるということだと思うんです。

ただ、たとえば40年続いている店でも、35年目に新しく改装していたり、ビルに入ったりしてるかもしれない。店に入ってみて、そういう部分まで見抜けると嬉しいですね。

―― 当然、スマホなんかに頼ったりしないわけですよね。

久住 見ないですね。スマホに頼るとそこに出ている情報しか見なくなって、画面に出てる料理を中心に頭が回ってしまう。それだと自分の頭を使わないじゃないですか。

店を見てすぐに「あっ」と思うことは確かにあるけど、直感という言葉は安易に使いたくないです。スマホで見るというのは、自分で考えないし観察もしないということ。人が僕に店選びのポイントを聞きたがるのも、自分で考えないためですよね。スマホを見るのをやめろと他人には言わないですが、自分はモノを作っている人間だから、頭を使わないと発想力が鍛えられないし、何かを見抜く観察力も身に付かないですからね。

自分が飲みたい気持ちにならなければ面白いものは作れない

久住昌之

―― どの作品も、料理や酒について登場人物がものすごく考えて、絶妙な表現で言語化しているのが面白いんですが、久住さんも同じように頭の中で言語化しているのかなと。

久住 漫画の中ほど言語化はしていませんが、面白いものを見つけたいし、いろいろなことに気付きたい。僕は漫画家で面白いことを考えないといけないから。お店と同じく自分が作った漫画も長持ちしてほしいと思ってます。パッと思いついたことを、丁寧に言葉を選んで面白い形にできたら、何度も読むにたえると思うんですよ。長く続いた店が好きなので、長く読まれる漫画を作りたい。とはいえ、漫画だから、くだらない脱線、ありえない展開をする勢いもないとね(笑)。

―― 『ひとり家飲み 通い呑み』など、エッセイでは漫画とはまた違った言葉選びをされていますが、作品によって頭のモードが変わったりするんですか。

久住 面白い言葉が出るのは、調子づいてるときですね(笑)。仕事中は当然飲みません。食べ物や飲み物の作品を描いてるときは、描きながらものすごく食べたくなったり飲みたくなったりしないと、面白いものは作れないんです。描いていて、お腹が空いてたまらなくなったり、仕事やめて飲みたくなる、そういう時、頭も冴えて回転して、読者に「うまそう!」って思わせるのができる気がします。

―― では一作つくり終わった後は、食べたい、飲みたい気分が最高潮なんですね。

久住 そうですね。お腹いっぱいで仕事しても全然乗らない(笑)

―― 久住さんは会社勤めの経験がないわけですが、作品を見ているとビジネスマンの気持ちがすごく分かってらっしゃる気がします。

久住 立場に関わらず、人間に共通する部分を描いているだけです。仕事をしていてお腹がすくことは誰でもあるだろうし。サラリーマンでも、漫画家でも、スポーツマンでも、外国人でも、近い心情じゃないかなという部分を描いています。ただ、『孤独のグルメ』の井之頭五郎の場合は個人輸入業者という設定なので、実際に同じ仕事をやってる人に、ずいぶん聞きましたよ。

久住昌之が「こだわり」を持たない理由

―― たとえばハイボールの氷は2~3個がいいとか、冷やし中華の具材とか、すごく細かいところまで観察していますね。

久住 以前、コンビを組んでいた泉晴紀がものすごく几帳面で、トイレットペーパーのミシン目をシングルならいくつ、ダブルならいくつ目で切って使うと決めてるような人だったんです。彼に言わせれば、何のためにミシン目がついてるんだと。ミシン目を何センチごとにつけようかと決めた人がいるんだと。

同じように、ハイボールの氷を何個入れたらうまいと決めつけてる人がいるんじゃないか。その氷はとぐろ型が最高と彼は思ってる。そういうことを考えるのが漫画家という職業だと思うんです。漫画家は結局、面白いことを「思いつく」仕事なんです。

―― 日常の中で考えたり驚いたり、さらに先を読んでみたりという作業を行っていないと、面白い思い付きは出てこないということですね。

久住 そうだと思います。だから、こだわりを持つというのは実はものすごく危険で、こだわりの部分しか見ないと、今までになかった面白いことを見過ごしちゃう。

―― ビール好きを公言されていますが、お酒に関してもこだわりはないんでしょうか?

久住 僕は特にないみたいです。以前、仕事場近くのワインバーに毎晩のように飲みに行ってて、8年くらい通ったけど、ワインのことを何にも覚えなかったですもん(笑)。

―― ワインを注文されるときもお店任せだったんですか?

久住 はい(笑)。長く通ってると僕の好みを店も分かってくるし嫌なものは出さないから、余計覚えないですね。だいたい美味しいですよ、今の時代は。

――「荒野のグルメ」の女将が、客の好みに合わせた料理を出すようなものですかね。

久住 「そんな店があると嬉しいよね」と、亡くなった土山しげるさんと話してました。でも、だからといって、そこにしょっちゅう行ったりというのでもないですしね。

「いい店」ではなく「自分の好みが分かる」ことが面白い

―― この取材のテーマが「この夏飲みたい酒」なんですが、お話を伺ってると「これが良い」みたいなことを読者に提示するのが憚られてきました(笑)。

久住 季節ものは当然出してもいいと思いますよ。夏に熱燗の話はしないしね(笑)。仮にそういう話をするなら、熱燗が夏に美味しくなるまでの過程を考えればいいんじゃないでしょうか。

ただ、やっぱり夏は夏らしいところで飲むのが美味しいですよ。冷房が効いてなくて外気が入ってくるような場所。例えば、かき氷は本当は冷房が効いてない店のほうが美味いんだよね。食べてるうちに涼しくなってくるのがかき氷で、島なんかで外で食べると美味いじゃないですか。

ビールも本当は、適当に暑いところで飲むのがいいですね。僕の経験だと冷たさ具合が重要。今はものすごく冷たくするビールがあるけど、あれは刺激なだけで、味的には美味しくないですよ。味は分からなくなるし香りは立たなくなるし。美味しく飲ませてくれる店は瓶を水で冷やしたりして、ちょうど良い温度にしてくれてます。適温の瓶ビールを酒屋でくれるメーカー名の入ったようなコップで飲むのが一番美味いと思いますね。

―― ビール以外だと夏に好んで飲むお酒はあるんですか?

久住 う~ん、、、やっぱりビールですね(笑)。季節もそうですが年齢によっても好きな酒って変わりますよね。今は瓶ビールと冷の日本酒を飲むことが多いけど、10年前は焼酎ロックだった気がするし。

―― 日本酒の銘柄なんかもあまり覚えたりはしないんですか?

久住 新潟の酒は自分の好みのものが多い気がしますね。〆張鶴とか八海山とか。でも利き酒しても当たらないと思う(笑)

―― どちらかと言えばすっきり辛口が良いとか、甘口が良いとかはあるんでしょうか?

久住 あの辛口とか甘口とかいうのはウソだね。全然アテにならない。若い人なんかは「飲みやす~い」なんて言うけど、じゃあ酒はそもそも飲みにくいものなのかと(笑)。言わんとすることは分かるけど、辛口とか甘口とかだけで決めたり、「飲みやすい」という言葉によって、味わうことを放棄している気がします。

―― 自分もそうした安易な記号化に毒されてるので反省します(笑)。

久住 甘口、辛口のプラスマイナスの表記を見ずに、何もない状態で味わったらみんな違うと思いますよ。味って自分の好みがわかってくると面白いじゃないですか。自分で判断して店に入って、自分で選んだものを食べて、美味しかったり、そうでもなかったりする。そんなことを何年も繰り返していくと、だんだん自分の好みが分かってくる。

いい店が分かるんじゃなくて、自分の好みが分かるんですよ。ネットだけ見て判断してると、自分の好みがいつまで経っても分からないんじゃないですかね。自分の好みがわかりさえすれば、人の評価などどうでもよくなるじゃないですか。味のプラスマイナスもブランドも関係なくなる。

お店の人はプロなわけで、ずぶの素人のこちらが人の評価を調べて行って、一度食べただけでまた評価するというのも、失礼な話じゃないですか。ネットのコメントや写真を見て「うまそう!」と勝手に期待して行って、「それほど美味くもない」とか「店の人が無愛想」とかよく言うよなーと。初めての店だったら、失敗するのが怖いからスマホで調べて入る気持ちも分かるけど、お店の人のほうは入ってくる客のことを事前に調べることなんてできない。

怖いのは客じゃなくて、本当は店の人なんだよね。そりゃ変な客が来たら無愛想にもなるかもしれないよ(笑)入ってくるなりキョロキョロ見回したり、勝手に写メ撮ったりしたら。

久住昌之が「食べ物」や「酒」より興味があるものとは?

久住昌之―― 久住さんの作品が受け入れられている理由として、店や味に対して「これはダメ」とジャッジをしない部分もあると思います。

久住 僕はジャッジするんじゃなくて、その店にあるドラマを描きたいだけ。何か理由があって、その味になっているという小さなドラマ。漫画にも描いているけど、ビールの種類をたくさん見せて「どれにしますか」と聞いてくるのも別にいいんだけど、本当はマスターの好きなものを出してくれたらいい。酒なんて2~3種類あればいいし、店主はこういうのが好きなんだなと、黙って飲みますよ。

―― デビュー作は駅弁を食べる男の話で、作風はずっと変わりませんが、たまたま最初にそういう話を描いたから今も続いているんでしょうか。

久住 僕は食べ物そのものより、人の頭の中が面白いんですよ。黙って食べてる人の頭の中はどうなっているんだろうかと。食べ物の漫画がヒットしたからそのイメージで捉えられているけど、描きたいのは人の頭の中のことであって、食べ物だからというわけではないです。

―― 「酒の飲み方はこれが正しい」などと押し付けないところも、受け入れられている理由な気がします。

久住 でも、ビールとかはお腹がすいているときの方が美味しいとか、思います。空きっ腹に酒はよくない、とかいうけど、ビールも味や香りはお腹が空いている方がわかる。それから、風呂上りもまた美味しいんだけど、風呂上がり直後にキンキンに冷えたビールというのは、実はそんなに美味しくない。体温が上がっているせいかな。風呂上がり一番美味しいのは、やっぱりコーヒー牛乳やカルピス(笑)。

歳をとるといいのは、そういうふうに先入観が取り払われていくこと。夏の風呂上がり、下着とか全部着替えてさっぱりして、銭湯から出て風に当たってぶらぶら歩いて、体が平温に戻ってきたあたりで飲むのが、ビールは最高に美味しいと思いますね。

旅先で温泉につかっても、風呂上がりにいきなりビールというより、夕飯を待って、食事の前にまずビールという方が絶対美味しい。後はお昼にプールで泳いだ後ね。プールの後にビールと冷やし中華なんて最高ですね。で帰って昼寝(笑)それから仕事。理想だぁ(笑)

でもそういうのも、これが正しいというんじゃなくて、そういうのが自分は美味しい、とだんだんわかってきたというだけの話です。

―― 酒量は大体どれくらいなんですか?

久住 普段は仕事が終わって帰りがけに、ビールの小瓶を一本飲んで、日本酒をグラスで2〜3杯飲むくらい。一人だしね。店で偶然知り合いに会っちゃうと、話をするからもう少し飲む。あるいは飲みすぎる、会話がはずむと。たまにそのあと仕事がなくて、夕方から飲めるときはすっごく嬉しいですね。『昼のセント酒』みたいな世界は、自分で描きながら羨ましいなあ、こういうのやりたいなあと思ってます(笑)。

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