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東芝のPC事業を買収し8年ぶりに参入するシャープの勝算

シャープが東芝のPC事業の買収を発表した。シャープにとっては8年ぶりの再参入となる。日本のPCメーカーは苦しい戦いを強いられているが、PCこそシャープを支援する鴻海(ホンハイ)精密工業の強みが生かせる分野である。戴正呉・シャープ社長は再建と事業拡大に自信を見せている。文=村田晋一郎

歴史をつくった東芝のPC事業も産業構造の問題には抗えず

シャープは東芝の100%子会社でパソコン(以下PC)事業を手掛ける東芝クライアントソリューション(TCS)の買収を発表した。シャープはTCS株式の80.1%を40億500万円で取得し、TCSを子会社化する。手続きは10月1日に完了する予定。

東芝のPC事業は、ある意味、歴史をつくってきた。東芝は1985年に世界初のラップトップPCを製品化し、89年には世界初のノートPC「dynabook」を発売。業界のパイオニアとして、一時はノートPC市場で世界シェア1位を獲得し、日本メーカーの中でも最大の出荷数を達成したこともあった。

このPC事業での功績を背景に、西田厚聰氏は、東芝社長に登り詰めた。しかし、西田氏の出身母体であったがゆえに、PC事業では海外メーカーに製造委託する際の「バイセル取引」をめぐり不適切会計が日常化、現在まで続く経営危機の原因をつくってしまった。

また、過去の成功体験が仇となって、新領域の製品開発が後手に回り、徐々に競争力を落としていった。現在、世界シェアは1%程度にまで落ち込み、国内シェアも10%を切っている状況だ。不適切会計の騒動後の構造改革により、PC事業は不採算事業に挙げられ、他社との再編をも視野に、2016年にTCSとして分社化した。

実際にTCSの業績は芳しくない。TCS発足初年度の17年3月期の売上高は1650億円、営業損益は17億円、純損益も17億円の赤字となった。翌18年3月期はさらに悪化。売上高は前期比11%減の1468億円、営業損益は83億円、純損益も82億円と、赤字幅が拡大する状況であり、売却先が取沙汰されていた。

東芝に限らず、総じて日本のPCメーカーは苦戦を強いられている。スマートフォンやタブレットの普及により、PCの販売数量が落ちたとの見方があるが、世界的にはPC市場はほぼ横ばいの堅調な市場である。確かには個人向けPCは、「身近なインターネットデバイス」としてのポジションをスマホやタブレットに奪われ、減少傾向にあるが、日本においてもビジネス向けPCは極端には減っていない。

むしろ今後の働き方改革に伴いテレワークが増加したり、小学校においてプログラミング教育が必修化されたりして、ビジネスや教育の現場で必要なツールとして、ノートPCの需要は一定程度回復すると見る向きもある。要は、日本メーカーのPCが売れなくなり、収益が上がらなくなっただけである。

問題は、PCがコモディティ化したため、事業の収益が調達コストで決まるようになったことだ。PC市場の世界シェアは、米HP、中国レノボ、米デルが3強で、米アップル、台湾エイスース、台湾エイサーが続き、この上位6社で8割以上のシェアを占めている。

これら海外メーカーは圧倒的な販売実績を背景に、高い調達力を確保、それが高いコスト競争力につながっている。販売台数の多いメーカーは、性能の良いデバイスや部品を安く大量に仕入れられるため、良い物を安く作れるようになる。このため、日本メーカーは全世界に大量に販売する海外メーカーに対して、競争力で劣るようになっていった。

こうした状況から、現在生き残っている日本メーカーの戦略は大きくは2つ。

一つは高い調達力を確保する方向。NECと富士通は、それぞれレノボの傘下に入り、レノボの高い調達力を生かして事業展開を図っている。もう一つはニッチ市場に特化する方向。パナソニックとソニーから独立したVAIOは、ビジネス用途およびクリエーティブ用途に特化し、規模を追わない展開に活路を見いだしている。

一方、東芝については、TCS分社化前後に調達力を確保するため、富士通やVAIOと統合し、日本連合を形成することが検討されたが破談。富士通はレノボと組み、VAIOは独立から4年が過ぎ、東芝だけが有効な手を打てず事業を悪化させていた。そこで今回、シャープが買収することになった。

PC事業に再参入するシャープの目論見は?

戴正呉・シャープ社長

戴正呉・シャープ社長

シャープもかつては「メビウス」ブランドでPC事業を展開していた。自社の最新液晶技術を用いるなどの強みがあったが、事業の採算確保が困難という理由から、09年発売のネットブックを最後に、10年にPC事業から撤退した。その後、シャープは経営危機を経て、16年に製造受託の世界的大手である台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業の傘下となった。

ホンハイ傘下で再建が進む中、17年4月の時点で、戴正呉・シャープ社長は「(撤退した)IT機器で再度市場に参入したい」と語っており、PC事業の再参入を匂わせていた。ホンハイが世界で強いのはIT機器であり、シャープがホンハイとの協業でシナジーが生かせる領域だとし、IT機器での事業を拡大する方針を示した。IT機器の中でもホンハイはPCの受託生産で強みを持っており、実際に大手のHPやデルのPC製造を受託している。シャープもPC事業を持ってこそホンハイとの協業シナジーが最大限に生かされると見ている。

また、シャープは「人に寄り添うIoT」を掲げている。スマホと共にPCはIoTの重要なインターフェースととらえる向きがある。スマホに加え、PCを自社で抱えておくことはIoT事業の推進ではプラスの側面もある。そこでTCSのPCの知見が、IoTの事業展開にプラスの効果が期待される。戴社長はTCSを買収した理由に、約400人のまとまった形でIT技術者が獲得できることを挙げている。TCSを取り込むことで、IoTビジネスを強化するのが狙いだ。

シャープにとっては、実に8年ぶりのPC事業の復活となる。ただし、それは「メビウス」ブランドの復活を意味しない。シャープはTCS買収後も、「dynabook」のブランドを残すとしており、「dynabook」をシャープが続けるといったほうが良い。今後は、シャープの「IGZO」液晶技術やセンサ技術を導入した「dynabook」PCの展開が予想される。

今回のTCS買収には、ホンハイの意向もうかがえる。ホンハイがシャープを買収した理由の一つが「AQUOS」というシャープのブランドと世界的知名度だった。ホンハイは世界最大手の製造受託メーカーであるがゆえに、自社ブランドによる新たな展開を希求し、シャープを傘下に収めた。PCの歴史をつくった「dynabook」のブランドはホンハイにとって十分すぎるほど魅力的であり、TCS買収は、ブランド力のある自社製品と販売チャネルを獲得するメリットがある。

さらにホンハイのPCの受託生産はデスクトップPCが中心であり、一方でノートPCは若干手薄と言える。そのため、「dynabook」のブランド力とTCSの製品開発力・企画力が加わることで、ホンハイグループとしてもPC分野全体での競争力をさらに高めていく構えだ。

東芝のPC事業とホンハイの強みを生かしたいシャープ

TCS買収にあたって、戴社長は、「1~2年で黒字化し、投資を回収する」としている。ホンハイグループの力をもってすれば、1年での黒字化も容易だと見る。

シャープは16年にホンハイ傘下で経営再建に着手し、およそ1年半後の昨年12月には再上場を果たした。シャープ再建にあたり、ホンハイ流の経営手法を導入していったが、特に液晶テレビ事業を立て直したことは、ホンハイグループの底力を見せつけたと言える。

ホンハイはシャープの液晶テレビ事業再建で、グループのグローバルネットワークを最大限活用。巨大なサプライチェーンを使って部品の調達コストを引き上げた。さらに中国で「天虎計画」と称する販売拡大戦略を展開するなど、アジア諸国や欧州で液晶テレビの販売数量を大幅に拡大させた。液晶テレビの売り上げ増大は「ホンハイの営業力によるところが大きい」と野村勝明・シャープ副社長は語る。

恐らくTCS再建も、液晶テレビと同じ手法をとるだろうが、PCは、テレビよりもさらにホンハイが得意とする領域であることを考えると成功の確度は高いだろう。またTCS自体、規模は小さいながら海外事業は残っており、その基盤を拡充することで、シャープのグローバル展開で相乗効果が期待できる。

あえて今後の課題を言うなら、統合に向けた準備だろう。シャープの場合は、経営再建前にディスプレー子会社の堺ディスプレイプロダクト(SDP)が既にホンハイと共同運営していた。野村副社長をはじめ、SDPでホンハイ流の経営に接したマネジメントの存在が、シャープの再建を加速させた。

10月の買収手続き完了前に、TCSがどのような体制を整えるかが、一つのポイントになる。

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