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西武グループの危機管理―「広報対応は“オープンに誠実に”を徹底する」(西山隆一郎・西武ホールディングス上席執行役員)

西武ホールディングス上席執行役員 西山隆一郎氏

西武グループが抱える事業は、鉄道事業やホテル事業など顧客接点が多い。それだけに危機管理案件が発生した場合、厳しい広報対応を迫られることがある。また数年前にはサーベラスが敵対的TOBを仕掛けてきて、株主を巻き込む危機も経験した。西武ホールディングス(HD)の広報担当役員である西山隆一郎氏に同社の広報対応について話を聞いた。文=村田晋一郎 Photo =佐々木 伸

にしやま・りゅういちろう 1964年生まれ、87年横浜国立大学卒業後、第一勧業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)に入行。2009年西武ホールディングスに入社し、広報部長、14年取締役上席執行役員広報部長兼西武鉄道広報部長、17年取締役上席執行役員(社長室、管理部、広報部担当)、プリンスホテル取締役常務執行役員(管理部、広報部担当)現在に至る。

「西武グループ広報戦略会議」による独自の取り組み

 西武グループが現在の体制になったのは2006年3月27日。西武鉄道上場廃止後のグループ再編が完了し、その過程で同年2月には持ち株会社として西武ホールディングス(HD)が誕生した。HDの下に事業会社としてプリンスホテルや西武鉄道が連なる体制となり、そして広報体制もこの時に現在の枠組みが立ち上がっていた。

 HD広報部と各事業会社の広報部門は密に連携し、独自の取り組みとして「西武グループ広報戦略会議」がある。ここではHDと各事業会社の広報が月に1回集まって、事業や広報戦略を共有し、メディアトレーニングや意見交換を行う。

 平時における前向きな案件については、原則、各事業会社の広報に任せる形だが、グループ内で不祥事など危機管理案件が生じた時はHD広報部が最終司令塔となる。情報を外に開示する時にはプレスリリースの一字一句までチェックし、難しい案件の場合は開示の仕方までサポート。さらに事態が大きい場合は、HDから事業会社に人を派遣して、対応の指導と仕切りを行うこともあるという。

 近年で西武グループ最大の案件と言えるのが、13年に起こった米投資ファンド・サーベラスグループとの対立だろう。それまで西武HDと筆頭株主であるサーベラスは上場に向けて二人三脚で取り組んできたが、上場までのプロセスをめぐり意見の相違が生じ、両者に亀裂が生じる事態となった。

 最初の動きは12年12月中旬、「現在、西武HDと大株主が揉めている」というトーンでサーベラス側の主張を元にした記事が週刊誌に掲載された。西武HD側の広報対応はこの報道に対する照会から始まった。その後、報道はさまざまな角度から媒体を問わずに徐々に過熱していき、広報対応も激務になっていった。

 13年3月11日にサーベラス側が経営権の獲得を目指す敵対的TOBの実施を発表。報道も広報対応もピークとなっていった。

TOBの危機に際しては西武グループのビジョンがよりどころに

 広報部長として陣頭指揮を執った西山氏はこう振り返る。

 「とにかく必死でしたが、社長の方針は明確でしたし、オープンに誠実にやり続けるしかないと思っていました。そしてできることは、当社の主張を世の中にきっちり伝え続けることでした」

 この時、西山氏が拠り所としたのは、西武グループ再編完了と同時に定めたグループビジョンだった。この中のグループ宣言の最初の項目「1.誠実であること」には「常に、オープンで、フェアな心を持って行動します。」とある。ここで述べられている「オープンに誠実に」ということに全員の気持ちを誓い合うような形で集結させて対応していったという。

 具体的な展開も、「オープンに誠実に」ということを戦術に落とし込んでいった。

 まず、さまざまな発表は、特定の媒体に出すのではなく、必ずトップの記者会見かプレスリリースで、世の中に同時に発表した。

 また、所沢本社での取材対応も、数カ月間で約200人の記者一人一人に都度公平に対応した。レクの内容は、西武鉄道が上場廃止になった経緯からサーベラスの出資、そして、今なぜ揉めているのかということにまで及んだため、1回の説明に1時間半~2時間を要したが、絶対に手を抜かずに説明し続けることを広報チーム全員が徹底したという。

 一方で、情報を発表するタイミングには注意した。サーベラス側が何かを発表したら、西武側もすぐにトップのぶら下がりをやるか、コメントを出した。例えば、サーベラス側が朝10時頃に何か発表した場合、昼のテレビのニュースや新聞の夕刊に載ることになる。その際に相手の主張に対抗する形で、急いでコメントを作ってマスコミに送った。サーベラス側が何か発表しても必ず、報道の最後に西武側のコメントが差し込まれるよう努めた。

 発表のタイミングを逸しないことと、「オープンに誠実に」対応することを心掛けた。そうして世間やメディアの理解を得られるようになり、西武側の主張に理解を示すメディアが急速に増えていった。

 また、サーベラス側の主張には西武鉄道の一部路線の廃止や西武ライオンズ売却が含まれていたため、沿線の住民や自治体の西武側への支援が高まっていった。その結果、TOBは事実上の失敗。そして6月25日の株主総会で、西武側の提案がすべて承認され、この問題は収束した。その後、サーベラス側とは友好的に和解し、1年後の西武HD上場につながった。

速やかで誠意ある広報対応が傷口をミニマイズする

 「オープンに誠実に」という姿勢は事業会社での対応にも生きている。

 サーベラスのTOBの際には、同時にプリンスホテルの食品表示偽装問題が明るみになっていた。利用客からレストランでメニューと違う表示の食材が出たという指摘のメールが届いた。ここで重視したのは、速やかな事実確認と当局への報告を行い、速やかな公表と誠意ある謝罪を行うこと。これにより傷口をミニマイズしようとした。

 発覚したのが13年5月28日で翌日に保健所に報告し、翌々日には消費者庁に報告。しかし同様の問題が起こっていた可能性を考え、全社調査を開始した。まず6月17日に発端となった品川・高輪エリアの4施設の調査結果を公表。対象顧客は09年からの4年間で1万7600人に及んだ。そして6月24日には、残る12施設において、05年からの8年間で対象顧客は約20万人に及んでいたという調査結果を発表。この対象となった利用者全員に全額返金対応した。

 TOBの際に、サーベラス側は西武HDのガバナンスに不備があると指摘しており、このプリンスホテルの問題は格好の攻撃材料となった。ここでの全社調査の発表が6月25日の株主総会以降になれば、逃げたと見なされてしまう可能性があった。

 そこで総会の前に全容を発表するため、全社調査を完遂し、6月24日に公表した。翌日の株主総会の朝に新聞で報道され、総会では案の定サーベラス側から問題を追及する質問が出たが、小林正則・プリンスホテル社長(当時)と後藤高志・西武HD社長が議場ですべての株主に謝罪した。利用客への返金対応はその後も続いたが、結果的に対外的なレピュテーションはこの株主総会で収束したという。

 また、西武鉄道では天災による被害に見舞われることがある。14年2月に大規模な積雪により、西武秩父線が約1週間不通となった。この時は、現地の積雪・除雪の状況を日々写真に撮って都度ウェブで公開した。さらに運輸部が、その写真を全駅に掲示した。

 最初は、電車の運休に対して苦情が殺到していたが、その声は徐々に激励に変わっていったという。この発案は広報部ではなく、鉄道本部からで、「積雪が、こんなに大変な状況になっていることと、除雪作業の進捗をお客さまに知ってもらいたい」という現場の声だったという。

 「オープンに誠実にやることは不祥事案や天災でも結局同じで、それを教えてくれたのは、『積雪で電車を何日も動かせないのは悔しい』という鉄道マンの矜持でした」と西山氏は語る。この時の対応はその後の西武鉄道の広報対応のモデルケースになっている。

トップにまで浸透する西武グループの危機管理と危機対応の意識

 西武HDの広報活動には、トップの存在も大きいという。特に危機の時は経営者の理解がないと広報は無力化する。

 この点で、西武HDは後藤社長が広報活動への理解があり、サーベラスとの騒動の時にも常に矢面に立って積極的に会見やとっさの囲み取材を行った。そして広報が頼んだことはすぐに対応してくれたという。「トップが最大の広報マン」という姿勢はグループ全体にも広がっている。

 「HD体制以降、西武鉄道やプリンスホテルなど事業会社の歴代の社長にも皆、広報への理解が浸透した。HD社長とマインドが共有されていて、広報はやりやすい。危機を乗り越えて再生に向かっていく中で、そういう企業風土ができていった」と西山氏は語る。

 最近では6月末にプリンスホテルにおいて委託先へのサーバー不正アクセスにより顧客情報の流出が発覚した。管理部門が報告に行った際に、小山正彦・プリンスホテル社長は「自分が会見をやらなければいけないのではないか」と語ったという。

 小山社長は就任したばかりの時期だったが、新社長にまでトップとしての危機管理・危機対応の意識が浸透していることに西山氏は感動したという。この案件もいち早く記者会見を開いて謝罪したことで、事態は収束している。

 「オープンに誠実に対応していくことが大切。と言うより、それしかないんです」と西山氏は語る。

 こうした風土を次につなげていく取り組みとして、西武HD広報部は16年に『西武HD設立10周年史』をつくった。ここでは、04年の総会屋への利益供与事件など不祥事の発覚に始まり、負の歴史が克明に綴られ、グループが再生に向かう過程を記録している。

 不祥事案件であっても過去の教訓を残すことが重要であり、事件当時と人が入れ替わっても風化していかないように「襷」をつないでいく。これは広報の重要な役割でもあるという。

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