※2022年6月2日、出井伸之氏が肝不全のため逝去されました。ご冥福をお祈り申し上げます。
今回のゲストは、ソニー会長を務めた出井伸之さん。現在は起業しグローバルリーダー育成支援等を行っています。「生涯現役でいるために、自分の置かれた環境をいかに戦略的に『リポジション』し、進化していくか」と話す出井さんと、若手起業家や日本の将来について語らいました。似顔絵=佐藤有美 構成=大澤義幸 photo=佐藤元樹
出井伸之氏プロフィール
出井伸之氏が実践する「リポジション」とは
佐藤 出井さんは「生涯現役」を人生のテーマに掲げ、ご自身が置かれている環境を戦略的に変える「リポジション」の重要性を説かれています。2005年にソニー会長を辞めて翌年クオンタムリープを設立し、60代でリポジションされたわけですが、その後いかがですか?
出井 元気に忙しくやっていますよ。日本企業では60代で定年退職を迎えますが、人生100年、「組織を辞めること」が「仕事の終わり」ではありません。人生は岐路の連続です。環境を変えることで新たな可能性が生まれますし、その後のサードエイジをいかに生きるかが大事。今は80歳になりましたが、クオンタムリープでは大企業のソニーではできなかったことを少人数で自由にやっています。
佐藤 少人数でも、アジア圏を中心にグローバルリーダーやベンチャー企業を支援する事業を展開されていますよね。海外の若手起業家と話す機会も多いと思いますが、どんな印象をお持ちですか?
出井 5月に上海で11人の若手起業家をインタビューした時は熱意を感じましたね。ソニーは井深さんと盛田さんという2人の天才が時代の先を行く事業を打ち出し、僕らの代でそれを完結してきました。中国の若手起業家は、ソニーがどうやってグローバル企業になったのか、モノづくり企業からどう脱したのか、その情報や方法を知りたい。既にグローバル展開している検索エンジン大手の百度(バイドゥ)やベンチャー企業もそう。僕の知見や経験が欲しいわけです。清華大学もアジアのMITを目指していますよ。
人材難に苦しむ中小企業へ出井伸之氏からのアドバイス
佐藤 日本企業がグローバル事業を行うには優秀な人材が必要ですよね。でも今の日本は少子化と売り手市場で、若者は大企業に採用されてしまい、私たちのような中小企業は良い人材をなかなか採れません。
出井 御社の場合は、経験豊かなスペシャリスト、例えば大企業に入って失望している人を探すといいでしょう。現在は終身雇用の時代でもありませんし。一方で、例えば学生も1年くらい留年して海外留学や自分探しをしてもいいと思うんです。無理に大企業に就職して、規則に縛られて官僚のように生きたり、いじめられて苦しむことはありません。
佐藤 パワハラで自殺に追い込まれる若者もいるわけですしね。
出井 そうですね。そもそも日本の教育は文系と理系を分けるのが早過ぎるんですよ。相対的に文系の学生が多いですが、大切なのは理系的な考え方そして発想力。文系と理系、両方の能力が求められます。その意味では、自分の道をじっくり決められる教育体制の整備も必要です。
出井伸之氏が意識する自身の今後の役割とは
佐藤 出井さんのようにグローバル事業を前提としたものではありませんが、弊社でも「金の卵発掘プロジェクト」という若手起業家を発掘・支援するプロジェクトを11年から毎年行っています。初代グランプリはライフイズテック(東京都港区、水野雄介代表)という中高生にプログラミングを教える会社で、サッカー日本代表の本田圭佑さんなどからの出資も受けています。上場を目指す面白い若者たちですよ。
出井 日本にもそういう若者が出てくるのは嬉しいですね。日本のベンチャー企業は元気がないので、僕は「アドベンチャー」にしようと言っています。ベンチャーキャピタルも「アドベンチャーキャピタル」にしようと。
佐藤 面白いですね(笑)。日本のベンチャー企業が元気のない理由はどこにあるのでしょうか?
出井 日本人は失敗してはいけないと思い過ぎているんです。誰でも1度や2度は失敗して当たり前。いかに失敗したか、耐性と復元力が大事で、次に生かせれば、個人の財産、経験値になるはずです。
佐藤 失敗のない人生なんて存在しませんよね。そうした彼らが背負う日本の将来について、出井さんはどう展望されていますか?
出井 僕は楽観視していますよ。大量生産・消費の時代からビッグデータやフィンテックの時代となり、日本社会は今まさにパラダイム転換を迎えています。激動する世界で、日本はアジアを主導する立場でなければなりませんが、既に基幹産業から変わる準備をしています。
佐藤 楽しみですね。そこに少子化の心配はありませんか?
出井 明治維新の頃は3千~4千万人しかいなかったのだから、1億人もいれば十分でしょう(笑)。あとは日本の誇れる魅力を世界にどう発信していくか。日本は江戸時代に鎖国を経験し、その間に世界に誇れる独自の文化を醸成しました。
また日本人の礼儀正しさ等の根幹にある「武士道の精神」は、新渡戸稲造の著作で世界数十カ国に翻訳されています。これらを世界に向けて発信しながら、日本の若い世代、そして後世にも伝えていく。それが80歳になった僕の役目。そうすれば、日本はもっと良くなるはずです。
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