経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

発展する組織づくりの出発点は高い志に基づく思想と哲学 北尾吉孝 SBIホールディングス

北尾氏

古代、中国思想家が論じた、国を繁栄させる組織とそれを率いるためのリーダーの在り方は今なお普遍的価値を持つ。その中国古典から多くのことを学んできたのがSBIホールディングスの北尾吉孝社長だ。SBIは来年25周年を迎えるが、創業時に経営理念を制定したのも、古典に倣ったためだ。それはいかなるものだったのか――。(雑誌『経済界』2023年5月号巻頭特集「守る組織、勝つ組織」より)

SBIホールディングス 北尾吉孝社長のプロフィール

北尾吉孝 SBIホールディングス社長
きたお・よしたか 1951年兵庫県生まれ。74年慶應義塾大学経済学部を卒業し、野村證券入社。78年英国ケンブリッジ大学経済学部卒業。92年野村證券事業法人三部長。95年ソフトバンク入社、財務部門を管掌。99年SBIホールディングスの源流となるソフトバンク・インベストメントを設立、社長に就任した。

創業時に制定した5つの経営理念

SBI経営理念
SBI経営理念

―― 古今東西のリーダーたちは、いかに永続的に発展する組織をつくるか腐心してきました。北尾さんは中国古典にも明るいですし、これまでも数多く著書の中で、リーダーおよび組織について言及しています。その目から見て、強い組織とはどうやったら構築できるのでしょうか。

北尾 強くて発展し続ける組織をつくるのはリーダーの役割です。その出発点は、組織を動かす思想・哲学を築き、継承することです。政治の三要素とは、「政道」「政略」「政策」で、政道とは政治の哲学・思想に関わる最も根本的部分であり、政略は政道を踏まえ活用しながら具現化していくものです。そしてそれに基づいて事務方の官僚が主体となって実行していくのが政策です。

 これを経営に置き換えれば、政道が経営哲学、政略が経営戦略、政策が営業やマーケティング等ということになります。その中で何が一番大切かというと、当然ですが政道=経営哲学です。孫子の兵法では戦力の基本原則を「五事」と言いますが、その五事は「一に曰く道、二に曰く天、三に曰く地、四に曰く将、五に曰く法」と「道」を五事の筆頭に置いています。なぜなら、あるべき姿としての理念を君子が熟考し、きちんと提示できれば、上下の意識が統一され、誰もが大義の下に一致団結することができるからです。組織においては理念で人心を統一することが何より重要です。

 ピーター・ドラッカーが「企業の最大の課題は社会の正統性の確立、すなわち価値、使命、ビジョンの確立である。他の機能はすべてアウトソーシングできる」と語ったように、価値、使命、ビジョンを定めることが経営者には求められます。

―― 北尾さん自身がSBIの創業者です。今の話を踏まえれば、起業にあたりどのような組織を目指したのでしょうか。

北尾 SBIの源流は、1999年にソフトバンク(現ソフトバンクグループ)の持ち株会社化に伴い設立したソフトバンク・ファイナンスです。野村證券で金融業務に携わり、その後ソフトバンクでインターネットビジネスを知ったことで、金融とインターネットが極めて親和性が高いと分かり、日本の金融業界のシステムを根底から変える新しいサービスが提供できると確信しました。

 こうしてスタートしたSBIですが、事業を開始するにあたり私は経営理念を定めることにし、できあがったのが、5つの経営理念です(別掲)。

 「正しい倫理的価値観を持つ」とは、儲かるから事業を行うのではなく、それをすることが社会正義に照らして正しいかどうかで判断するということ。「金融イノベーターであれ」というのは金融業に変革をもたらすことで顧客の便益を高める金融商品やサービスを創造する。「新産業クリエーターを目指す」はインターネットやバイオテクノロジーなど新しい技術による新産業の創造・育成を行っていく。ですから私は今でもテクノロジーに強い関心を持っているし、投資も行っています。

 「セルフエボリューションの継続」とは、経営環境の変化に柔軟に適応し、自己進化していく企業であり続ける。そして「社会的責任を全うする」とは、ステークホルダーをはじめとする社会全体に対して責務を果たしていくということです。

 SBIグループは来年25周年を迎えます。55人から始まった会社が今では社員数1万8千人を数えるまでになりました。四半世紀の間、成長し続けることができたのもこの経営理念があったからこそだと思います。

経営理念に不可欠なリーダーの「志」

―― 今、パーパス経営がブームになっていて、多くの企業が取り入れています。こうした経営理念やパーパスを定める時に必要なことは何ですか。

北尾 トップの志です。志は「士の心」と書きます。士とは十と一の合字で、十は多数・大衆を意味し、一は意志のとりまとめ役です。つまり志は「公に仕える心」を意味しています。功成り名を遂げるということではなく、公のために自分ができることを、生涯を通じてやりぬき、後に続く人々への遺産とするということです。

 ですから志と野心は違います。志は利他的なもので、世のため人のため、共有され後世に引き継がれていくもの。これに対し野心は利己的でその人だけで終わるものです。ここを間違えてはいけません。

―― どうすれば志を持つことができますか。

北尾 人間力を鍛えることです。われわれは動植物の犠牲の上に生命を維持しています。そして人は他人や社会との干渉なしには存在し得ません。つまり人は他によって生かされている。それを自覚したうえで、その自覚がいかに公のために生きるべきかという使命感・志となって自らの生き方となり、理想を目指してそれに到達しようという意思が志となります。そのためには自らを律する強い意志が必要ですし、修養を続けなければなりません。

 私は今でも毎日勉強を続けています。最近、SBIグループでは地方創生に力を注いでいますが、やり始めるにあたり、二宮尊徳翁に関する書籍を集め、勉強しました。

―― 小学校の校庭にある、薪を背負って本を読む銅像が有名な二宮金次郎ですね。勤勉の代名詞のような人です。

北尾 二宮尊徳翁は小田原藩の人間ですが武士ではありませんでした。しかし藩の財政立て直しなどで実績を上げ、小田原藩以外からも要請され、600を超える村おこしや藩財政の再建を行っています。つまり地方創生の元祖です。

 この尊徳翁を勉強したことで新たな発見がありました。有名なのは新田の開発ですが、それだけでなく藩のお金の運用もやっています。藩のお金をその地域の困っている人に貸して、多少の利息を受け取る。これを互助の精神でやっています。言ってみればマイクロファイナンスの元祖で、ノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌスさんがグラミン銀行でやっていることを150年前にすでにやっていたんです。

 われわれは尊徳翁と同じようなことをやるわけではありません。でもその考え方は大いに参考になる。だからまずは地方の金融機関に、SBIグループのスキルや商品を持っていく。そのようにお手伝いする地域を増やしていくとともに、次に地方創生の事業もやっていく。今、島根銀行と共同でホテル建設を進めています。観光事業により地域を活性化させ、地元の食材を使った料理を提供する。こういうことを次々とやっていこうと考えています。

 ですから、古い時代のことは今に通用しないなどということはありません。中国古典もそうですが、温故知新で、学ぶことはたくさんあります。最近は若い人で起業を志す人が増えていますが、そういう人にもぜひ古典を読んで勉強していただきたい。ただし、読んでそれで終わっては駄目で、行動に移す。まさに「知は行の始めなり」です。

進化を続けるには自己否定と自己変革

―― 強い組織をつくるには、リーダーが自らの人間力を高め、志を持って理念・哲学をつくることが重要なことは分かりましたが、不祥事を起こした多くの企業でも、経営理念があり、そこには立派なことが書かれています。つまり理念を制定することと、それを組織に浸透させることは別次元の問題です。SBIではどうしていますか。

北尾 経営理念を伝播して伝承していくには、その思想を常に語り続ける必要があります。私の場合、ブログに自分の考えを綴るほか、今までに60冊近くの著書を出しています。これを社員は読んでいます。さらにはSBI大学院大学を設立し、希望者には会社が補助金を出して勉強してもらっています。そこで人間力を磨き、さらに専門的な知識も磨いていく。そのような仕組みをつくっています。

―― 北尾さんは今年で72歳です。一般的には、そろそろリタイアしてもおかしくありません。もし北尾さんが第一線から離れた場合、理念はどうやって継承されますか。

北尾 体力・気力・知力が限界だと思ったら退きます。ただし、今のところ健康面には不安がなく、退く状況にはなっていません。それと、創業者とそれ以外はまるで違います。私はSBIグループを一から立ち上げて来ましたから、誰よりもグループについては詳しい。それに手前味噌ながら、私以上に金融業に対する知見や経験を持っている人は、業界を見渡しても滅多にいません。ですから、やれるところまでやるということではないでしょうか。

―― 成功した創業者でも事業承継には苦労しています。北尾さんと労苦を共にした孫正義さんも、一度決めた後継者と袂を分かっています。とはいえ、企業は新陳代謝を図り、成長を続けていかなくてはなりません。

北尾 そこで重要になってくるのが経営理念です。当社の5つの経営理念の4番目は「セルフエボリューションの継続」です。私が常に言い続けているのは自己否定して自己変革、自己進化を続ける。これを社員全員に求めています。

 『淮南子』に「年五十にして四十九年の非を知る」、『荘子』に「行年六十にして六十化す」という一文があります。老年になっても過去の非を改めて新しい自分に変え続けた遽伯玉の故事に倣った言葉です。

 当社はインターネットの爆発的な破壊力を使って金融事業を変えてきました。でもそこで終わりではありません。デジタライゼーションが大進化し、ブロックチェーンのようにSBIを立ち上げた時にはない技術も出てきています。このブロックチェーンやAIを、いかに事業に取り込んでいくか。今後メタバースが広がっていけば、現実空間と仮想空間が融合することも考えられる。その中でどう変革し進化して次の時代に対応していくのか。それを常に考える必要があります。経営理念の「新産業クリエーターを目指す」とはまさにそのことで、フィンテックに対しても、どこよりも早く、真剣に取り組んできました。

 技術は常に進化しています。ですから企業は常にこれを取り入れていく必要があります。ただし大企業から新しい技術が生まれることはそれほどありません。新しい技術の多くはベンチャー企業が開発しています。その技術を積極的に取り入れていく。そのために、われわれは数多くのフィンテック企業に投資してきました。投資して技術を取り入れ、それをグループ会社の中で実際に使い、改善していく。その繰り返しです。そうしたことをやっていかないと過去の大企業で終わってしまいます。

 これは学問についても同じです。かつて世界で最も学問や科学技術が進んでいた中国も、その後衰退し、再び興隆するまでには長い時間が必要でした。

 なぜそうなったかというと、陰陽五行説にあまりにこだわりすぎたからではないかと思います。陰陽五行説は非常に精緻なもので、中国の思想や制度に大きな役割を果たしました。その根本は、万物は木・火・土・金・水の五要素の、陰陽二気の組み合わせで構成されるというものです。五つの星に対して地に五つの元素があるという考え方です。

 でもその後、新しい星がどんどん見つかり、新しい元素も発見されていく。陰陽五行説の大前提が崩れていったわけです。それでも中国は、そこから離れられなかった。それが発展の邪魔をした。もちろん中国古典から学ぶことは今でもたくさんあります。でもそれに縛られすぎていてはいけません。どんな分野でもセルフエボリューションは必要です。

経営理念に基づいた新リーダーの新しい経営

―― 自己否定ほど難しいことはありません。過去の成功体験に縛られて没落していったケースは山ほどあります。どうやって組織や社員に刷り込んでいけばいいのでしょうか。

北尾 それはやはり、トップのリーダーシップがどれだけ強いかということだと思います。SBIグループの場合なら、創業者の私が常にリーダーシップを発揮しながら、一声かければ会社全体が動く組織体になっています。

―― ということは、結局、北尾さんに帰結します。繰り返しになりますが「北尾後」はどうしますか。

北尾 次のリーダーに私と同じことを求めても不可能です。創業者型経営者なら誰でもそう考えていると思います。ではどうするかと言えば、分割して統治する。証券なら証券、銀行なら銀行、あるいはバイオならバイオ、それぞれのリーダーが組織を率いて、それぞれが進化していく。ただしベクトルが同じ方向に向いていなくてはなりません。それを規定するのが経営理念です。そこさえ押さえてもらえればそれでかまいません。

 そういう骨組みを、これまで一生懸命つくってきました。そのことで創業者としての責任は果たしたつもりです。私がいなくなってからも、その骨組みにしたがって、新しいリーダーたちが新しい時代をつくっていけばいいと考えています。