経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

ハワイで開業した日本人医師が語る病院経営―小林恵一(聖ルカクリニック院長)

成熟社会を迎え、子どもの教育、就職、働き方など、さまざまな面において、これまでのやり方が機能しなくなってきた日本。難病を抱えながら息子とともにハワイに移住し、事業家として成功を収めたイゲット千恵子氏が、これからの日本人に必要な、世界で生き抜く知恵と人生を豊かに送る方法について、ハワイのキーパーソンと語りつくす。

小林恵一氏プロフィール

小林恵一氏

1957年生まれ。東京大学文学部西洋史学科卒業後、神戸大学医学部入学。米海軍横須賀病院でインターン終了後、米国の医師免許を取得。日本の病院経営に携わったのちハワイに移住。97年ホノルルに聖ルカクリニックを開業。一般内科、外科、産婦人科、内視鏡外科、家庭医学科、整形外科などを手掛ける日英両言語対応の総合クリニックとして高い評価を得る。2018年クプナ賞(患者ケア優秀賞)を受賞。

小林恵一氏が医師を目指したきっかけ

イゲット 小林先生はどのような環境で育ったのでしょうか?

小林 私、日本に居ながら英語の生活だったんです。アメリカ人の宣教師の家に住んでいて、私と大体同じ歳の子供が8人くらい居る環境で育ちました。

イゲット そして東大文学部に4年間、神戸大学医学部に6年間通ったということですが、計10年間勉強されたということですよね。医師になりたいと思ったきっかけは何だったのでしょうか。

小林 最初は歴史を勉強していたんです。歴史は面白いし今でも興味はあります。でも個人の教養にはなるけど、人様のお役には立てないと思っていました。

そうこうしているうちに、九州大学の医学部を出た知人がドイツで医師をやっていて、ドイツへ行く機会がありました。それで、「海外に住むんだったら、やっぱり医師が良いよ」と言われて。それで医学部に入り直そうかなと思ったんです。

イゲット すると、元々海外願望が強かったんでしょうか。

小林 アメリカに行くことは決まっていたんです。親もハワイにおりましたし、20歳の時にアメリカ行きを決めて永住権を取りました。

小林恵一氏がハワイでクリニックを開業するまで

医学部卒業後、アメリカで医師免許を取得

イゲット アメリカで医師になるための手続きは、どのようなものだったのですか?

小林 アメリカの国家試験・面接試験を受けて研修に入り、所定の年数を取ったら医師免許がもらえます。

イゲット 研修は何年ですか?

小林 内科は3年です。私はその前に、アメリカ海軍で1年間研修しました。医師は卒業したら医局に入ることになるのですが、私は横須賀のアメリカ海軍病院で研修することになったんです。

イゲット 内科の医師としてですか?

小林 海軍では内科、外科、小児科、産婦人科、それぞれ勉強しました。日本でいうスーパーローテートみたいな。広く勉強して、その後内科を専攻したので、自分にとっては良かったと思っています。

驚きの日々だった米軍横須賀基地の研修

小林 海軍で最初の晩は救急室勤務でした。大男たちが手術着を着た小柄な金髪の女性を取り囲んでいて、タップダンスを踊っていたんですよ。

で、終わったらその女性がツカツカと私の所に来て、「自分はドクターコレットだ」と。「小児科医で、あなたと一緒に今晩当直をする、自分は指導員だ」と。「何をやってたんですか?」と聞いたら、男たちを顎で指して「新しいタップシューズを買ったから、こいつらに見せてあげていたんだ」ってね。

すごく混乱しましたよ。女性がトップで男性が部下で、気さくにタップダンスを踊るという。これが私のアメリカでの医学の第一歩でした。

イゲット (笑)。戦争に行く事はあるんですか?

小林 横須賀は最前線じゃないのでむしろ平和でした。航空母艦が帰ってくると、その晩が凄かったです。筋骨隆々な大男の憲兵隊が5、6人いて。夜の8時ごろ横須賀の基地の中で、道路で寝転がって、車に轢かれそうな人が居たり、道路で寝ていて寝返りをして、ドブに落ちて溺れそうになったり、奇声を上げながら日本の民家の自動販売機を蹴り上げていたので保護したり。

イゲット 船の中のストレスを、陸に上がった時に発散する人が多いんですかね。

小林 多いですね。夜10時頃になると、患者が大男たち5、6人で抑えられながら連れて来られたりするんです。「I hate you! I hate you! 」とか言ってね。だから手足を縛るんです。でも近寄って診察しようとしたら、「ペッペッ」て唾をかけてきて。

イゲット (笑)。

小林 海軍に日ごろからイエス様の愛を解いていた軍人さんがいたんですが、その軍人さんが唾をかけられて、カーッときて、唾をかけてきた海軍兵士をパーンって殴っちゃったことがありました。唾をかけた海軍兵士は「はっ、殴った!」って涙ぐみ始めるし、殴ったほうも「あー!やってしまった、イエス様許してください」ってお祈りが始まったりして、もう海軍は訳が分からないことばかりでしたね。

イゲット 海軍研修後はどのような感じだったのですか?

小林 厚生労働省の外郭の日米医学医療交流財団というところから特別奨学金を貰って、そこから派遣されて、南カリフォルニア大学、ロサンゼルスのプライベートホスピタルで2年間研修しました。その後1年間、ハワイで研修しました。研修が終わった後、日本の大きな病院の副医院長として迎えられ、経営の仕事もやらせていただき、その後ハワイで開業しました。

小林恵一氏2

米軍横須賀基地の海軍病院を経てハワイで開業した小林氏

聖ルカクリニックのユニークな病院経営手法とは

医師に管理成績がつけられる米国のシステム

イゲット 最初からアラモアナビルディングで開業されたのでしょうか。

小林 そうです。開業してから22年経ちましたね。

イゲット アメリカは医療がきちんと経営として成り立っている雰囲気が凄くて、マーケティングなども日本の病院とはかなり違うと思っていますが、困ったことや日本との違いを感じたことはありましたか?

小林 そういうトレーニングを受けてきたこともあるので、あまり違和感はないんですよ。

イゲット 最初から総合的なクリニックとして開業されたんですか?

小林 最初は私一人だけで内科をやりました。経営と言っても、自分では鳴かず飛ばずでやってきたつもりですけどね(笑)。

イゲット そんなことないです。22年もやるっていうのは凄く大変なことだと思います。聖ルカクリニックの経営で重視したことはありますか?

小林 自分ともう1人の医師が患者を診察すると、患者を半分に分けるということで、取り分が半分になるという考え方があります。

そこで私が考えたのは、請求して上がった利益の50%を医師に渡し、50%は事務の維持費に使うという形です。そうすると、たくさん医師が居るほど、事務の費用が安定して良い訳ですよね。

イゲット なるほど。例えばマッサージセラピストと同じで、患者さんの数に応じてお給料が変わってくるという感じでしょうか?

小林 そうです。それなら自分でやるよりもはるかに家賃と人件費のオーバーヘッド率が良いですし、たくさんの人が集まってきたんです。医師が沢山いるから、沢山の患者さんが来る、患者さんが来るから配分もできるという良い循環になりました。

イゲット 先生方はいま何人くらいいらっしゃるんですか?

小林 10人くらいですね。

イゲット チームというか、エージェントみたいな感じですよね。大家さんが一部屋ずつ貸しているような。

小林 貸しているというか、医者1人を1つの機関として尊重しながらやるという考え方ですね。他のビジネスに応用できるかどうかは分かりませんが。

アメリカでは内科医に管理成績がつけられるんですよ。ハワイで雇用先から支給される健康保険を扱う会社の1つHMSAによる私の管理成績が、ハワイ州で2番目でした。

この成績によって国から補助金が保険会社に支払われる仕組みです。医者が良い成績を取れば、自分たちにお金が入るので、保険会社は良い成績を取らせようとするんです。ここに加入している先生たちの順位を上げるようにマネージメントしています。

イゲット 面白い仕組みですね。

自らソフトを開発し情報を管理

小林 私たちは情報をPCでプログラミングしているんです。つい最近私たちが作ったソフトで、例えば現在の時間を入れると誰が何時に来て、何時に出たというのがグラフで解るようになっています。

イゲット アメリカの医師って、週3日ドクター、週3日弁護士をこなしている人も居ますよね。

小林 経営のために必要な技術だと思っているので、レベルが高いプログラミングが出来る次世代の人を育てているんです。大学でコンピューターを専攻したいという人たちが、医学ではなくプログラミングの勉強のためにここに来ています。

イゲット 先生のところにインターンが来るんですか?

小林 来ます。医学部生もね。12カ月のうち6カ月間は、医学部生のローテーションがあります。

イゲット ではここで、患者さんを診る研修もあるし、プログラムのお話もされるということですね。

小林 以前は医学部生にプログラミングを教えていたこともありますが、時間が掛るので、今は医学は医学、コンピューターはコンピューターで分けていますね。

それから日本の電子カルテメーカーと協力して、開発をしています。なんで日本の電子カルテメーカーかと言うと、アメリカで要求される事について厚生労働省は当然勉強していて、導入するかどうかを検討している状態だからです。つまり明日の日本の方向性が、ここで解るんです。

私はアメリカの医療改革が、日本で導入されるんじゃないかと心配していますけどね。

イゲット 心配?

小林 だって成績を付けられるんですよ。ようやく勉強が終わって試験も無くなったと思ったら、今月のあなたの成績ですよ!って。

イゲット (笑)。

小林 でもアメリカでは、これで医療費が大幅に節約になっていて、黒字化しているんです。

小林恵一3

小林医師は「アメリカの医療制度改革が日本にも導入されるかもしれない」と語る

日本と大きく異なる米国の医療保険制度と医師の立ち位置

重病人指数を意識する米国の医師

イゲット 医療保険制度についてお話いただけますか?

小林 メディケア(高齢者のための医療制度)ってあるでしょ。

イゲット 連邦がやっいてるものですよね。

小林 3つの州にお金を分ける場合、「じゃあ均等に人口で割って配分したらどうですか?」ってなるじゃないですか。そしたら州のほうから「ちょっと待て、われわれの州は重病人が沢山いるから、もっと金が掛かるだろう」という主張をしてきます。

それで「じゃあ重病人がどれだけ居るか指数を計算しろ」って言う話になる訳です。それで、診断にスコアを付けようという話になる。

このスコアは公表されていません。スコアを基に医師が高い診断を付けると、保険会社に国から補助金が沢山出ます。

イゲット 具体的にはどのような診断をすればスコアが高くなるのですか?

小林 例えば「昔大酒を飲んでいたけど今は改心して止めた。でも若いころは酒を飲んで随分暴れたんだ」と患者さんが言ったら、診断を付けますがこれは高いスコアになります(笑)。

医師は何をすれば得点が高くなるか、治療法、請求の仕方を知らないと駄目。どうやってその得点を高くするか、スコアの範囲内の知識を背景に診察しないといけないんです。

保険会社が医師の研修を行う意図

小林 保険会社が研修をやるんですよ。「医師の皆さん、正しい診断を付けましょう」って(笑)。

「正しい診断って、その奥歯にものが挟まったような言い方は何ですか?」と保険会社に言ったら、「要するに高くスコア付けてくれって、あなたに頼んでるんですよ!」って。

イゲット (笑)。

小林 保険会社の講師が一生懸命、講習をしても、皆つまらなくて居眠りする訳ですよ。それで、私は「ハイ!」って、手を挙げて「医師が正しいスコアを付けると、保険会社が儲かるのはよく解った。なんでそれが私たちに関係があるんだ」って言ったら、講師の先生が黙っちゃって。

保険会社の講師が「実は数年のうちに、高いスコアに応じて、医師に対する支払いを変えようと思う」って言った瞬間に、みんなバッて起きた(笑)。

イゲット 面白い!

 

小林恵一氏がハワイの病院経営を通じて思うこと

イゲット 今までハワイで病院を運営してきて、どのような思いがありますか?

小林 日本に居る時は、必ずこの国を出て行って、外国に行ってやる!と思っていました。でもこっちに来たら、そう思わなくなったんですよね。これで日本に帰ったら、夢が冷めてしまったと思うのかなって。

イゲット 分かります!私も歳を重ねてきて、日本には育てて貰ったところがあるので、将来的には自分が海外で経験したことを、日本の教育に活かせるような恩返しができたら良いなと思っているんです。

小林 特に医学関係で海外に出てきたいという、同じ思いを持っている人の手助けができたら良いなと考えています。

イゲット千恵子氏

(いげっと・ちえこ)(Beauti Therapy LLC社長)。大学卒業後、外資系企業勤務を経てネイルサロンを開業。14年前にハワイに移住し、5年前に起業。敏感肌専門のエステサロン、化粧品会社、美容スクール、通販サイト経営、セミナー、講演活動、教育移住コンサルタントなどをしながら世界を周り、バイリンガルの子供を国際ビジネスマンに育成中。2017年4月『経営者を育てハワイの親 労働者を育てる日本の親』(経済界)を上梓。

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