経済界が主催するベンチャー企業支援企画「金の卵発掘プロジェクト2018」でグランプリを受賞した草木茂雄・エムアールサポート社長。建設・土木というガテン系の領域でイノベーションを起こすための挑戦を追った。(吉田浩)
草木茂雄・エムアールサポート社長プロフィール
測量とアートが結び付く「測量美術」とは何か
「STEM」という言葉をご存じだろうか。Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の頭文字を取ったもので、科学技術開発の競争力向上のため、2000年代に入って米国で提唱された重要政策課題の1つだ。
STEM教育という言葉もあるように主に学校教育の場で用いられてきた言葉だが、企業の競争力向上や、イノベーションを生むのに必要な要素という観点から論じられることも多い。そして、最近よく使われるようになったのが、STEMに「アート(美術・芸術)」の要素を加えた「STEAM」という言葉だ。
冒頭からこんな話をしたのは、今回紹介するエムアールサポートを取材した際に思い浮かんだのが、この「STEAM」という言葉だったからだ。
こう書くと、最先端テクノロジーを駆使し、芸術性溢れる表現でコンシューマー向けサービスを展開するIT企業などを想像するかもしれない。だが、同社が注力する分野とは、「道路修繕現場の測量」だ。
社長の草木茂雄氏は、自社の取り組みを「測量美術」というフレーズで表現する。測量と美術がどう結びつくのか、なかなか想像がつかない。ホームページを見ると「最新の3次元測量技術を駆使した新しいビジュアル表現の提案」と書いてある。一体何のことだろうか。
テクノロジーやアートとは一見関係なさそうな地方の測量会社が今、大きな注目を集めている。草木氏とエムアールサポートの歩みを追っていく。
草木氏の現場監督時代と独立の経緯
アナログ作業で進む土木工事
草木氏は現在44歳。建設関連企業2社でサラリーマンを経験した後、独立に至った。浅黒く焼けた肌、大きく通る京都弁の濁声、失礼ながら、その印象から「アート」というワードは想像しにくい。見るからにたたき上げの「関西のオッちゃん」という風貌である。
地元京都の建設会社で社会人となった20歳の時から、一貫して土木工事の現場監督としてキャリアを積んできた。
現場監督の仕事は、簡単に言えば完成図面通りにものができているかどうかをチェックすること。自らツルハシを振るわけではないが、現場に張り付いて工程管理や工事の原価管理、安全管理などを行い、作業を滞りなく進めるために指示を出す役割だ。
土木作業の現場は基本的にアナログで、人力に頼る部分が多い。当時は例えば、作業現場の面積を割り出す際にも、巻き尺で道路の長さを測って、手書きで1つ1つ用紙に記入していくようなやり方が当たり前に行われていた。
図面もすべて手描きだ。最近ではさすがに機械化や省力化が進んでいるが、依然として多くの人手がかけられているのが、土木工事の現場だった。
草木氏にとって、当初は現場監督の仕事が苦痛だった。表計算ソフトがまだ普及しておらず、ワープロ入力で設計値や完成品の実測値が何ミリといった情報をひたすら書き込んでいく業務。注釈のために入れる画も、わざわざ図面から切り貼りするような世界だった。
もともと新しもの好きだったという草木氏は、現場監督なって間もなく、作業を効率化する方向性を探った。そこで取り入れたのが、当時少しずつ導入が始まっていたCADと、一般にも普及し始めたPCだった。
「面積を出すにしても、測量機器で座標軸を記録して持ち帰り、CADで線をつないで抽出するやり方を始めたんです。当時は相変わらず手描き図面がメインでしたが、それをCADで表現し始めたのは業界の中でも早かった方だと思います。でも、PCやCADを使えるのは社内でも少数しかいなかったため、先輩社員から仕事をどんどん頼まれるようになってしまいました」
と、草木氏は苦笑しながら振り返る。
効率化によって仕事が楽になるかと思いきや、負担は増えるばかり。かたや、サラリーマンである以上、いくら効率化に貢献しても給料は変わらない。
「これからデジタル化が進んだら、自分が会社でやっていたことが商売になるんじゃないか」
そう考えた草木氏は会社を辞めて独り立ちした。現場監督を始めてちょうど10年経った30歳の頃だった。
現場監督時代に見えた測量の問題点
10年間の現場監督生活の中で、草木氏は測量作業における多くの問題点に気付いていた。
まず、測り直しが頻繁に起きるということ。予定していた作業が一度で終わらず、測り直しに何度も赴くこともあれば、追加で測量ポイントが増えるようなことも日常茶飯事だった。時間に余裕がなければ、休日や夜中でもお構いなしに、現場と自宅を往復するケースもあった。
測量はマンパワーに大きく依存するため、現地に行った人間にしか分からない情報が多いというのも効率化を妨げる要因だった。断片的な情報しかないため、仕事の引き継ぎが必要な際などに苦労することが多かったという。
また、常に車や人が行き交う道路工事の現場には危険がつきもの。道路の真ん中に立って交通誘導する警備員を見て、危ないと感じたことがある読者も多いのではないだろうか。作業に集中するあまり周囲が見えなくなったり、車が途切れるのを待てずに道路を渡ってしまったりといった原因で、毎年のように作業員の死傷事故が起きているという。
「自分自身は事故に直接遭遇したことはないですが、『今車に引かれたから救急車を呼んでる!』と電話が掛かってきたことはありました。怪我は日常茶飯事で、今でもよくあります」
これらの問題を一気に解決できるのが、現在エムアールサポートが展開している「測量美術」なのである。
測量美術を完成させるまでの草木氏の取り組み
5年間休みなしで軍資金を貯める
測量作業の効率改善を事業化しようと独立した草木氏だったが、何しろ会社を辞めた当時の資金はゼロ。測量機器すら持っていなかったため、まずは派遣の現場監督として生計を立てることにした。
仕事は順調で、幸いにして食うに困ることはなかった。とはいえ、土木作業現場における作業の非効率性は相変わらずで、平日は現場監督で手一杯。土日の夜などに測量の仕事も少しずつ始め、独立から5年間は全く休む日がないほど多忙を極めた。
「最初に持っていたのはPCとCADだけ。当時の仕事の仕方はアナログで、現場の写真を床に並べて整理していると座る場所もなかったので、立って食事したりしていましたね。何年か経って、やっと角度と距離が測れる中古の機器を購入して、徐々に機材を増やしていった感じです」
と、草木氏は振り返る。
仕事は忙しかったが、サラリーマン時代よりやりがいを感じていたという草木氏。ただ、そのまま現場監督で終わるつもりはなかった。目標はあくまで、測量の仕事で1本立ちすることだ。
「自分は測量士の資格を持っていなかったので、人を雇う方向で考えていました。人と機材を揃える軍資金を、5年掛かって稼いでいきました」
そうこうしているうちに、草木氏と一緒に独立した現専務の岩田俊氏が、道路舗装事業大手の東亜道路工業の仕事を任されるようになる。やがて、同社を通じて現場監督だけでなく、道路調査の仕事が舞い込んでくるようになった。
高額で購入した3Dスキャナの誤算
道路調査の仕事を手掛けるようになった草木氏は、国の補助金制度を活用するなどして、1500万円もする3Dスキャナを購入した。
3Dスキャナを購入したのは、従来の土木建築とはまったく異なる発想があったからだ。それは、複数の業者が作業の種類ごとに分担している道路調査の一元化だ。
提案したのは、その頃ちょうど中途入社してきた森誉光氏。土木業界の経験は全くなく、個人でDTPデザインの仕事を手掛けていたという若者だ。
森氏は、道路から取ってきた測量情報のビジュアルコミュニケーション性が低すぎるという点を指摘。土木の世界では、測量のスピードを重視するため、ひび割れや道路の区画線などを判別するための色情報のクオリティがないがしろにされる傾向にあった。しかし、色情報を自分たちで補填できれば、発注側も別々の業者に依頼する必要がなくなり、作業全体の効率がグンと上がる。
「それまでの業界の常識ではあり得ない提案でしたね。現場監督としては、確かに何社かに外注すれば、最終的に納品するためのデータをそろえられますが、一元化するという発想はありませんでした」
草木氏は、森氏の意見を取り入れることにした。
そこで目を付けたのが、当時最新の3Dスキャナ。3Dスキャナさえあれば、道路の凹凸情報と色情報を正確に取ることができ、道路調査を一元化できると考えたからだ。補助金を申請する際にも、その旨を強調して提案していた。
ところが、これが大きな誤算だった。確かに3Dスキャナで道路の凹凸情報は取れたが、往来する車の影が入り込むなどして色情報が上手く取れなかったのだ。
また、3Dスキャナがあれば、危険な道路に実際に立たなくても測量できると考えていたが、それも違った。機器自体は道路の端に置いておけばよかったが、補填の計測を行うために、結局は人間が道路の中に入っていかなければならなかったからだ。
生きた道路相手の測量の難しさを、草木氏はまざまざと思い知ることになる。
「3Dスキャナだけでは測量のすべてをカバーできない。道路の凹凸の情報を得て、綺麗にする計画だけは作れますが、たとえば面積を測ったり、マンホールの位置を判別したりするのに必要な視覚的情報が得られなかったんです。だから3Dスキャナプラス、別の方法をミックスさせるしかありませんでした」
大枚をはたいて購入した機器がまさかの期待外れ。楽天的な性格の草木氏にも、さすがに焦りが生じた。
小型ドローンによる撮影で壁を突破
ここで話が終われば、「測量美術」のコンセプトは生まれていない。草木氏と森氏が考えた末に思い付いたのは、ドローンによる上空からの道路の画像撮影だった。
前述の通り、3Dスキャナはミリ単位の精度で凹凸が取れるものの、色情報は正確に取れない。一方、ドローンは上空から撮影するので高い精度の凹凸情報は取得できないものの、色情報は鮮明に取れた。そこで、お互いの長所をミックスさせることを思いついたのだ。
ただ問題は、マニュアル通りに30~40メーター上空から撮影すると、道路の境界線やひび割れまで判別できるレベルの画像が撮れないことだった。そこで、手のひらに載るサイズの小型の練習機で5メーター上空から撮影したところ、驚くほどクリアな画像を撮ることに成功した。
小型ドローンで低空から撮影するメリットは他にもあった。森氏は言う。
「大型機を地上10メーター以内で飛ばすと騒音がひどいし、人や車の上を飛ばすのは不可能です。小型機なら手のひらで発着できるし、手動で動かすので木や電線があっても避けながら飛ばせます。低い高度で飛ばす場合は、監視者を付けてドローンにプロペラガードを付ければ規制もクリアできます」
生きた道路を相手にする武器が、整いつつあった。
土木工事現場の常識を変える測量美術
測量対象の状態を正確に認識する工夫
3Dスキャナと小型ドローンの低空飛行による撮影で、交通量が多い道路でも正確な測量を可能にしたのは、草木氏の現場感覚と、アートのセンスに優れた森氏のコンビによる快挙だった。
独自の工夫によってクリアした課題は他にもある。
例えば、ドローンを飛ばす際、地上の基準点を空中写真に表示させるために設置する対空標識が必要となるが、ドローンによる撮影は人通りのない山中などで行われることが多いため、据え置き式の対空標識が使われてきた。
だが、道路に対空標識を置くと通行人がぶつかるなどして、位置がずれてしまう恐れがあった。当然ながら、対空標識の位置が1ミリズレると、計測の精度も1ミリ落ちてしまう。
この問題を解決するため、森氏の発案で、シール式の対空標識を作成し、道路に貼りつけるようにした。シール式であれば標識の位置が簡単にずれないだけでなく、より近い間隔で車道や歩道の端に多数貼ることができるため、より精密な計測が可能になった。
「人がいない場所であれば、対空標識は重い据え置き式で良かったのですが、道路には同じような模様がたくさんあるので、後から画像を見たときに何が写っているのか判別できないことがあります。対空標識をシール式にしたことと、撒き方を工夫したことで、従来は80%のラップ率(写真の重なり具合)だったものを、90%にあげることができました」と、草木氏は言う。
道路修繕のための測量は、位置や状態を把握しなければならない対象物がどれだけあるのかを、いかに正確に認識できるかが肝になる。そのためのさまざまな工夫は、交通量の激しい「生きた道路」をフィールドにしてきた草木氏だからこそ、発想できたと言えるだろう。
粘り強く生み出した画像処理の独自ノウハウ
一般的な計測方法で得られた画像と測量美術で得られた画像を比べると、違いは一目瞭然だ。前者が完全にぼやけているのに対し、後者はひび割れやマンホールの模様まではっきりと識別できる。
実際の測量作業では、対空標識に合わせて人や車がいる状態といない状態を含めて、1千枚以上の写真を撮影することになるという。これらをつなぎ合わせて、たとえ交通量が激しい道路でも、障害物が何も映っておらず、ひび割れやマンホールの位置などがしっかりと認識できる画像を生成していく。
大量の画像処理を担当するのは事務スタッフの仕事だ。若いスタッフたちがPCと向き合いながら画像処理を行うオフィスの光景は、測量会社というよりDTP制作会社のようにも見える。
画像処理には複数のソフトを介在させ、独自のノウハウによって作業を行う。特性が異なる1つ1つのソフトの使える部分だけをまとめて、森氏がマニュアル化したもので、一朝一夕には真似できないやり方だ。森氏はこんなふうに説明する。
「例えば、『平坦性』を出すのが必要と分かったら、まず平坦性とは何か、というところから調べ始めて、たくさんの論文も読んで、関連する数式をエクセルで抽出したり、道路研究に使われている解析ソフトを探し出して関連する論文を読んだりしました。どのソフトを使って、どのように割り出したかといった部分はブラックボックスになっていることも多いのですが、論文からヒントを見つけ出してソフトを仕入れ、そのソフトに入力できるデータ形式や出力方法なども探り出しました。平坦性という1つのキーワードに対してだけでも、そうした作業に半年ぐらいかかりましたね」
エンジニア出身ではない森氏が、どうしてそんな気の遠くなるような作業を成功させることができたのか。聞けば、以前は独学でプログラミングをかじり、ゲームなどを作っていたのだという。映像表現の趣味が、「まさか測量に役立つとは思わなかった」と話す。
測量会社でありながらソフトを使いこなすノウハウがこそが、エムアールサポートの大きな強みとなっている。
測量美術の可能性とエムアールサポートの今後の展開
交通量が多い道路で真価を発揮する測量美術
これまで述べてきたように、測量技術とビジュアル性の高さを融合させた「測量美術」は、旧態依然とした土木・建設現場の仕事を大きく変える可能性がある。
測量美術の優位性は、品質の向上とコスト、時間の削減を両立できる点にある。3Dスキャナと小型ドローンのコンビネーションによる撮影と、さらに必要な機材やそのための補助動作を減らすためのさまざまな工夫によって、測量の質を落とすことなく、作業全体にかかる時間を約1/3にまで短縮できる。
当然ながら、作業にかかる人的コストも低く抑えることが可能だ。測量作業を行う場合、通常であれば最低2人は現場に張り付かなければならない。加えて、交通整理をするガードマンや作業管理者なども含めると、最低でも5人程度の人数は必要になる。
だが、そこに測量美術を導入すれば、仮にドローンを8時間飛ばしたとしても現場には2人もいれば十分で、ガードマンも不要になる。そのため、現場で思わぬ事故に巻き込まれる確率はグッと減らすことができる。
また、ドローンの発着は作業者の掌で行われるため、道路使用許可を取る必要もない。現場で画像処理を行うバックヤードの人件費は多少増えるが、全体で見ると大幅なコストダウンにつながる。
さらに何といっても魅力的なのは、かつて草木氏を悩ませた問題― どの現場でも必ず起こる、測り直しのために何度も現場に足を運ばなくてはならない、というわずらわしさが解消されることだ。
舗装修繕の測量は、全貌が見えないまま進む「探査」に近い。探査も後半に差し掛かり、その全貌が明らかになってようやく初めて要求される情報もある。
それは測り忘れでは無く、「必要であることすら、探査するまでわからなかった情報」である。
これらの特徴があるため、特に交通量の多い道路の測量作業で、測量美術は大いに真価を発揮することになるのだ。
「通行人が全く写っていない渋谷のスクランブル交差点の道路情報が撮れる」と、草木氏は自信を見せる。
業界標準を目指し次の一手を探る
2019年1月の時点で、エムアールサポートでは交通量の多い4カ所の現場で、測量美術の手法を既に実施した。導入したばかりとあって、当初は画像撮影とオフィスでの画像統合作業の連携がスムーズに行かないといった問題も出たが、人の割り振りを最適化することで、現在はそうした課題もクリア。ほかに課題らしい課題は、ほとんど出ることがなかったという。
測量美術という強力な武器を手にして、草木氏およびエムアールサポートという会社はどこに向かおうとしているのか。
現在のところ、低空でドローン撮影を行って3D化する部分や3Dデータから轍や平坦性を抽出する技術などに関しては特許で抑えたという。自社で技術を囲い込むことも可能だが、ライセンス収入を上げつつ、ノウハウを開放して道路補修技術の標準化を目指すという選択肢もありだ。この点について、草木氏はこう語る。
「測量のノウハウを業界にどんどん広めるという方向性もありますが、まずは大手建設会社などに画像解析のノウハウを提供して、自社では道路データを取ってくることにフォーカスしていきたいと考えています。舗装・修繕のニーズは道路が存在する限りなくなりませんから」
当面はさらに実績を積み重ね、次の一手を探る方針だ。
道路インフラ問題の解決に向けて必要となる技術
「金の卵発掘プロジェクト」では、草木氏の現場感覚に基づいた問題意識の設定と、それらをテクノロジーによって解決する手法が高く評価された。だが、最も審査員の心を掴んだのは、「道路が大好き」と自負する草木社長の真っすぐな気持ちと、業界を少しでも良くしようという情熱だ。
「われわれのやり方を導入すれば体力がほとんど必要ないので、高齢で建設業界から離職した人も雇用対象にできますし、若者も興味を持ってくれるかもしれません」
土木・建設の世界も人手不足は深刻だ。2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて都内は工事ラッシュだが、それが終わっても、日本全国で老朽化した道路インフラの補修需要はなくならない。
草木氏とエムアールサポートの挑戦は、事業の拡大とともに日本が抱える社会問題を解決する可能性も秘めている。
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