「プロレスの聖地」と呼ばれるニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン。4月、この聖地を満員にしたのが、新日本プロレスで、日本のプロレスが世界に通用することを証明した瞬間だった。新日本プロレスを率いるハロルド・ジョージ・メイ社長はタカラトミーを再建したことで知られるプロ経営者。なぜ、新日本プロレスに転じたのか。そして新日本プロレスで何をしようと考えているのか。聞き手=関 慎夫 Photo=横溝 敦(『経済界』2019年11月号より転載)
ハロルド・ジョージ・メイ・新日本プロレスリング社長兼CEOプロフィール
ハロルド・ジョージ・メイ氏が新日本プロレス社長に就任した理由
小さなころから新日本プロレスが好きだった
―― メイ社長は、日本コカ・コーラの副社長を経て、タカラトミーの社長を一昨年の11月まで務めていたプロ経営者です。それが昨年5月、新日本プロレスリング社長に転じました。他のオファーもあったはずですが、なぜ新日本プロレスだったのですか。
メイ 小さい頃から新日本プロレスが好きでした。自分の好きなことを仕事にできるほど幸せなことはありません。これが個人的な理由です。
一方、ビジネスマンとして新日本プロレスを見ると、非常に可能性がある。日本初の、世界に輸出できるスポーツコンテンツだと思ったのです。ただ、それを引き出すためには、今までには必要のなかったスキルが必要になってきます。交渉力や法務力、組織の運営力、あるいは投資家へのプレゼンなどです。この部分で貢献できると考えたのも理由のひとつです。
加えて、私はこれまでオーラルケアや飲料など、メーカーばかりで働いてきました。でもこれからの経済はモノ消費の時代ではなくコト消費の時代です。世界はそうシフトしています。この点において、日本は先進国の中で出遅れています。その点、プロレスは究極のコト消費です。それも魅力でした。
―― 数多くあるスポーツの中で、プロレスが輸出に向いているとはどういうことですか。
メイ 日本では野球が非常に盛んですが、世界に目を転じれば、野球が盛んなのはせいぜい10カ国です。それに比べてプロレスは、レスリングにまで遡れば数千年の歴史がある。格闘技は本能に訴えかけるスポーツです。しかも言葉の壁を乗り越える。私は8歳で来日して、最初は日本語がわからなかったけれど、それでもプロレスの大ファンになりました。ルールは単純明快で、見た目のインパクトもある。老若男女を問わず、すべての人に通じます。
新日本プロレスは哲学が違う
―― アメリカにWWEという世界最大のプロレス団体があり、日本にもファンが大勢います。国際化を目指すとなれば、WWEともしのぎを削ることになります。
メイ 新日本プロレスには、他の団体にはけっして負けないユニークさがあります。それは哲学の違いです。われわれはプロレスはスポーツだと位置付けています。選手はアスリートですし、選手も厳しいトレーニングを積んでいます。これは観客にも伝わります。
加えて多様性がある。所属・スポット参戦含む70人の年間参戦選手のうち3分の1は外国人ですし、パワーファイターやテクニカルファイター、あるいはオールラウンダーなど、さまざまなタイプの選手が在籍しています。
それと、日本特有のものとして道場があります。新弟子はこの道場で研修を受けますが、体づくりや技を学ぶのは半分にすぎません。残りの半分は精神を磨き、鍛えることに費やします。これがあるから武士道というか、サムライスピリッツを身につけることができるのです。そういう部分は海外の観客にも響きます。
―― 今年4月にはニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン(MSG)で大会を開き、1万6千席のチケットが16分間で完売したそうですね。
メイ 昨年からロサンゼルスなどで興行を行っていましたが、やはりMSGはプロレスの殿堂ですし、キャパシティはこれまでと異なり、かなり大きい会場です。でもここで大会を開くことは新日本プロレスファンにとって昔からの夢でしたし、他会場でのチケットの売れ行きなどを見て、この勢いなら行けるのではないかと決断しました。
―― 満員になったMSGを見た時の感想はいかがでしたか。
メイ 本当にうれしかった。誇りに思います。観客は新日本プロレスをよく知っていて、日本と同じように「タナハシ」「オカダ」と声援が飛ぶなど、非常に歓迎されました。この風景を見て、私だけでなく選手もスタッフも、もっと頑張ろう、世界に新日本プロレスをもっと広めていこうという思いを一段と強くしました。同時に、ようやくここまで復活できたという満足感と、自信を得ることもできました。
新日本プロレスを立て直したハロルド・ジョージ・メイ氏の経営手腕
ドラマを見せることで決闘シーンは盛り上がる
―― 確かに少し前まで、新日本プロレスは経営不振に苦しんでいました。何が変わったのですか。
メイ 2012年にブシロードが親会社となるまでは厳しい時代が続きました。でも、そこをどん底として、ここ5年で観客動員数は3倍、売り上げは5倍に増えました。
何がそれまでと違うかというと、ひと言で言えば、現代ビジネスへ進化できたということです。リングの中のことは何も変えていません。選手にこう戦えというような口出しはできません。その代わり、お客さんが会場に足を運んでくれるように、周辺の環境を変えました。いわばインフラづくりです。
例えば、選手一人一人のブランド化です。それぞれの個性を知ってもらうために、選手にはツイッターなどSNSを通じて情報発信をしてもらう。その一方でわれわれは、動画配信サービスを開始する。動画配信はインターネットさえつながっていればどこでも見ることができます。しかもライブ配信だけでなく、過去の試合もみることができる。そうすると、1試合では点だったものが、線としてつながります。
つながると「A選手はあの試合でケガをして、それを乗り越えてこの試合に臨んでいる」といった具合にいろんなドラマが見えてくる。過去にどんな歴史があったのか、A選手とB選手の間にどのような遺恨があるのかという背景の情報を、われわれがきちんと伝えていく。それによってお客さんは今まで以上に感情移入ができるので、一層試合を見るのに熱が入ってくる。こうした啓蒙活動を行ってきました。
―― ドラマは今目の前で行われている試合だけではないということですね。
メイ 2時間の映画にたとえると、試合というのは最後の10分間の決闘シーンです。決闘シーンだけでも十分見応えがあって楽しい。だけど、その前の1時間50分のドラマ、決闘に至るまでの背景や2人の関係、歴史がわかれば、決闘シーンの面白さがはるかに増します。その1時間50分を用意するのがわれわれの仕事で、これまでもやってきましたし、今後さらに充実させていきます。
動画配信やIPできっかけをつくり興行で思い出作り
―― それによって、ますます観客も増えていきますね。
メイ 今、新日本プロレスは、国内では年間約150試合を行い、会場の満員率は95%に達しています。非常にありがたいことですが、これを2倍に増やすことは不可能です。これ以上、試合を増やすことはできませんから。
そこで、どうやって収益を伸ばしていくかというと、会場に来ることができなくても、似たような体験ができるようにする。先ほど話した動画配信もそのひとつです。それ以外にもテレビ放映権やIP(知的財産権)の販売などが考えられます。選手一人一人が出版したりゲームの世界に入っていったり、役者としての需要もあるはずです。
WWEでは、放映権などの収入が60%以上を占めています。それに対して新日本プロレスは10%強にすぎません。まだまだ全然足りませんが、それだけ伸びしろがあるということです。早い段階でこれを20%にまで持っていきたいと考えています。
とはいえ、やはり基本となるのは興行です。動画配信やIPは会場に来ていただくためのきっかけです。ですから私も会場にいる時にはファンサービスをします。最初はあいさつをしていただけですが、そのうち一緒に写真を撮ってほしいという人が増えてきた。
そこで去年のハロウィンの時には『ドラゴンボール』のピッコロ大魔王のコスプレをするなど、自分自身も楽しんでいます。一緒に撮影してくれた人には、新日本プロレスのサポーターである証のステッカーを渡していますが、多い時には1日に500~600枚ほど配ります。
これも、せっかく来ていただいたお客さんに、少しでも思い出をつくっていただきたいからです。それにお客さんと接することによって、要望をダイレクトに聞くことができます。これをフィードバックすることで、より良いファンサービスが可能になります。
ハロルド・ジョージ・メイ氏が経営者として心掛けてきたこと
―― ところで、メイ社長は数多くの企業を渡り歩いてきました。業種もバラバラです。その中で経営者として一貫して心掛けてきたことはありますか。
メイ 心掛けているのは、人の話をよく聞くことです。人間は目が2つ、耳が2つあって、口はひとつしかありません。つまり話す量より、聞く、見る量を2倍にしなければなりません。ですから社長室のドアは来客がある時などを除いて常に開けています。その時は、電話中でもないかぎり、社員でも選手でも、誰でもアポなしで入ってきてかまいません。そうやってコミュニケーションを取っています。
―― 開いていても、なかなか入ってこないでしょう。
メイ 最初はそうでした。でも話をしに入ってくる人は徐々に増えてきて、今では多くの人が来るようになりました。昼食の弁当を食べている時でも人は入ってきます。
―― 外国人経営者で、外資系企業での経験も豊富なので、トップダウン型の経営者だと思っていました。
メイ 社員の個性、ユニークさを大切にすることは重要です。ただし、だからといってボトムアップということではありません。話を十分聞いて、その上でトップダウンで決断していく。それが私の経営スタイルです。
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