日本最大のレシピサイト会社クックパッド。これまで「料理を作る人」にさまざまなレシピを提供することで、献立や調理手順の意思決定を支援してきた。今度は「キッチン機器」にレシピを提供することで、実際の調理工程でも利用者の支援を始めようとしている。キッチンはどう変わるのか。文=和田一樹(『経済界』2019年11月号より転載)
フードテックで大きな注目を集めたクックパッド
2019年8月8日、9日の2日間にわたり、東京ミッドタウン日比谷BASE Qで「スマートキッチン・サミット・ジャパン(以下、SKSJ)2019」が開催された。これは15年に米国でスタートした世界初のフードテックに特化したグローバルカンファレンス「スマートキッチンサミット」の日本版である。日本で主催するのは、ビジネスコンサルティング会社シグマクシスと、16年に米国2回目のSKSを開催した米NextMarket Insights社だ。
日本では17年に第1回が開催され、今年で3年連続の開催となった。昨年はフードテック企業やキッチンメーカー、料理家、研究者、投資家、デザイナーなど約300人が参加し、日本の食文化やテクノロジーを生かした新たな食品産業の実現に向けて交流を行った。
フードテックは、「フード+テクノロジー」を意味する言葉である。対象領域は幅広く、生産、加工、流通、外食産業、食品開発、次世代の調理法などさまざまな分野が含まれている。
昨今、世界的にフードテックが注目され、食と料理の分野において新しい技術やビジネスが次々に生まれている。特に、エンドウマメから植物性タンパク質を抽出して代替肉を作っている米ビヨンド・ミート社が19年5月2日、米ナスダック市場に上場した際、IPO株価は初日に2倍以上に高騰し、フードテックが大きく注目される契機となった。
シグマクシスの田中宏隆氏によれば、フードテックのカンファレンスは15年以降、世界中で盛り上がりをみせており、今や年間で50以上もあるという。そして数多くの企業が出展する中、SKSJ2019の会場で大きく注目を集めていたのが、日本最大の料理レシピサイト「クックパッド」を運営するクックパッドのブースだった。
同社は今年5月、スマートキッチンプラットフォームの「OiCy(オイシー)」を発表した。OiCyとは、クックパッドに投稿されたレシピを、キッチン家電が読み取り可能な形式・MRR(Machine Readable Recipe)に変換して家電に提供することで、レシピに適したキッチン家電の操作が実現できるというサービス。
調理機器をOiCyに対応させておけば、クックパッドのレシピ内容に合わせた調理やアレンジが自動でできるようになるのだ。
SKSJ2019のブースではOiCyのサービスを活用した和風オムライスの調理が行われていた。
クックパッドが構想する新しいキッチンの姿とは
スマホアプリと家電が連動
実演の流れはこうだ。まずスマホアプリからレシピを開き、レシピ情報をキッチン家電に転送する。レシピが転送されたオーブンレンジの画面には、和風オムライスの写真が表示される。
さらに、レシピを選ぶだけで必要な分量の調味料を自動で計量できる調味料サーバー「OiCy Taste」で、今回使用する分量の調味料が用意された。
他にもウオーターサーバーの「OiCy Water」ボタンを押すと、こちらも同様に今回の調理に必要な分量の水が出てきた。チキンライスの具材に調味料を加え、オーブンレンジに入れて調理スタート。
その間に、OiCyに対応するIHクッキングヒーターで卵を焼いていく。ご飯とオーブンレンジで調理された具材を混ぜたチキンライスを焼き上がった卵で包み、オムライスが完成した。
アプリには調理中の「気付いたこと」を入力するメモ機能があり、調理の感想を記録できる。また火加減や調味料の微調整など、調理中のアレンジも自動で記録される。
「調理工程の試行錯誤が自動で記録されます。そして今日の料理の出来栄えもメモに残す。そうやって繰り返すことでいつの間にか料理上手になっていくと思いませんか?」(ブース担当者)
スマホアプリとスマートキッチン家電を連携して調理し、そこで得た気付きを次の料理に生かすというのが、OiCyの描くスマートキッチンの未来だ。
カギを握る「気付きの力」
クックパッドがSKSJ2019で注目を集めたのは実演ブースだけではない。「家庭料理はスマートキッチンでどう進化するか?」という講演にクックパッドスマートキッチン事業部部長の金子晃久氏が登壇し会場を盛り上げた。金子氏は、人と機器との連携で豊かな料理体験を目指すスマートキッチンの実現に向けて取り組む中で、「気付きの力」が重要なカギを握ると話していた。
気付きの力は前述のウオーターサーバー「OiCy Water」実現にもつながっている。
金子氏は、軟水と硬水では、水の沸騰やあくの出方、昆布や煮干しのだしの具合まで大きく違うことに気付いた。その気付きが、硬水と軟水を混ぜ合わせて適度な硬度の水を作り出すウオーターサーバーのアイデアの基になったという。
「料理の作り手になるとさまざまなことに気付くようになります。最初はレシピのとおりに作りますが、やがて自分の好みの味に近づけたり、家族の好みに合わせたり、いろんなことを考えられるようになります。もっというと、目の前の食材がどうやって作られて運ばれてきたのかも考えるようになり、地球の未来のことも自分ごととして考えるようになるんです」(金子氏)
大量のレシピデータが新たな価値を生む
これまでクックパッドは、レシピを提供することで献立の意思決定を支援すると掲げてきた。だが、レシピサイトであるため、その先の物理的な料理にかかわることはなかった。それがレシピをデータで共有し、ハードウエアと組み合わせることによって、実際の調理にも進出しようとしている。
クックパッドはこうした取り組みを進めていくため、シャープやタイガー魔法瓶、日立アプライアンスなどとパートナー契約を結んでいる。SKSJ2019の会場にも、参考出展という形であったが、シャープの過熱水蒸気オーブンレンジ「ヘルシオ」がOiCyと連携する形で展示されていた。
OiCyのサイトにはこう記されている。「“Cook it yourself” 世界中の一人ひとりに自分の「おいしい」を自分でつくれる感動を」(サイトより引用)
クックパッドが目指すのは、誰もが簡単に自分のおいしさを実現できる世界だ。
「一般的に料理は楽をしようとするとうまくいかず失敗したりしますし、おいしく作ろうとすると手間がかかって楽じゃなかったりします。そこにOiCyのサービスがあることで“楽とおいしい”を両立することができます。またデータの世界ですから、味付けなどのアレンジも手軽です」金子氏はこう述べていた。
クックパッドは、スマートキッチンの方向性と目標を示すために「スマートキッチンレベル」を定義し、公表している。それによれば26年には機器同士が物理的な連携を行い、人間の最小限の支援で、料理の全自動化が実現すると予想されている。
今からわずか7年後にはSF映画で見るような世界が実現するのだろうか。料理が苦手な人には夢のような時代がやってくる。
経済界 電子雑誌版のご購入はこちら!
雑誌の紙面がそのままタブレットやスマートフォンで読める!
電子雑誌版は毎月25日発売です
Amazon Kindleストア
楽天kobo
honto
MAGASTORE
ebookjapan