ここ1、2年多くの企業からAI(人工知能)の利用、活用といった言葉が聞こえてくるが、実際、AIによって社会はどのように変わっていき、どのような効果を生み出すのかについてはあまり見えてこない。そこで、配車アプリから、創薬、バーチャル警備システムなど、さまざまな領域で積極的にAIを活用しているディー・エヌ・エー(以下、DeNA)の守安功社長に、AI拡大の背景やこれからの変化について、分かりやすく説明してもらった。聞き手=古賀寛明 Photo=山内信也(『経済界』2019年11月号より転載)
守安功・DeNA社長プロフィール
AIがもたらす社会的変化とは
—— ビジネスの世界でAIという言葉が当たり前のように聞かれるようになりました。AIは社会にどのような変化をもたらしますか。
守安 インターネットの登場を考えると分かりやすいかもしれません。1990年代の後半から一般に普及しはじめたインターネットは、今ではサービスに当たり前のように入りこんでいますが、当時は事業化できるのか、そもそも実用化できるレベルなのか、といわれていたのです。
それが、今や社会になくてはならないものになっています。AIもインターネットと同じように、既存のサービスに付加価値を与え、次の事業を生み出していくことが一般的になると考えられています。
ですから、今はバズワード的に使われ、1、2年後は少し下火になっているかもしれませんが、5年、10年のスパンで見れば、AIによって社会のさまざまなものに付加価値をつけられると思っています。
—— DeNAは、そのAI開発に力を入れていますが、いつから、そしてその理由は何ですか。
守安 AIの専門部門をつくって、もう3年ほどたちます。最初は数人からのスタートでしたが、今はスペシャリストだけで70人ほどの規模になりました。
力を入れる理由のひとつがビジネス環境です。IoTによって、いろいろなものにセンサーがついてデータがたまるようになってきています。
加えて、5Gになることによって通信のデータ量は増大し、コストは劇的に下がっていきます。半導体にしてもムーアの法則で処理能力はますます上がっていきますので、データの活用で新たな価値を生み出すことが、どんどん可能になっているのです。
これは直接AIに関係するわけではない世の中の流れですが、その大量のデータをうまく扱えるようにするのが、AIの技術です。
もうひとつの理由が、われわれはITの会社ですのでITのエンジニアや大量のデータを扱える基盤があります。そうしたこともAIを扱う上で大きなアドバンテージです。
さらに当社は、「Delight and Impact the World」、世界中に驚きを与えるようなサービスで楽しみと喜びを届けていく、というビジョンを掲げています。
“デライト”は楽しさや喜びという意味ですが、エンタメとしての楽しさもあれば、利便性や効率性といった付加価値の向上も、デライトのひとつです。AIを使うことによって、手掛けるサービスすべてに付加価値をつけられるのではないか、デライトを提供する上でAIが役に立ってくるのではないかということで、本腰を入れて注力しています。
—— AI活用は「逆転オセロニア」というゲームからだそうですね。
守安 今も当社の主力事業はゲームですが、ゲームの世界も過去の家庭用コンピューターゲームの頃とは変わっています。
かつては面白いゲームをつくって買ってもらうまでがビジネスでしたが、インターネット時代のオンラインゲーム、スマホ向けゲームは、発売してからが勝負です。
ユーザーさんの反応を見て、「こう変えれば面白くなるのでは」、「こういう機能を追加すればどうか」といった、運営型のサービスに変わりました。
例えば、「最初の段階での離脱率が高いから、チュートリアルを変えよう」ということができます。そのため、数百万、数千万人の膨大なユーザーデータを解析し、利用動向を把握することが重要になっています。
その結果、分析の基盤には相当な技術の蓄積がされましたし、アナリストの解析力も磨かれました。「逆転オセロニア」は当社のオリジナルであったので、そのナレッジの上にAIの専門家を入れて、新たな付加価値を生み出しています。
AI領域におけるDeNAの強みとは
—— DeNAのAI領域の強みというのはどこにありますか。
守安 優秀な人材だと思います。現在、伸びているのは、数年前から注目を浴びているディープラーニング(深層学習)の分野です。画像認識の精度が人間と比べてなかなか超えられなかったものが、一気に超えました。
例えば、認識技術が劇的に上がったことで、囲碁の世界でもグーグル系のディープマインドが開発した「アルファ碁」が世界のトップ棋士に勝つという、数年前には考えられなかったことが起こっています。私も囲碁をやりますので、こういうことも起こるかなと思っていましたが、予想よりも早く衝撃を受けました。こうした深層学習が得意な、コンピュータービジョンに精通しているエンジニアが、研究開発チームに30、40人ほどいます。
もうひとつの分野が、データサイエンティストという、世の中のデータの最適なモデリング、予測をしていく人たちです。分析にもいろいろな手法があるのですが、問題によって有効な統計、分析手法は変わりますので、そのデータごとに最適な手法を見つけられる優秀な人がいるのが強みです。
いずれの分野でも、企業がコンペ形式で課題を出し、もっとも精度の高い分析を行った人に賞金が出る「Kaggle〈カグル〉」という世界中のデータサイエンティストが技を競うコミュニティがあるのですが、そのカグルで優秀な成績を収め、カグルマスターやグランドマスターと呼ばれる称号を得た優秀なエンジニアに入社してもらっています。
彼らは業務時間内でもカグルに取り組むことが許されていますし、当社の事業範囲が広いことも、優秀なエンジニアが集まる理由になっています。
—— 囲碁をやられるのですか。
守安 私が始めたのは40歳の時で、1年で初段になるほどはまりました(笑)。ルールがシンプルで、置き碁というハンデがあるので、レベルが違っても同じような実力で楽しめるのが魅力です。しかも運の要素がないので、実力が如実に出る。
突然AIが強くなったのは衝撃でしたが、私自身はそんなこともあるかなと思っていました。この例は、自分たちの業界は匠の技術があるのでAIには超えられないと思っている場合の参考になるはずです。囲碁でもあったように、技術が一度追いつくと、あとは離されていく一方です。というのも人は1日8時間しか働けず1人での蓄積ですが、AIはさまざまな場所での経験が集約されて上達していきます。
そういう意味で、今後は驚かされることが増えてくるのではないかなと思っています。
社会課題解決の切り札としてのAI
—— AIの進化で倫理や法についての議論が必要だと言われていますが、この点をどう考えていますか。
守安 AIの定義によって違いますし、何に気をつけなければならないかも変わってきます。
ちまたで言われるシンギュラリティ(技術的特異点)が起こり、数十年後に人類がコンピューターに支配されるといった恐れを抱く方がいらっしゃいますが、これは考えが飛躍しすぎだと思います。ある特定のAI、例えば、囲碁では既に人間の知性を超え、他の分野でも今後広がっていくと思いますが、囲碁のAIは将棋ができませんし、法律も理解しないわけです。
汎用的な人工知能と特化された人工知能は全く違います。特化したものは次々と出てきますが、汎用性のあるAIの実現はまだまだ難しいのが現状です。
一方で、データを大量に扱うようになっていますから、個人情報などプライバシーの問題は発生しやすくなると思っています。
しかし、これもAIだから出てくる問題ではなく、単純に個人情報やプライバシーをどう守るかが大切です。つまりAIと絡めずに、個人情報の問題として向き合っていくべきでしょう。
倫理の問題についても同様です。ただ、新たなサービスには予測もつかなかったことが起こり得るのですから、その時々に法や倫理に照らし合わせて考えるべきだと思います。
—— 将来、AIによって日本社会はどう変わりますか。
守安 AI脅威論はないのはもちろん、日本の社会課題はAIの利用で解決できることが増えると思っています。
例えば、寿命が延びてきていますが、健康寿命を考えると、最後の5年間は寝たきりでしたということも多いわけです。そういった分野でも創薬をはじめとしてAIが役立つはずです。そして、健康寿命が延びれば、余暇の時間が増えますからエンタメを含め、個人が自分らしい楽しみを見つけて、生き生きとした人生を送れるはずで、そこにAIが貢献していくのです。
大量生産、大量消費の時代から、多様な価値観のパーソナライズされた時代が来ています。AIはそこに貢献できるはずです。しかし、今も悲観的にとらえる人が多いような気がします。
ビジネスの面では、労働力不足は少子高齢化の進む日本の大きな課題です。この課題を解決できれば、今後他の国でも同じ問題を抱えますから、ビジネスとしても大きなチャンスです。
もうひとつ、エネルギーの問題も解決できると思っています。気温の上昇率を考えれば確実に温暖化は進んでいます。持続可能な社会のためには、CO2の削減につながる再生可能エネルギーを増やさなければいけません。しかし、太陽光にしても風力にしても、発電量は自然環境に左右され安定的ではありませんから、今後、電力の最適化が大事になってきます。
そこにAIが活躍する機会があります。持続可能な社会を実現するためにも、AIは欠かせないと思っています。
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