経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

「考え方と行動をほんの少し変えれば 最悪の出来事も“最高”になりますよ」―西川悟平(ピアニスト)

ゲストは、筋肉のこわばりで指が動かなくなる難病ジストニアを発症しながらも、懸命なリハビリのかいあって現在7本指のピアニストとして世界で活躍する西川悟平さん。「経験に感謝したら人生がうまく回り始めた」と話します。前向きに生きる大切さを再認識する対談となりました。

西川悟平氏・プロフィール

西川悟平

(にしかわ・ごへい)1974年大阪府堺市生まれ。89年15歳でピアノを始め、25歳でNYデビュー。2001年ジストニアを発症し両手の演奏機能を失うもリハビリで指7本を回復。15年著書『7本指のピアニスト』出版。NYを拠点に国内外で活躍中。

NYでの栄光からどん底へ

佐藤 本日も素敵なピアノコンサートでした。西川さんの公演は毎回、演奏もトークも楽しいですね。
西川 ありがとうございます。弾く時間とトークの時間が同じくらいと言われるので、ピアノ界のさだまさしと言われています(笑)。
佐藤 まさに(笑)。そんないつも明るく前向きな悟平さんですが、ジストニアはあまりなじみのない病気です。ある日突然、指が動かなくなったのですか?
西川 NYのカーネギーホール公演から程なくして、ピアノを弾く時に左手の薬指が内側に曲がってしまい演奏に支障が出るようになったんです。簡単なところで間違えて「あれ?」と。

 普段の生活では平気なのがこの病気の厄介なところで、僕も原因が分からず、周りも僕が弾けないことに気づかないので、大きなストレスになりました。だからジストニアと診断された時はショックよりも、病名が分かってホッとしましたね。
佐藤 アメリカンドリームをつかみ、これからという時に病気になり、つらいですよね。原因は何ですか?
西川 練習のしすぎかなあ。ピアノのドレミを何時間も弾き続けるなど、同じ姿勢で同じ動作を延々とやり続けるとなる可能性があるそうです。発症するのはストイックで真面目な人が多いと聞きました。
佐藤 病気は違いますが、創業者の父は51歳の時に脳卒中で倒れました。左半身にマヒが残りましたが、強じんな精神力でリハビリをして翌年仕事に復帰し、85歳まで生きました。悟平さんもリハビリは想像以上に大変だったでしょう。
西川 そうですね。医者から「プロとして弾くのは無理」と断言され、一度は弾くのをやめていました。その後、マッサージや筋肉弛緩注射なども試しましたが効果はなく、心身をリラックスさせる催眠療法と独自のリハビリ「禅プラクティス」を半年、1年間と続けて、指が3本、5本と次第に動くようになったんです。
佐藤 どんなリハビリですか?
西川 1曲の1音符を数秒かけて通常よりもゆっくりと弾いていくんです。弾く時の形を腕全体に記憶させるんですね。1小節弾けたら2小節、次は4小節とパートを増やしていく。1曲演奏するのに何時間もかかりますが、「また弾きたい」という強い思いで、体に演奏技術を再教育してきました。2年後の発表会で、初めて7本指で演奏できたんです。

左手の親指と人差し指、右手の5本指で演奏する西川悟平氏

左手の親指と人差し指、右手の5本指で演奏する

経験に感謝することで人生がうまく回り始めた

佐藤 素晴らしいですね。悟平さんはメンタルが強いんですか?
西川 よく誤解されますが、メンタルは弱いんですよ。それでも前に進めたのは、コンプレックスと恐怖心が原動力になったから。プロのピアニストは3歳ごろからピアノの英才教育を受けて育ちますが、僕が弾き始めたのは15歳。音大進学もプロもこの年齢ではもう無理と言われました。

 そのコンプレックスを克服したら次は病気になった。つらかったのは、「頑張ること」ができなくなったこと。これまでの人生は何だったんだと恐怖心が芽生えました。ピアノに再び向かった理由の一つは、恐怖心に打ち勝つためです。
佐藤 コンプレックスが原動力とは、普段の前向きな悟平さんからは想像もつきませんね。
西川 底抜けなポジティブさもホンモノですよ(笑)。僕は今45歳で人生の折り返し地点に立っていますが、夢のほとんどを叶えてきました。10本でなくても、7本指という個性に感謝し、世界の大舞台で弾く機会も得た。今後は若者に説得力のある言葉を伝えられる影響力のある存在になりたい。今結果を求める行動を意識しているのもそのためです。
佐藤 会社組織でも40代はターニングポイント。この時期に他人をやっかみ足を引っ張る人は50~60代になって、部下から尊敬される上司にはなれないですよね。人を育てたり、経営側にも立てないでしょう。
西川 本当にそう思います。
佐藤 その点で悟平さんはつらい体験もたくさんされてきたから、話を聞きたい若者は多いでしょうね。15歳の頃と今とで、音楽に向かう姿勢や考え方は変わりました?
西川 30年前は音楽を天真爛漫に愛し、いつか上手になりたいと夢を描き、ピアノを弾くのが楽しくて仕方なかった。その頃と比べると、多くの経験をした今は音楽が身体の一部になりましたね。「西川悟平」を形成する演奏とトークを、もっともっと深めていきたいと思っています。
佐藤 さらなる進化が楽しみです。最後に読者にメッセージを。
西川 最悪の出来事も考え方と行動を変えれば最高の出来事に変わります。指が7本しか動かないと悩むよりも、7本も動くと感謝し始めてから、物事がうまく回り始めた。夢は実現できるし、今夢がない人も試行錯誤して自分の夢を見つけてほしい。自信をなくしている人も、経験に感謝することからモノの見方が変わりチャンスが生まれます。
佐藤 重い言葉ですね。これからのご活躍を期待しています。

素敵な演奏とお話をありがとうございました(佐藤) (「GINZA 7th Studio・ピアノサロン遊樹」にて)

聞き手&似顔絵=佐藤有美
構成=大澤義幸 photo=市川文雄