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生活と文化を結ぶ新しい百貨店の姿を追求―大丸松坂屋百貨店

大丸松坂屋 澤田太郎

ただでさえ顧客離れが進む中、頼みの綱だったインバウンド消費も新型コロナ禍によって消滅し、苦境に立たされる百貨店業界。そんな中、中部を代表する百貨店である松坂屋はどう生き残りを図っていくのか。大丸松坂屋社長の澤田太郎氏に聞いた。

大丸松坂屋 澤田太郎
大丸松坂屋社長 澤田太郎(さわだ・たろう)

栄地区の再開発を契機に飛躍を目指す松坂屋

 松坂屋名古屋店の売上高は、新型コロナによる営業自粛期間が明けた6月から7月にかけて、前年同期比15%程度のマイナスにとどまった。全国の店舗における平均売上高が約30%落ち込んだのと比較すると、かなりの健闘ぶりだ。

 要因の1つとして、名古屋店の地域密着度の強さを澤田氏は挙げる。

 「東京や大阪など駅周辺に立地する店舗には遠方からのお客様が多く、コロナの影響を受けやすかった。名古屋店は栄の街中にあり、大規模な駐車場もあるため、安心・安全を前面に出して営業できました。これまで積み上げてきたお客様との信頼関係も大きかったと思います。インバウンドへの依存率が多店舗と比べて小さかったことも、ダメージを抑えられた要因でしょう」

 とはいえ、仮にこのままコロナ禍が収束したとしても、百貨店業界全体が危機的状況であることに変わりはない。

 今後の成長に向けて大きなカギを握るのが、松坂屋名古屋店がある栄地区の再開発だ。J.フロントリテイリンググループとして、今年11月に完成する地上6階、地下2階の日本生命栄ビルに商業施設を出すのに加え、2026年には地上36階、地下4階、高さ200メートルの巨大複合商業施設の開業も予定している。現在ある松坂屋、パルコ、ゼロゲートの敷地と合わせると、グループ全体で延べ床面積で28万㎡ものエリアを保有することになる。

 そうした中で意識しているのは、栄地区の特色を生かした発展だという。近代的な高層ビルが集結し、遠方からの来客比率が高い名古屋駅周辺と違って、栄は街歩きそのものを楽しめるという特徴がある。その部分を生かしつつ、松坂屋単体というより近接するパルコとのシナジーなどによって、街全体の魅力を引き上げるイメージを澤田氏は描く。

 「たとえば近くのパルコで娘さんが買い物をしている最中にお母さんは松坂屋で買い物をしたり、その娘さんが社会人になってスーツを買いに松坂屋に来たり、生涯にわたって、それぞれのライフステージで買い物を楽しめるような街にしたい。また、お客様の了承の上で顧客データベースを共有すれば新たな提案もできるでしょうし、コンテンツの共同開発のようなこともできるのではないかと思います」

松坂屋名古屋店で際立つ富裕層顧客との距離の近さ

 足元の戦略としては、引き続き百貨店の強みであるデパ地下、化粧品、そして宝飾品や高級時計といったラグジュアリー部門を拡充していくと澤田氏は語る。これらの競争力をさらに高めることで、現在5.9兆円と言われる百貨店マーケットでのシェアを拡大していく考えだ。

 また、名古屋店の特色を生かすために、特に意識しているのが「富裕層に目線を合わせる」ということ。名古屋店における富裕層顧客との距離の近さを象徴するのが、外商のさだ。外商とは担当者が上得意顧客の自宅を訪問するなどパーソナルな対応を行うことで、この比率が名古屋店では売り上げの約4割と、他の店舗と比べて圧倒的に高い。百貨店では新卒社員にはまず売り場で経験を積ませることが多いが、松坂屋では若いうちにお得意様担当(外商担当)になり、百貨店の仕事の基本を覚えていくのが伝統だった。

 「名古屋は外商を抜きにして語れません。ただ販売スタイルは時代とともに変わっていて、今はお得意様向けの専用メディアを使ってお客様とのやり取りなどを行っています」

 得意先を招待して開かれる催事などの在り方も変化している。遠方の顧客に対してはタブレットPCを貸与し、画面越しに参加できるようにする試みもスタート。その場で販売が成立することもあれば、後日、外商担当が訪問して成約に結び付けることもある。新型コロナの影響で生まれた策ではあるが、顧客と店側双方にメリットのある新たな営業スタイルとして定着しそうだ。

 「われわれとしては、たとえスマホやタブレット越しでも、百貨店のぬくもりを感じていただきたい。これはコマースの業者には真似のできないことだと思います」

文化・アートの領域でも貢献を目指す

 「富裕層に目線を合わせる」というのは、単に商品の販売だけを意味している訳ではない。澤田氏は「資産価値を提供すること以外の世界観でも勝負すべきだと思っています」と語る。

 その一例として、文化・アートなどの分野における取り組みを挙げる。実は、松坂屋名古屋店は東京フィルハーモニー交響楽団の前身である「いとう呉服店少年音楽隊」を生みだした歴史を持つ。一方、同じJ.フロント 傘下にあるパルコは、ポップカルチャーの聖地として若手クリエイターを輩出してきたことで知られる。こうした文化的側面と富裕層を結び付けていくことで、新たな価値を提供できる可能性があるという。

 「才能あるアーティストやクリエイターが、名古屋を経由して大きく羽ばたくインキュベーションセンターのようになれたらいいですね。彼らの活動を支援したいと考える富裕層の方々は多いはず。富裕層に目線を合わせることで、そうした発想も生まれてくるのです」

 松坂屋が一社提供するラジオ番組「CBCカトレヤミュージック」のエンディングに出てくる「生活と文化を結ぶ松坂屋」というフレーズが「まさしく百貨店の本質を突いた言葉」と語る澤田氏。従来の「百貨店」「小売り」の枠にとらわれず、さまざまな形で価値を生み出す姿をイメージしている。

会社概要 
設立 2010年3月(松坂屋と大丸が、2007年にJ.フロント リテイリングを設立し傘下に入る。2010年合併)
資本金 100億円
売上高 6,561億円(2020年2月期)
所在地 東京都江東区
従業員数 2,142人
事業内容 百貨店業
https://www.daimaru-matsuzakaya.com/