ゲストは、2015年に27歳の若さで老舗精密機器メーカーの理化電子の3代目社長に就任した戸田泰子さん。「会社の核は技術。それを支えてきたのは社員。彼らの自己実現を支援したい」と語ります。事業承継したお互いの体験を元に、組織づくりについて語り合いました。聞き手&似顔絵=佐藤有美 構成=大澤義幸 photo=市川文雄(『経済界』2021年1月号より加筆・転載)
戸田泰子・理化電子社長プロフィール
新しい組織づくりのテーマは大胆に「変わること」
佐藤 理化電子の社長に就かれたのがもう6年前。当時は周りも年上の社員ばかりだったかと思います。私が2001年に創業者の父から事業承継したとき、社内は「世間知らずのお嬢さんに経営などができるか」という空気がありましたが、戸田さんのときはいかがでした?
戸田 私は社員から直接文句を言われたことはありませんが、当時は3期赤字のさなかで、誰が社長になるかよりも、「この会社は大丈夫か?いつまで存続できるのか?」が、社員の一番の関心事だったようです。
佐藤 社長就任後、組織づくりで心掛けてきたことは?
戸田 「変わること」です。社内外から、「理化電子は変わった。これから期待できるかも」という希望を持ってもらうために、社内体制や社員の働き方をドラスティックに変えてきました。創業者の祖父や2代目の父のやり方はまねできないので、新しい世代であることを前面に出しながら。もっとも、就任後は私のやり方で社員に納得してもらえるのかという葛藤は常にありましたね。
佐藤 葛藤はありますよね。でも同じことをし続けているだけでは取り残されてしまう時代です。成長のために変わることは必要です。
戸田 そうですね。最初のご質問にも関係しますが、「変わること」に抵抗を見せる社員は確かにいました。それでも何かを変えた後、しばらくして「自分たちがやってきたことが実った」と思ってもらえたら、そう信じて経営をしてきました。今は未来に向かって、社員の意識も前向きに変わってきたと思います。
佐藤 信念が伝わったんですね。私が就任した頃は、世の中に女性の社会進出を応援する風潮が出始めていて、父と同世代の経営者たちに応援されるたびに、根拠もなく「頑張ります!」と返していました。実際は経営や数字のことは素人で、社労士や税理士に丸投げの状態でした。
しかしそんな私の姿を見て、社員たちが「社長は何も知らないから、俺たちが動こう」と頑張ってくれたんです。昔からいる社員は今も「変わること」に抵抗してきますが(笑)、この20年間、会社を支えてくれた彼らには本当に感謝しています。
戸田 いいお話ですね。私も社員に助けられています。当社の核は技術ですが、その技術を長年支えてきたのは社員です。私は社長の責務として、社員の生活を守ることを重要なミッションの一つと考えています。
いつか若手起業家の支援を
佐藤 戸田さんは理化電子の前は外資系コンサルティングファームにいらっしゃったそうですね。役立っていることはありますか?
戸田 コンサルはロジックの世界なので、体系的に漏れなくダブりなく考える「思考のトレーニング」ができました。また、私は知識とロジックで物事を語ってミッションを遂行するよりも、相手(人)にもう1歩踏み込んで心情に寄り添う方が好きだと気づきました。
佐藤 人が好きなんですね。
戸田 はい。新しい挑戦にも人の力が必要ですし、将来的に会社を支える戦力になってもらうためにも、現場を見て、社員一人一人の声に耳を傾けるように努めています。
佐藤 社員との意思疎通を図るために、力を入れている取り組みは?
戸田 役員と、アルバイトを含む全従業員との間で1on1ミーティングをしています。これは評価用ではなく、彼らがどんな価値観で働いているのか、生き甲斐、働き甲斐を掘り下げるための試みです。普段意識しない部分を見つめ直すきっかけになりますし、当社で働く一人一人が自己実現できるよう、働き方を支援していきたいと思います。
佐藤 戸田さんにとって理想の会社とは?
戸田 会社の存在意義は、世の中に価値を提供することです。その価値をもって人々を幸せにする。この人を幸せにすることは自分の半径5メートルで実現できなければその先はありません。そこで、私も当社の社員も半径5メートルを幸せにし、さらに社外にも伝播する会社にしたい。あとは、グローバルなチャレンジを通して、世の中の中小企業に希望を与えられる存在になりたいです。
佐藤 素敵な夢ですね。老舗企業で新しいことをやろうとすると、必ず「10年前にやったが駄目だった」と反対してくる社員がいます。しかし、10年前と今とは違います。若い戸田さんにはそこを突き抜けていってほしい。そして、後に続くさらに若い起業家の応援をしてほしいですね。
当社では、「金の卵発掘プロジェクト」という若手起業家を支援するアワードをもう10年ほど続けていますが、毎年才気と情熱あふれる若者たちに感心させられますよ。
戸田 私もスタートアップとの共同開発はもともと関心があるので、ぜひやりたいですね。ただし、今はまだ会社の足元固めの時期なのでそこに全力投球します。
佐藤 将来ぜひご一緒しましょう。本日はありがとうございました。