経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

「集合知性」を高めて組織の力を最大限に引き出す方法とは

企業やプロジェクトチームなど、集団の力を最大限に発揮するためには何が必要か。経営者や管理職を常に悩ませてきたこの課題に対し、脳科学の観点からも研究が進んでいる。そうした中、最近注目されているのが「島皮質」と呼ばれる脳の部位だ。著書『科学的に幸せになれる脳磨き』(サンマーク出版)で、島皮質を鍛える重要性について説く脳科学者の岩崎一郎氏に話を聞いた。(吉田浩)

非認知能力を鍛えて集合知性を発揮する

岩崎氏の著書によれば、島皮質は「社会的感情、道徳的直感、共感、思いやり、感謝心、音楽への感情的な反応、依存、痛み、ユーモア、他者の表情への反応、購買の判断、食の好み」など幅広い分野に関わっているという。さらに、自分の外側から来る感覚と内側の感覚、自分と他者、自分の過去と現在と未来のイメージなど、さまざまなものをつなぐハブの役割も果たしているとのことだ。 脳科学と言えば、どちらかと言えば個人の能力開発や幸福感に関係する研究をイメージしがちだ。しかし、集合知性を高め集団の力を発揮するための研究がさらに進めば、多くの企業経営者や組織のリーダーにとって有用なものとなりそうだ。

―― 島皮質が注目されだしたのは最近とのことですが。

岩崎 島皮質が脳科学的に注目されだしたのは、10〜15年ほど前です。島皮質は大脳のひだ奥深くに隠れていて表に出ておらず、部位として独立しているのかどうかも分からなかったので、研究が難しかったのです。

 これまで脳科学の分野では、記憶や思考を司る部位などの研究が中心だったのですが、非認知能力(思いやり、感謝心、意志力、あきらめない心、情熱、自尊心、社交性、自制心、協調性などの学力テストでは測れない能力)に島皮質は関係があることが分かったのも最近の話です。「集合知性」を発揮して集団の力を高めるために、非認知能力に注目する企業も増えています。

集合知性を発揮するための3つの要素と5つのトレーニング

―― 集合知性を高めるためにどのようなトレーニングが必要なのですか。

岩崎 集合知性を発揮するには3つの要素が必要です。それは

・お互いの気持ちや視点を理解して、お互いの立場に立てる 

・対等に発言できる、あるいは本音でぶつかれる 

・メンバーが共感できる共通の目的に向かって心をひとつにできる

ということです。

 時々、勘違いされる方がおられるのですが、上述の3つの要素は規則などを決めて、例えば、「全員が発言しなければならない」としても、本音で対等には発言してくれません。いかに自発的に、この3つの要素を実践してもらえるかが極めて大切なのです。

 このために、われわれが企業研修で導入しているのがNDC(ニューロ・デザイン・クリエイト)脳力開発トレーニングです。

―― どんな内容なのですか。

岩崎 大きく5つあります。1つめはサイクル加速トレーニング。人の脳にはネガティブバイアスがあって、普通にものを見ていると、悪いことや足りない部分に人は意識を向けてしまうのですが、これを軽減するものです。

 例えば、上司が部下のいいところより悪いところばかり目に付いてしまえば、本当の意味で部下の能力を引き出しにくくなります。人の脳は、行動してふり返って改善するというサイクルを回せば回すほど進化、発展し、才能が開発されていきます。

 島皮質にはハブの役割があっていろんな情報を統合するのですが、その情報が悪い方に偏ると、成長サイクルを回せなくなるのです。良い部分を見ることで自分のネガティブバイアスを軽減し、脳の成長サイクルを回せるようにするのが大事なポイントです。

 2つめがEB(共感脳力)トレーニングといって、共感力を鍛えるトレーニングです。人は自分が何をしてきたか、どんな気持ちで行動しているかは分かりますが、他人に関しても自分の基準でそれらを判断してしまいがちです。「脳の盲点」と呼んでいますが、そうなると「自分はちゃんとやっているのに何でお前はできないんだ」という思考になってしまいます。そこを軽減しないと、他人と分離した状態が続いてしまいます。

 3つめがAB(利他脳力)トレーニングです。たとえば他人が何かを努力してもなかなかできないような場面に遭遇したとき、できるようになるための助けとなる具体的な行動を起こすことです。

 4つめがCS(コムラッドシップ)チームビルディングです。3つ目までは1対1の関係でしたが、ここでは1対多で同じ志を持った仲間としてチームを作っていく力を鍛えます。例えば、それぞれのチームメンバーの長所やどんな能力があるのかをみんなに伝えていくことで、お互いの良いところが見えてくるようになります。

 5つめがPIL(人生の目的・志)シェアリングで、過去の出来事から人生の目的や大義名分、未来の夢(志)を全員で共有していきます。お互いの良いところが見えて信頼関係ができたところに、共通の目的を持つことで、チームの一体感を育てていきます。

リーダーシップとマネージメントの違いとは

―― 5つのトレーニングを行う順番などは決まっているのですか。

岩崎 たとえば、いきなり企業理念を社長が打ち出してチームビルディングや目的の共有をやらせようとしても、前述した1つめから3つめができていないと難しい。信頼関係が十分できていないのに、一方的に押し付けられると人はやる気をなくしますから。

 リーダーシップとマネージメントを混同しているケースも多々見られます。この2つは全く違うもので、リーダーシップは一言でいえば信頼関係に基づく影響力、マネージメントは規則に基づいた仕組みづくりです。

 社長が社員たちから信頼されていて、「これからこんなことをやっていこうと思います」と言ったときに「いいですね、やりましょう」と、自然と盛り上がるのがリーダーシップ。対して、「こうしてください」と規則や仕組みを導入して、できていなければダメ出しするのはマネージメントに当たります。どちらも組織運営には必要ですが、信頼関係に基づくリーダーシップがなければ、マネジメントで仕組みを導入しても、誰も本気で取り組まない状態になります。

完全成果主義の落とし穴

―― 社員の評価方法で気を付けるべき点はありますか。

岩崎 重要なのは、「個分離思考」と「共同体思考」という脳の使い方について知ることです。われわれは通常、自分と他人とを分離する脳の使い方(個分離思考)をしています。他人の悪いところばかりを見る個分離思考で評価をすると、社員のモチベーションは大体下がります。それに対して、成長や可能性、良いところなどに目を向ける脳の使い方(共同体思考)だと、モチベーションは上がります。

 個分離思考は基本的に上から目線で「ここまでできれば良いが、できなければだめ」という基準を設けます。合格点を超えた人は安心してそれ以上伸びにくいですし、合格点以下の人は、ダメ出しで脳のエンストが起こりがちです。

 一方、共同体思考は横の関係を作ることを重視し合格点というものを設けず、成長にフォーカスします。成績が低い社員に対して、個分離思考だと評価が下がりますが、共同体思考だとそういう見方をしません。特定の社員が10点しか取れないような場合でも、横の関係で励ましながら、次は15点を目指そう、その次は20点を目指そうと、その人の成長に目を向けるやり方になります。この脳の使い方をすると、100点を超えてもずっと伸びていくので上限がないんです。

―― 評価手法として完全成果主義を導入している企業もありますが、成長に目を向けるという点では、数字的なノルマなどは設けないほうが良いのでしょうか。

岩崎 ノルマというより、成長の道標としての目標を設定するということだと思います。もちろん、目標を絶対達成するという気持ちを持つことは大切です。それが、やらされ感の「絶対達成しなければ」なのか、「自ら成長したい。だから絶対達成したい」なのかで、パフォーマンスが大きく変わります。

 完全成果主義もうまく行っているときは良いのですが、長期的には社員が疲弊していきます。また、業績が落ち込んだ時などは社員のモチベーションが大きく下がってしまいます。今は終身雇用が崩れているとはいえ、日本の会社はまだ長期雇用が原則なので、波が下に来たとき社員のモチベーションをどう維持するかを経営者は理解しておく必要があります。

ここで岩崎氏が提示したのが個分離思考と共同体思考の違いを示す図だ。個分離思考を表す青線のループはまず、パフォーマンス目標を強いられるところがスタート地点で、成長意欲が減り、助け合いが減り、ストレスによって幸福度が落ち、一体感が落ち、信頼関係が薄らぎ、やりがいが減り、パフォーマンスが落ちるという負のループに陥るのに対し、共同体思考を示す赤線の場合は、スタート地点を信頼関係に置いているために、全く逆のループを描いている。
個分離思考と共同体思考の違い

岩崎 ノルマなど強いられたパフォーマンスに重きを置く会社は、「要求されたタスクを単にこなす=仕事」となりがちで社員の居心地が悪くなり、赤のループを回すことができません。集合知性を発揮できる会社は、信頼関係を築くところからスタートしてチームや組織全体が一丸となって大きな目標に向かっていくことができます。

 そこでは、業績の向上だけでなく人間的な成長も含まれます。信頼関係が深まり、組織の大義名分が腑に落ちるようにポジティブな関わりを続けると、「みんなで成長しよう」「高い目標を必ず達成しよう」という雰囲気が醸成されます。深い信頼関係に基づく「一体感」が、組織を動かす原理をまったく異なるものにするのです。

集合知性を発揮して成功した会社、経営者

―― 研修に参加した企業で、これまで説明されたことを実践して、集合知性を発揮している企業はありますか。

岩崎 たとえば、鹿児島県に本社を構えるインフラテックという土木関連製品を作っている会社があります。8年間で9社のM&Aを成功させ、コロナ禍でも業績を伸ばしています。

ここの社員のIさんは、1993年8月に発生した「8・6(ハチロク)水害」で街が水没した経験から、他の社員と共に「この街を絶対に守る」と心に誓い仕事をしてきました。2019年と2020年に九州地方を襲った豪雨でも、鹿児島市は大きな被害を出さず持ちこたえることができた理由のひとつは、このような社員の思いがあったからだと思います。「人生の目的」に気付くことで皆の心をひとつにし、集合知性を発揮した例と言えます。

―― 集合知性を発揮する組織作りの手本として、著書では京セラ名誉会長の稲盛和夫氏を挙げられていますが、稲盛氏のどんな部分が優れていたのでしょうか。

岩崎 稲盛氏は「利他の心の経営」をずっと唱えて成功しました。他人を利することが会社の経営を良くするということは、多くの人にとって理解しにくかったと思いますが、それらが関連あることを実践した経営者と言えます。

脳科学の世界で、人間には集合知性というものがあると分かったのが2010年ごろなので、その何十年も前から稲盛氏はその理論を実践していたことになります。21世紀の脳科学でわかったことを既に行っていたというのは驚きに値します。

岩崎一郎氏プロフィール

岩崎一郎
(いわさき・いちろう)京都大学卒。京都大学大学院修士課程修了後、米ウィスコンシン大学大学院で医学博士号(Ph.D.)取得。旧通産省の主任研究官、米ノースウェスタン大学医学部脳神経科学研究所の准教授を歴任。日本に帰国後は国際コミュニケーション・トレーニング株式会社を設立し、脳科学を活用した組織づくりの企業研修を実施。著書に『何をやっても続かないのは、脳がダメな自分を記憶しているからだ』『なぜ稲盛和夫の経営哲学は、人を動かすのか?』(クロスメディア・パブリッシング)などがある。