新型コロナ禍にありながら、強みのある事業の強化と人員配置の最適化などを通じて堅調な業績を叩き出す島津製作所。新たに生まれる需要にスピーディに対応できるのは、さまざまな分野で磨いてきた高い技術力のベースがあるためだ。
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コロナ禍における島津製作所の現状
厳しい事業環境下でも業績は底堅く
―― コロナ禍で事業環境は厳しいと思いますが、2020年上半期の業績は底堅い印象です。
上田 4年連続で売上高と利益で過去最高を更新してきましたが、中国をはじめ世界各地でコロナが感染拡大した影響で、残念ながら20年3月期年は減収減益になりました。そのため、20年度上期は、分析計測機器、医用機器、産業機器、航空機器の4つのセグメントの中で、プラスの影響がある事業とマイナスの影響がある事業、影響がほとんどない事業に関して、それまで以上に緻密に見ていくことにしました。
プラスの影響が予想できたのは、分析計測機器事業で展開する新型コロナの検査キットや、医用で肺炎診断に用いられる回診用X線撮影装置などで、実際にこれらの生産はフル稼働状態となりました。一方、産業機器では5Gのデータセンター拡充の流れを背景に、半導体製造装置向けの真空ポンプが引き続き好調、航空機器事業はマイナスという状況になりました。
事業環境としては全体的にマイナス要因が多い中、プラス要因にも着目しながら進めたことで、20年度上期は減収ではありましたが、営業利益、経常利益、純利益ともに過去最高を更新することができました。そういう意味では、堅調だったと思います。
組織体制の最適化が好影響
―― コロナへの危機感を抱いてからすぐに、人員配置や組織体制の変更に着手したのでしょうか。
上田 20年4月の人事異動で、航空機器をはじめ厳しい状況になりそうな事業を中心に、体制の最適化を図りました。
―― 別の事業部門に異動することに関して、技術者などから不満は出ませんでしたか?
上田 出るかとも思いましたが、むしろ新しい環境に身を置くことでそれなりの成果が出たので、満足している社員が多いと思います。長年同じ職場に留まる技術者が多い中、コロナによって人事ローテーションが加速し、組織の活性化につながりました。
本来は5年程度で違う職場も経験しないと、自分たちの仕事がどのような位置づけなのか分からなくなりますし、手を抜くことも覚えてしまいます。それが今回はいい方向に行ったと感じます。
―― 上田社長自身のキャリアも、技術者として1つの分野に集中する期間が長かったですよね。
上田 そうですね。液体クロマトグラフの開発には入社以来20年ほど関わってきましたが、私の場合は米国で機器の開発チームに加わったり、品質保証部や副事業部長などを経験したりすることで、事業の全体像が分かるようになりました。振り返ると、5年くらいの周期で環境が変わったことが良かったのかなと思います。
島津製作所の強みと今後の事業展開
さまざまな技術を保有する強み
―― 感染症対策プロジェクトを立ち上げましたが、コロナに限らず感染症の問題は今後も世界的に続くという認識でしょうか。
上田 2007年から11年の間にライフサイエンス分野の統括をしていたときに、インフルエンザを始めとする感染症の試薬キットをいろいろと手掛けていました。当時、日本では感染症対策があまり広がっておらず事業として大きくならなかったのですが、今回はその技術をベースにすれば、コロナ向け検査キットも作れるのではないかと考えました。開発部隊が頑張ってくれたおかげで、2カ月ほどで完成しました。
―― 2カ月は早いですね。
上田 担当役員との雑談の中で、コロナウイルス用のキットもできるだろうと話したところ、どうやら現場も同じことを考えていたらいしいです。ただ、事業規模としてあまり大きくなかったので躊躇していたところ、われわれが背中を押す形で始まりました。
―― 今後未知のウイルスが現れたときにも、短期間で専用キットを開発できるのでしょうか。
上田 そうですね。単に検査キットの提供だけではなく、検査結果を管理したり、患者に通知したりといった一連の仕組みづくりに携わりたいと考えています。分かりやすい事例の1つが、京都産業大学と協力して設立したPCR検査センターです。同大学で感染者が出たことによって、自分たちで素早く検査と結果の管理を行い、さまざまな活動を再開できるような仕組みを作りたいという理由で始まったのですが、こうした仕組みづくりが、新しい事業に繋がっていくのではないかと期待しています。
―― ベースになる技術力があってこそできる取り組みですね。
上田 一時期、選択と集中という言葉が流行りましたが、当社の場合はいろんな技術を持っているのが強みなので、技術を育てていくことに関して容認する文化があります。検査キットはこれまであまり陽が当たってこなかったのですが、地道に取り組んできた結果、今回初めて事業として注目されるようになりました。
―― 選択と集中をやりすぎなかったことが今につながっているわけですね。
上田 それは確かにあります。たとえば日本で需要がほとんどなくなったような装置でも、海外で伸びて事業拡大に生かされることもありました。いろいろな技術を持っていることで、ある製品の売上が落ちても他の製品でカバーする形となり、全体として少しずつ伸びていくというのが、今の島津製作所の姿です。
ただ、なんとなくいろんなことをやっている訳ではなくて、世界的に戦えるような、柱となる事業を作っていくことが重要です。液体クロマトグラフや質量分析計についてはそういう路線を追ってきたおかげで、売上、利益ともに何倍も膨らみました。
これらを柱として、今後伸ばそうとしている産業機器や長年継続している医用機器の事業内容を精査していこうと考えています。たとえば医用機器ではずっとX線画像診断装置を手掛けてきましたが、新たな取り組みとして分析計測機器を医用分野に持ち込んで販売する試みも始めています。先日発売した全自動のPCR検査装置は分析計測機器事業部が開発しましたが、医用機器の営業も販売しています。これまでは主に放射線技師を対象に営業してきましたが、研究開発者へもアクセスできるようにする狙いがあります。
―― さらにテコ入れが必要な部分はありますか?
上田 医用機器ですね。20年度上期はコロナの検査に多くの病院が集中したこともあり、回診用X線撮影装置以外はほとんど売上が減少し、商談の延期や凍結が増えています。そのため今期の医用機器事業は減収減益となりますが、いくつか手を打とうとしています。先述した分析計測機器事業と医用機器事業の融合もまだスピード感が足りないし、新しいことをやっていかないとなかなか打開できません。
―― X線画像診断装置一筋のような技術者の方も多いのですか。
上田 ひと昔前までは、当社に入社するということは医用機器事業をやることとイコールで、それに憧れて入社してくる人たちが多かったんです。現在はさまざまな大学との共同研究も行っているので、そこに関わった学生さんたちが分析計測機器をやりたいと入ってくるケースも増えています。
ヒューマンスキルを科学データで裏付ける
―― 今後、期待する分野は。
上田 主力の液体クロマトグラフや質量分析計を中心に、適用分野が拡大すると考えています。分析計測機器のすそ野が広がっていく見込みです。たとえば食感や快感を脳のイメージング装置で判定するなど、分析計測機器でデータを取りながらものづくりを行うケースが増えると見ています。そこで使われるのが従来の液体クロマトグラフや質量分析計だけでなく、さまざまな分析計測機器が使われる見通しを持って、研究開発に力を入れています。
もう1つは半導体関係です。今後は携帯端末などリモートワークに関するの需要がどんどん増えると見て、現在主力である半導体製造装置用の真空ポンプ以外にも、半導体分野で使用できそうな分析計測機器を産業機器事業部が販売することも検討中です。先ほど述べた分析計測機器を医用機器事業部で売る事例と同じく、セグメントを横断して販売しやすい部署が売っていくという考えです。
―― 将来展望について。
上田 分析計測機器を中心に、さまざまなことを科学のデータで裏付ける独自の製品やサービスを持つ会社にしていきたいですね。たとえば現在は問診が中心の鬱病の判定を、血液検査や脳のイメージングで裏付けを取るなど、ヒューマンスキルを科学データで支援するツールを提供していきたいと思います。単にモノを売るだけでなく、それを使ってデータを取り、重要な要素を見出していく。まだ道半ばですが、それが会社の方向性であり私の夢でもあります。
会社概要 設立 1875年3月 資本金 266億円 売上高 3,854億円(2020年3月期) 所在地 京都市中央区 従業員数 13,182名(2020年3月31日時点) 事業内容 分析 https://www.shimadzu.co.jp/ |