「環境のリコー」として知られるリコーは、2017年4月に日本企業として初めてRE100(※1)に加盟した。同社が掲げる目標は、50年までにバリューチェーン全体の温暖化ガス排出をゼロにすること。山下良則社長は、「『環境保全』と『利益創出』を同軸で進める『環境経営』は経営戦略である」と語る。聞き手=唐島明子 Photo=山内信也(『経済界』2021年4月号より加筆・転載)
山下良則・リコー社長プロフィール
リコーの環境経営とは
RE100への参加は決意表明
―― リコーがRE100に加盟した2017年4月は、ちょうど山下社長が社長に就任したタイミングです。当時の背景を教えてください。
山下 RE100への参加表明はトップの決意表明のようなものですよね。私が社長になってすぐ、4月、5月と経営会議で決めなければならないことがいくつかあり、その中にRE100もありました。
参加を決意した理由は、欧州企業は環境に対する意識も取り組みも進んでいることを肌で感じており、選択肢のない取り組みだと考えていたからです。これからは社会課題解決につながる事業に取り組んでいない企業は淘汰されるという思いを強くしていました。
そのためにはゴールを明確にして進めていく。この山をいつまでに登るのかをはっきりと明示することで、社員や環境関連事業、技術開発に勢いがつきます。RE100に加盟してから社内が元気になりました。あの決断は良かったと思っています。
でも実は、参加表明するときは、ちょっとドキドキしました。いろいろな会社の経営者の方から、「山下、本当にできるの?」などと電話がありました。「めどは立ってるの?」と聞かれて、「ない!」なんて答えたこともあります。
不良を出さないものづくりはそれだけで環境にいい
―― リコーは1998年、「環境保全」と「利益創出」を同軸で行う「環境経営」のコンセプトを打ち出しました。当時の桜井正光社長から環境経営について聞いたときは率直にどんな感想を持ちましたか。
山下 90年代後半、私は英国に駐在していました。環境経営の資料を最初に見た時、右に利益創出、左に環境保全が描かれた天秤の絵が目に飛び込んできました。まず、「どのようにバランスするのか?」という疑問を持ちました。それで「これはどういうことですか?」と、桜井さんに電話しました。
そうしたら、私もそうなのですが桜井さんも生産部門出身なので、「こういうのはどう?」と桜井さんから説明されたのが、「生産ラインの途中の工程で不良が見つかって、その不良を直せない場合はFコスト(Failureコスト)になってしまう。不良を出すと利益は落ちるし、資源を捨てることになるから環境にも悪い。不良を出さない工場は環境経営が進んでいると思え」と。この話は腹に落ち、英国の社員にも随分この話をしました。ものづくりを真剣にやることは、それだけで環境にいい活動であり、環境経営なんだと。
また、環境経営について勉強していく中で、これは永遠に続けていけるコンセプトであると納得するようになりました。環境保全と利益創出を一緒にやらなければ、会社の調子が悪くなった時、環境保全は投資から外すもののリストの上位にきてしまいます。ところが、環境保全と利益創出を同軸で進める環境経営は、経営戦略そのものです。
環境保全と利益創出を同軸で実行
―― リコーの目標は「2050年にバリューチェーン全体の温暖化ガス排出をゼロにする」です。その通過地点として2030年の目標も設定していましたが、昨年4月、さらに高い目標に設定しなおしました。
山下 もともと私たちはパリ協定で定められた基準であるSBT(※2)2℃基準を踏まえて、30年までに15年度比で30%減という目標を立てていました。しかし気候変動の悪影響が顕著になり、19年10月以降に設けられた新基準では、1・5℃の抑制が求められるようになりました。また、社内でも30%減の目標は22年までに達成できそうな見通しが立ちました。そこで新基準のSBT1・5℃に合わせるよう、昨年4月に目標を上方修正し、15年度比で63%減に設定しなおしました。
―― かなり野心的な目標ですが、その環境保全と同軸で進める利益創出の状況はいかがですか。環境保全はリコーの事業にはどれくらい役に立っているのでしょうか。
山下 環境関連事業の売り上げは数字で出しています。19年度は環境関連ソリューションパッケージで約300億円、創エネ・再エネ事業で約300億円、製品・部品再生事業で約360億円、合計1千億円ほどです。リコーグループは年2兆円ほどの売り上げですので、それなりの数字になっていると考えています。
ただ、これらの売り上げも大事ですが、数字にあらわれない利益も創出しています。
「2020年日経SDGs経営調査」では大賞を受賞しましたし、世界的なESG投資の指標であるDJSI(ダウ・ジョーンズ・サステイナビリティ・インデックス)ではワールドインデックスの構成銘柄に選ばれました。リコーは環境経営の総本山です。昨年から日本がデジタルや環境で動き出したこともあり、最近では、地方の中小企業から「環境やSDGsでは何をすればいいのか」などの問い合わせがたくさん寄せられています。
またフランスでは大手企業との取引につながりました。一昨年に入札が行われた時、その大手企業の会長に会いにフランスへ行きましたが、私はその場で値段の話は一切せずに環境の話だけして、会長も商品の梱包材などをどれくらい植物由来のものにしようかなどと話していました。もちろんリコーの環境活動の取り組みだけが評価されたわけではありませんが、その案件の受注には環境活動が大きく貢献したと手ごたえを感じています。
社員の意識と行動が変化
―― 国内で地方の中小企業からたくさん寄せられている問い合わせに、リコーはどう応えていますか。
山下 リコージャパンの各支社には、SDGsへの啓発活動を社内外で支援する「SDGsキーパーソン」が277人いて、問い合わせがあるとSDGsキーパーソンが顧客企業を訪問します。そして、本に書いてあるようなSDGsの解説ではなく、リコーが社内実践していることについて、失敗を含めて説明し、顧客の環境活動に貢献しています。これはリコーと顧客との関係強化に非常に役立っています。
このベースにもなっているのが、リコー社内のSDGsの取り組みです。SDGsが設けている17の目標の中で、リコーとしては8つの目標に少なくとも貢献できるし、意識していこうと社内で話しています。2年ほど前から、それぞれの社員に「自分の仕事はSDGsの何につながっているか」を宣言させる活動をしています。登録した社員の90%が、自分の仕事はSDGsにつながっていることを実感していると回答してくれています。
社内が変わってきたなと感じていて、とてもうれしいんです。社員一人一人の意識や行動が変わることで、会社のカルチャーが変わり、社員がブランド化していく。そしてそれは、私たちの顧客にとってはリコーブランドにつながるはずです。
ESGやSDGsの実践は「将来財務目標」
―― 利益創出は数字にも出ているけれども、数字だけでは表せないブランドのような価値も創出できているんですね。
山下 数字的には今後もっと効果が出てくると思っています。ただ、それが目的ではありません。先ほどの1千億円という数字も開示情報として必要だったから出しましたが、環境活動の利益を計算するようにとは日ごろから言っていません。
ESGやSDGsは一般的には「非財務目標」と言われますが、私は「将来財務目標」と表現しています。環境活動、ESG、SDGsは、リコーが事業活動を通じて社会課題を解決するためのものであり、将来の財務につながる取り組みでもあるからです。
日本が環境関連で世界を牽引するには
優れた要素技術を集積する必要性
―― 昨年10月に菅首相は「2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」「世界のグリーン産業をけん引する」と所信表明演説で宣言しました。欧州と比べると、日本のグリーン産業はやや出遅れた印象もありますが、日本は世界をけん引する存在になれますか。
山下 菅首相の宣言はよかったですね。あれ以来、新聞はデジタルと環境の話題ばかりで、それらについて目にしない日はありません。「やらないとまずいよ!」と後押しされているわけです。だから私たちも環境活動がやりやすい。政府にも責任をもってやってほしいし、日本は絶対にイニシアチブをとれます。まだ挽回は可能です。
―― 日本がイニシアチブをとるには、具体的にはどうしたらいいでしょうか。
山下 日本企業は非常に優れた要素技術を持っています。リコーであれば、現在、植物由来100%のポリ乳酸を発泡させた素材「PLAiR(プレアー)」の開発に取り組んでいます。
ただし、1社1社が、個別に自らの研究開発に投資するだけでは限界があります。本当ならば「今年200億円投資する」とできればいいけど、企業ごとでは「今後3年間で200億円投資する」となってしまうわけです。しかし政府のかけ声のもと3社が200億円ずつ持って集まり、政府が400億円出して合計1千億円になれば、1社だけでは3年かかったものが1年でできる可能性があります。
企業はやる気になっています。グローバル競争で打ち勝つには、環境は絶対避けては通れないからです。だからみんなでやるんです。スピード感を上げるには、〝水素〟や〝EV〟など、政府主導でプロジェクトのテーマを決め、推進してもらえると企業としてもやりやすいですね。
コロナからの経済的な回復は緑の回復と同軸で進む
―― 昨年から新型コロナのダメージが多方面に及んでいますが、環境活動への影響はありませんか。
山下 コロナからの「経済の回復」は、「緑の回復」と同軸だと私は考えています。今後、復興する経済活動の1つに、気候変動対策、省エネ・創エネなどが必ず含まれます。
コロナによる悪影響は甚大です。しかしもう一方で、次の時代の社会を作り上げるためのスタート地点に早く立ちなさいと言われている感覚もあります。例えば、いま話題になっているデジタル庁では、民間企業から人材を出し、交流することができるわけですが、そうするとわれわれの力にもなるし国の力にもなる。同じように環境活動でも、人材や予算などのリソースの連携について、政府がプロジェクトごとに明確にしてくれれば、緑の回復とともに経済の回復もできると思います。
コロナ後のリコーの環境への取り組み
―― コロナ後の時代を見すえ、環境関連ではリコーはどんな準備を進めていますか。
山下 まず、先ほどのPLAiRの技術開発をはじめ、これから拡大しようとしている事業が省エネ・創エネ関連でいくつかありますので、それらにしっかり投資していきます。
また、沼津や福井工場など、日本の再エネ率を上げるのも大きな課題です。世界でリコーが消費している電力の60%が日本です。そして欧州は全電力の50%を再エネ化していて、アジアは40%、中国は30%という中で、肝心の日本はまだ2%です。最近では再エネ活用設備などの技術開発も進んでいます。早く導入して、国内の再エネ率を上げていかなければなりません。
さらに地道なSDGsの活動もあります。社員によるSDGsの宣言も進んでいますので、残りはラウンドテーブルなどで役員が個別にコミュニケーションをとることが大事だと思っています。社内の環境活動が進めば進むほど、SDGsキーパーソンなどを通じて、顧客により高い価値を提供できるようになると信じて頑張ります。
※1:RE100(Renewable Energy 100%)とは、企業が自らの事業で使用する電力を100%再生可能エネルギーにすることを目標とする国際イニシアチブ。
※2:SBT(Science Based Targets)とは、パリ協定(世界の気温上昇を産業革命前より2℃を十分に下回る水準に抑え、また1.5℃に抑えることを目指すもの)が求める水準と整合した、5~15年先を目標年として企業が設定する、温室効果ガス排出削減目標のこと。