2050年二酸化炭素排出ゼロ目標が自動車業界を揺らしている。特に排出量の大きいトラック・バスなどの商用車は明確な道筋が見えない。その状況を打破しようとトヨタ自動車が中心になり、いすゞ自動車、日野自動車と提携した。いすゞ、日野のライバルが手を結んだ背景とは。文=ジャーナリスト/立町次男(『経済界』2021年6月号より加筆・転載)
日の丸トラック結成の可能性も
トヨタ自動車といすゞ自動車、日野自動車は3月、商用車分野で新たな協業を開始すると発表した。その軸となるのは、需要拡大が見込まれる電気自動車(EV)や、水素を燃料とする燃料電池車(FCV)の開発など脱炭素への対応だ。
菅政権が二酸化炭素(CO2)の排出量を減らす脱炭素への取り組みを加速していることが背景にある。いすゞはトヨタ子会社である日野のライバルであるほか、トヨタとの提携を解消した経緯もある。3社は、激変する事業環境下での勝ち残りを目指す。
トヨタが80%、いすゞと日野がそれぞれ10%ずつ出資して新会社「コマーシャル・ジャパン・パートナーシップ・テクノロジーズ」を設立。トヨタグループの商用車部門を統括する中嶋裕樹氏が社長に就任した。また、トヨタといすゞは資本提携に合意。トヨタはいすゞに議決権比率で5・02%にあたる428億円を出資する。いすゞも市場買い付けでトヨタに同程度の金額を出資する。トヨタはいすゞの第5位株主となるなど、3社の間で資本関係が深まる。
3月24日、トヨタの豊田章男社長、いすゞの片山正則社長、日野の下義生社長が記者会見を開催。豊田社長は、「『ユーザー目線』で見ると、荷主の方々は、日野といすゞ両方のトラックを使われている。日野といすゞが一緒にやれば、日本の商用車の8割のお客さまと向き合い、その現実を知ることができる」と述べた。
両社が保有し、これからも取得していく商用車の走行データを共有することで、最適な輸送経路の提案など、物流効率化につなげるサービスを提供できる見通しだ。また、両社のトラックを併用している物流会社にとっては、トラックの運行管理を一元化し、これまでよりも効率的に行うことにもつながる。
国内商用車メーカーは4社。国内シェアはいすゞと日野が1、2位で、今回の提携で強者連合が誕生する。また、日産ディーゼル工業が源流のUDトラックスは、スウェーデンのボルボ・グループに入ったが、ボルボといすゞの戦略的提携に伴い、いすゞが買収。連合に入らないのは、商用車世界最大手の独ダイムラーの子会社、三菱ふそうトラック・バスだけになる。
いすゞの片山社長は、「志が同じであれば常にオープンだ。他のパートナーも募る」としており、商用車のオールジャパン体制が構築される可能性も否定できない。
CASE革命が起こすトラック・バスの変化
豊田社長は、「同じグループ企業でも、ダイハツ工業とは、『乗用車』という共通点があり、クルマづくりにおいて相乗効果を生み出しやすい。これに対して、『商用車』は日野独自の事業であり、乗用車を基本とするトヨタのクルマづくりとの関連性を見いだすことがなかなかできなかった」と振り返った。そして、「しかし、CASE革命によって、状況は一気に変わった」と、今回の提携を後押しした背景を語った。
CASEとは、「インターネットでつながるコネクテッドッカー(C)」、「自動運転(A)」、「シェアリング・サービス(S)」、「電動化(E)」の頭文字を取ったもので、自動車の在り方を大きく変える可能性を秘めた次世代技術のことだ。
CASEが語られるのは、乗用車に関してが多いが、商用車にとっても急速な変化は避けられない。物流の効率化には、それぞれのトラックなどに搭載された情報通信機器を通して集められるデータが不可欠で、コネクテッドカーの技術が重要。それがサービスによる収益化にもつながっている。
自動運転は、決められたルートを通ることが多いトラックやバスに関しては、乗用車と比較すると導入へのハードルが低いとみられる。慢性的な人手不足という背景もあり、早期実現の必要性は増している。
また、菅政権が打ち出した「脱炭素」方針を受け、電動化の取り組みが待ったなしとなっていることが、今回の提携を後押しした。
政府は20年秋、50年までに二酸化炭素の排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」を目指すと宣言。その工程表であるグリーン成長戦略では、「遅くとも30年代半ばまでに、新車の乗用車販売で電動車100%を実現する」との目標を掲げた。商用車に関しても今夏までに検討を進める方針だが、乗用車に準じた目標が設定される見通しだ。商用車メーカーは重大な局面を迎えつつある。
トヨタ、いすゞ、日野連合結成を後押ししたカーボンニュートラル
商用車も二酸化炭素排出量の削減が求められるが、重い車両に大量の荷物を積んで走るトラックでは、EV化のコストが大きい。電池の価格が乗用車よりも高く、車両価格を圧迫するからだ。コストを抑えるには、大量生産で規模のメリットを出すのが早道で、商用車メーカーを集結させる意義は大きいとみられる。
トヨタは、FCVの技術を商用車で普及させることを視野に入れているようだ。豊田社長は会見で、「特に電動車は、インフラとセットでなければ普及が難しいということをFCV『MIRAI(ミライ)』の導入で実感いたしました」と話した。
トヨタのFCV技術を活用し、中・小型トラックでいすゞとの共同開発など、3社は新型の電動商用車づくりにも取り組む方針だ。いすゞはボルボと、日野も独フォルクスワーゲン傘下のトレイトンと組んでいるが、対象はいずれも大型トラックの分野。中・小型はトヨタが持つ乗用車のFCV技術が活用しやすい。
豊田社長は会見で、日本の貨物輸送の9割はトラックが担うとの統計を示した。自動車全体に占める商用車の割合は台数では2割だが、走行距離では4割、二酸化炭素排出量では半分を占めるとして、脱炭素における商用車の電動化の重要性を強調した。
豊田社長は、日本自動車工業会会長としての昨年12月のオンライン会見で、「(自動車メーカーの)ビジネスモデルが崩壊してしまう」と、拙速な脱炭素に懸念を示すなど、業界のリーダーとして積極的に要望を伝えてきた。商用車の8割を占め、乗用車首位のトヨタも加わる連合の意見は国も無視できないため、規制改革やインフラ整備を促進する仕組みづくりなどを国に働き掛ける豊田社長の発言力はさらに増しそうだ。
いすゞの片山社長は、今回の連携について、「従来の枠組みの中ではなかなか思いつかなかった」と話した。いすゞと日野はバスに関しては合弁会社で設計や生産を共同で行っているが、トラックでは激しく競い合う関係だからだ。
豊田社長が「カーボンニュートラルは自動車業界全体の課題だ。商用車の世界に誰かが入り込まなければ解決に向かわない」と話したように、〝巨人〟トヨタが子会社の日野と、そのライバルであるいすゞを結びつけ、異色の3社連合を形成した格好だ。
いすゞにとっては渡りに船の再提携
関係者が特に驚いたのは、一度は袂を分かったトヨタといすゞの連携だ。
両社は2006年に小型ディーゼルエンジンの開発などを目指して資本・業務提携し、トヨタはいすゞに6%弱を出資した。だが、目立った成果は上げられず、18年8月に資本関係を解消。フォルクスワーゲンの不祥事や世界的な環境規制の強化でディーゼルエンジンの需要が急速にしぼんだことも背景にありそうだ。
その一方で、「脱炭素への対応が課題としてのしかかってきた」(豊田社長)。子会社の日野単独では、急変する事業環境に対応できないという懸念が強まり、再提携に至ったというわけだ。いすゞの片山社長にとっても「渡りに船」で、「機会があればもう一度トヨタとやりたいと思っていた」と述べた。
トヨタを中心にみると、今回の連携は近年、同社が乗用車分野で進めてきた「仲間づくり」(豊田社長)を、商用車分野にも広げた格好だ。トヨタは傘下にダイハツを持ちながら、軽自動車分野で最大のライバルと言えるスズキとも提携。スバルとはスポーツカーを共同開発し、マツダとは米国で合弁工場を建設。相互出資も行い、各社と関係を深めてきた。EVに関しては各社が参加し、基本設計を共同で研究開発する会社を設立するなど、CASEを意識した取り組みを強化してきた。
世界の自動車業界をみても、1月には欧米フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)と仏グループPSA(旧プジョー・シトロエングループ)が経営統合し、「ステランティス」が誕生している。
そして商用車でも、いすゞがボルボと提携したのは20年10月。電動化など次世代技術への対応で協業するためだった。この提携の中でいすゞのUDトラックス買収が決まり、いすゞはホンダと、大型トラックのFCVの共同開発にも乗り出した。
また、日野は20年10月、中国のEV大手、比亜迪(BYD)と電動トラックを開発する合弁会社を中国に21年に立ち上げると発表。ダイムラーも20年11月、ボルボとFCトラックを開発・量産する合弁会社の設立で合意するなど、商用車業界でも合従連衡の動きが活発化している。
商用車大連合のリスクとは?
今回の商用車の〝大連合〟には、多くのメリットが期待される。しかし、以前のトヨタといすゞの連携のように、提携効果が思ったように出ないリスクもある。
例えば、トヨタといすゞが接近したことで、日野の株価は提携発表を織り込んでの取引が行われた3月25日に5・2%も下落した。トヨタグループの商用車部門であることの優位性が薄れるという懸念が強まったからだ。トヨタがライバルである2社をうまく仲立ちし、大連合で目覚ましい効果を上げられるかが問われそうだ。