経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

「お寺を地域の皆さんの日常生活の一部にしてほしい」―松本紹圭(僧侶)

松本紹圭イラスト

ゲストは、東京神谷町・光明寺僧侶の松本紹圭さん。本誌で「ひじりみち」を連載中です。お寺を地域に開く(つなぐ)活動や寺院経営塾「未来の住職塾」運営も手掛けています。心洗われる緑豊かな東京・光明寺境内で、お寺やお坊さんのあり方と、その役割について伺いました。聞き手&似顔絵=佐藤有美 構成=大澤義幸 photo=市川文雄(『経済界』2021年9月号より加筆・転載)

松本紹圭氏プロフィール

松本紹圭
(まつもと・しょうけい)1979年北海道生まれ。東京大学文学部哲学科卒業後、仏教界へ。2010年インド商科大学院でMBA取得。寺院経営塾「未来の住職塾」運営。朝の掃除会「テンプルモーニング」やネットラジオなど、お寺を地域に開く活動を行う。

お寺は生死の意味を問いよき習慣をつくる場所

佐藤 松本さんは東大卒で仏門に入られ、その後インドでMBAを取得されています。なぜお坊さんになられたのですか?

松本 理由のひとつは、お寺と地域の人々の距離をもっと近づけたかったからです。高校生の頃に地下鉄サリン事件があり、世の中にはコンビニの数ほどお寺があるのに、なぜオウム真理教を選ぶ人がいたのか。なぜ事件を起こしてしまったのか。それはお寺が地域の人々にとって、いかに生きるか、いかに死ぬかを問う場所になっていなかったからではないか、そう感じたのです。そういう仏教界をトランスフォームしたいという思いがありました。

佐藤 それが朝の掃除会(後述)やインターネットラジオ、インターネット寺院など、お寺を地域に開く、さまざまな新しい活動につながっているのですね。

松本 そうです。私は日本のお寺のフレームワークは「2層構造」だと考えています。1階は先祖教、お墓や葬式・法事など死者とかかわる場所。2階には仏道があり、生者の空間としていかに生き、死ぬかを考え、心を整える場所。宗教は教義を広めることが重視されますが、お寺の存在意義は別にあると考えています。

佐藤 え、そうなんですか?

松本 布教をビジネス的に言えば、シェアの拡大です。しかし、お釈迦様は、「私はいかだにすぎない」とおっしゃっていて、川を渡る、つまり悟りや気づきを得る助けになればいいと。お寺の存在意義は、人々が生きる意味を問い、生きる経験を得る舞台であること、そしてよき習慣の道場であることです。人々が健やかに生きて死んでいく、その人生に役立てれば十分。シェアの拡大だけを考えているとうまくいきません。

佐藤 なるほど。それがお寺のあり方だと。松本さんはお坊さん向けにも、お寺の経営や事業承継について教える「未来の住職塾」を運営されています。卒業生は700人超とか。その目的は?

松本 時代の変遷とともに、檀家制度というメンバーシップの維持が難しくなっています。お寺も世襲経営が増え、後継者問題が出てきました。そこで、私がMBA取得時に学んだエッセンスを含め伝えています。

佐藤 事業承継は企業にも重要な問題です。お坊さんも経営を学ぶ機会があるのはいいですね。私は神社仏閣に行くと心が癒されるので好きですが、誰の人生にも不可欠な、なくしてはならない場所ですね。

松本 お寺は日常の時間軸を変え、人がロングタームで物事を考える視座を提供できる場です。経営者はロングタームで物事を見るから先を考えて行動できる。ゆっくり考えたい時など活用してほしいですね。

佐藤 企業と連携した活動は何かされていますか?

松本 ご依頼を受け、社員との対話を通して社内をチューニングしています。一人一人の「声」に耳を傾けることで、部署や会社の雰囲気が分かります。会社では感情のスイッチを切っている人も、対話で感情が呼び戻されることもあります。人は建前と本音のギャップが大きいと病みやすくなる。会社にとって人は大切な経営資源ですから、経営者は社員の「声」に耳を傾けてほしいですね。

日本のお寺の文化を世界へ

佐藤 松本さんは東京・光明寺で、「テンプルモーニング」という朝の掃除会を催されていますね。

松本 月2回の開催で、20~50代の方たちが毎回10~20人集まります。朝7時半~8時半の時間帯で、15分お経を読み、20分掃除し、その後はおしゃべりをします。参加者は掃除を日々の習慣として取り入れたいという方が多いですね。

光明寺境内の「神谷町オープンテラスは地域の人々の憩いの場になっている。
光明寺境内の「神谷町オープンテラスは地域の人々の憩いの場になっている。

佐藤 著書の中で掃除を「動く瞑想」と表現されています。

松本 掃除は世界に誇れる日本のコンテンツです。日本のお寺は清潔ですし、街なかにごみも落ちていません。ただ、掃除はできれば避けたい家事で、アウトソースもできます。しかし、ここで掃除を瞑想ととらえると、自分自身の心を整えるという違った世界が生まれます。瞑想をアウトソースする人はいませんよね。この文化を世界に広めたいですね。

佐藤 掃除で周りを奇麗にするだけでなく、心身を整える習慣にするというのはいいですね。

松本 掃除は一人一人やり方やペースも違い、誰かがマウントを取ったり、逆に引け目を感じるものでもありません。新しい習慣を取り入れるのは難しくても、今までやってきたことへの向き合い方を変えるのはそう難しくありません。それが大きな転機になる可能性もあります。

佐藤 最後に、これからの社会でお坊さんに求められる役割とは?

松本 「リンクをつくる人になること」でしょうか。何かをするときに、この人と会えばいいという、その人になる。しなやかな人間関係をつくるための一助となれたらいいですね。

佐藤 お寺やお坊さんを身近な存在としてもっと頼るべきですね。本日はありがとうございました。

佐藤有美と松本紹圭
「私も掃除や断捨離を通して、心身を整えたいと思います」(佐藤)