金の卵発掘プロジェクト2020審査員特別賞受賞
エクセルを使った旧来の手法からいまだに脱却できていないシステムエンジニア(SE)の見積もり作成。これをSaaSによって効率化し、顧客満足度の向上とSEの働き方改革を実現しようと試みているのがエンジニアフォースの飯田佳明氏だ。取材・文=吉田 浩(『経済界』2021年9月号より加筆・転載)
飯田佳明・エンジニアフォースCEOプロフィール
アナログで効率が悪いエンジニアの見積もり作成
「灯台下暗し」――自分が所属する業界のことは何でも分かっているつもりでも、意外と気付かないことが多いものだ。飯田佳明氏が着眼したのはITシステム会社における見積もり作成。アナログなやり方が当たり前のように行われている現状を目の当たりにし、開発したのがITエンジニアのための見積もり作成支援ツール「Engineerforce」だ。
「目指しているのは見積もり作成のDX化です。ベンチマークを出すのはこれからですが、少なくとも平均で2~4週間かかっていた見積もり作成が、1日単位に短縮できると想定しています」と、飯田氏は語る。
ITシステム会社ともなれば、見積もり作成などとっくにデジタル化されて簡易になっているイメージを抱く人も多いだろう。だが、営業マン向けの見積もり作成ツールは世の中に数多あるものの、その前段階となるエンジニアの作業現場は昔ながらのやり方からいまだに脱却できていない。
多くのシステム会社では、顧客ニーズに合わせるためにどんな機能が必要か、開発にどのくらいの工数を掛ければよいか、といった情報についてエンジニアが過去のデータをエクセルなどで保有している。過去の類似案件を参照しながら、それらのデータをつぎはぎしながら見積もり作成を行っているのが実情。見積もり作成の効率化は「IT業界の永遠の課題」という声もあるほどだ。
「エンジニアの立場からすると、見積もり依頼が営業担当からたくさん来ても、そもそもサーバーのどこに類似案件の見積もりがあるのか分からないようなことが多い。見つけたとしてもエクセル画面を何十個も開いて作業しなければならないため、作業負荷が非常に高いんです」
そうして苦労して作成した見積もりも、受注に至らなければ多くの場合無駄になる。他のエンジニアと共有されることなく、エンジニア個人が所有するPCのごみ箱行きとなってしまうこともある。
そこで、飯田氏が考えたのが、クラウド上に見積もりを作成し、データベースとしてチーム内で共有できるようにすることだ。Engineerforceを使えば、技術的なキーワードを画面に入力するだけで、以前作った見積もりを簡単に引き出すことができる。
想定した工数が妥当かどうか判別しにくいケースでも、AIによって過去のデータから適正化を図れるという。見積もりと実績が大きく乖離した場合は、実際の開発にかかった工数を入力することで次回に反映させることも可能だ。
見積もり作成効率化は世界中のシステム会社の課題
飯田氏はもともとエンジニア出身ではなく、IT企業の営業職としてキャリアを積んできた。国内企業を経てフィンランド系のシステム会社に転職。そこで驚いたのが、IT先進国であるフィンランドの企業でも、エンジニアの見積もり作成だけは日本企業にいたときと同様に、エクセルによるアナログな作業フローで行っていたことだ。
「てっきり最先端ツールを使って見積もり作成を行っていると思っていたので、強い違和感を覚えました。その後、国内外のシステム会社にヒヤリングすると、工数を管理する見積もり作成ツールはなく、どこの会社もエクセルで作業していることが分かりました。『この方法以外に何があるの?』という反応でしたね。それで、見積もり作成の作業フローは、世界中どこでも同じだと気付いたんです」
営業担当としては、少しでも受注の可能性があれば顧客に見積もりを提出したい。一方、エンジニアにとってメインの仕事はあくまで開発業務で、見積もり作成は隙間時間に片手間で行うことが多く、はっきり言えば面倒な作業だ。飯田氏もエンジニアから見積もりが出てくるのが遅いという理由で、顧客を待たせてしまうのが当時の悩みの種だったという。
事業の種を見つけた飯田氏は、敏腕エンジニアを口説いて2020年に独立。知り合い経由でシステムエンジニアやAI技術者を集め開発をスタートした。現在は東証一部企業から従業員10人以下の中小企業まで約160社に試験導入を実施。企業からフィードバックをもらい、製品のブラッシュアップに取り組んでいる。
「試験導入していただいている企業の多くから、『見積もりを改善するという着想自体がなかった』という声をいただいています。エンジニアや経営者は、見積もりを出した後、プロジェクトがきちんと工数に収まっているかどうかという点ばかりを気にするものですが、前段階の見積もりから改善するという発想が今までなかったんです」
改善を重ねて正式リリースへ
クラウドツールに対する人々の抵抗感がなくなってきたのも追い風になっているという。クラウド型のプロジェクト管理ツールの中には、予実管理機能を一部組み込んだものも既に存在する。だが、「見積もり作成を中心に置いたツールはこれまでなかった」と、飯田氏は説明する。
試験導入の結果、顧客からは「さまざまなプロジェクト管理ツールと連携するために手入力できる項目を増やしてほしい」「実績を振り返るための資料を作成できる機能を入れてほしい」といった細かな要望が出始めている。こうした声に対応しつつ改善を重ね、7月末には正式リリースにこぎ着けた。
新たなツール導入に際しては、大企業になればなるほど壁が高いのは否めない。部署ごとに違う手法でデータを管理しているのみならず、部署間でのデータ共有すらままならないというのはよくある話だ。導入にあたっては、これまで蓄積してきた膨大なエクセルデータを集約する作業も行う必要がある。しかし、誰も手を付けてこなかった領域だからこそ、改善に成功すれば劇的な効果が期待できるだろう。
「今はシードラウンドで資金調達の段階ですが、5年から10年以内にIPOを目指したいと思います」と展望を語る飯田氏。グローバルな潜在市場がある領域だけに、成長の余地は大きい。