世界経済に大きな影響を与える自動車販売台数が、低迷を抜け出せない。新型コロナウイルスによる急激な減少から徐々に回復しているが、世界的な半導体不足により各社は減産。中国市場などは一時的に力強い回復を見せたが、息切れが目立つ。業界の先行きは厳しい。文=ジャーナリスト/立町次男(『経済界』2021年11月号より加筆・転載)
半導体不足で自動車メーカーが相次ぎ減産
日本自動車販売協会連合会と全国軽自動車協会連合会がまとめた今年1~6月の国内の新車販売台数は、前年同期11・6%増の約246万4586台だった。初めての緊急事態宣言が出された昨年からは一定の回復基調となったが、2年前からは依然、1割も低い水準だ。
7月は前年同月比4・8%減の37万7448台と、10カ月ぶりに前年同月を下回り、8月は、2・1%減の31万9697台で、2カ月連続で前年同月を下回った。コロナ禍前の19年の8月と比べると、17%超減少したことになる。
販売低迷の最大の要因は、半導体不足だ。先進安全機能の搭載などに伴い、クルマの電子制御化は進展の一途。ハイブリッド車や電気自動車など、パワートレイン(駆動系)の電動化も進み、1台当たり数十個、多い場合には100個以上の電子制御ユニット(ECU)が搭載されている。この中に多くの半導体が組み込まれており、半導体無しでは自動車を作ることはできない。
半導体不足の契機は、新型コロナの感染拡大で、自動車の需要が世界的に落ち込む見通しとなったことだ。半導体はスマートフォンをはじめ、さまざまな電子機器に使われるだけに、メーカーは自動車向けを減らし、別の半導体製品に切り替えた。しかし、世界最大の規模を誇る中国の自動車市場がいち早く回復し始め、半導体の需給は急速に逼迫した。
今年2月には、サムスン電子、NXPセミコンダクターズ、インフィニオン・テクノロジーズといった半導体企業の自動車向け製品を作る工場が建ち並ぶ米テキサス州に大寒波が到来。停電や工場閉鎖などで生産に大きな影響が出た。さらに3月、追い打ちをかけるように、日本の半導体メーカー、ルネサスエレクトロニクスの主力工場である那珂工場(茨城県ひたちなか市)で火災が発生し、自動車向け半導体の出荷量が減少した。ルネサスは東日本大震災でも被災し、国内の自動車生産に大きな影響を与えた経緯がある。
半導体不足を受け、国内では特に、利幅の小さい軽自動車生産にしわ寄せが行ったようだ。スズキは8、9月に国内工場の稼働を一時停止。マツダも8月下旬に広島県の本社工場などを停止した。SUBARU(スバル)も9月上旬に国内生産拠点の稼働を一時停止すると発表した。
EV重視の中国でも半導体不足が深刻化
1~6月は、世界での販売も、前年からは大きく回復した。だが、コロナ禍前の19年と比べると5~6%、低い水準にとどまったようだ。中国は欧米が苦しんでいる間にコロナ感染をある程度収束させたため、自動車市場の回復を見込んで半導体を早めに確保していたとみられる。中国は政府主導で電気自動車(EV)を含む「新エネルギー車」の普及を進め、次世代車に関する産業振興を進めている。
その追い風を受け、足元で目立っているのが上海汽車や長城汽車の小型EVだ。上海汽車グループからは、日本円で約50万円の格安EVも登場。6月の販売台数は、米テスラを上回ったという。
しかし、需要が大きくても、十分に半導体が供給されなければ、自動車を生産できない。半導体不足が長引き、中国市場もその影響を受け始めたようだ。業界団体のまとめによると5~7月の新車販売台数(中国国内生産分、輸出含む)は前年同月を下回り、特に7月は11・9%減と大きく落ち込んだ。EVはエンジン車と比べて、半導体の搭載個数も多いため、EV重視の中国市場が今後、逆回転を始める懸念もある。
新型コロナに関しては、デルタ株の猛威も無視できない。特に東南アジアやインドではワクチン接種が遅れ、感染拡大が深刻化。インドネシアやマレーシアが成長市場と期待されてきただけでなく、タイなどは自動車の生産拠点として関連産業が集積しているが、ロックダウンなどの影響で、生産活動の停滞が続いている。インドも、販売店の休業などが続いている。コロナ禍と半導体不足が、ここ数年、成長が続いていた世界の自動車市場に大打撃を与えている状況だ。
日本車メーカーの前途は多難
当然、日本メーカーへの影響も甚大だ。コロナ禍の中、昨年の世界販売で、5年ぶりに首位に立ったのはトヨタだった。グループの販売台数(ダイハツ工業や日野自動車を含む)は1012万台。独フォルクスワーゲンや日産自動車・仏ルノー・三菱自動車連合は20%前後の減少となったが、トヨタは減少率を4%程度に抑えたことでトップになった。
地域では中国の販売が好調。車種では「RAV4」や「ハリアー」といったスポーツタイプ多目的車(SUV)が販売を牽引した。4~6月には米国で約69万台を販売し、ゼネラル・モーターズ(GM)を上回って全メーカーの中で販売実績が首位だった。GMの首位陥落は1999年以降の四半期ベースで初めてという。
しかし、前途は多難だ。東南アジアでの感染拡大により、ベトナムなどからの部品調達が滞る影響で、トヨタは9月の世界生産を4割減らす方針。それ以外にも、高岡工場(愛知県豊田市)や中国の広州工場でも一部減産を行った。米国などでトヨタ車が人気となり、在庫が減る中、減産リスクは高まっている。
ホンダも深刻だ。国内の1~6月のブランド別新車販売台数は、スズキやダイハツに抜かれ、4位に後退。相対的に半導体不足の影響がより深刻とみられ、減産幅が大きくなっていることが要因だ。主力小型車「フィット」も、思ったように販売を伸ばせていない。8月の米国での販売台数は、前年同月比15・6%減の11万4656台と、大きく落ち込んだ。
日産は7月下旬に2022年3月期の連結業績予想を修正し、3期ぶりの最終黒字になる見通しを公表。米国販売での収益性が改善したという。カルロス・ゴーン元会長の逮捕以降、続いていた混乱から抜け出し、業績回復に勢いをつけたいところだが、コロナ禍と半導体不足が懸念されるのは他の自動車大手と同じだ。また、車載電池に使うレアメタル(希少金属)の高騰も痛手で、日産にとって1850億円のコスト増につながる影響があるという。
コスト増が影響する次世代車への投資
このように、自動車各社が国内外での販売で苦しむ中、米国のバイデン大統領は8月5日、米国の新車販売に占めるEVなど電動車の比率を30年に50%に引き上げる大統領令に署名した。トヨタなど日本勢が得意とするハイブリッド車は含めず、就任前からの持論でもあった脱炭素強化への姿勢を一層鮮明にした。
もともとEV需要が大きい中国に続き、カリフォルニア州など一部地域以外は環境性能がそれほど求められてこなかった米国でも、脱炭素に向けて大きく舵が切られた。政治状況によっては将来、変わる可能性もあるが、少なくとも当面は、各社は脱炭素を強力に推進する必要性に迫られるということだ。
EVの価格や性能は搭載する電池に大きく左右され、1台当たりの利幅は小さくなる可能性が高い。また、日本メーカーはトヨタを中心に、系列部品メーカーの協力でコスト削減や競争力向上を進めてきたが、EVシフトが本格化すれば、エンジン関連や変速機(トランスミッション)などの部品は使われなくなり、ケイレツの〝解体〟が現実味を増す。EVシフトの中で、日本企業の強みを維持できるかは不透明だ。
大統領選でのバイデン氏の当選を受け、日本政府も、二酸化炭素など温室効果ガスの排出を全体として実質ゼロにする「カーボンニュートラル」を50年に達成するとの方針を打ち出した。これを受け、トヨタの豊田章男社長は、日本自動車工業会会長としての会見で、「自動車メーカーのビジネスモデルが崩壊してしまう」と懸念を表明した。
本来なら自動車メーカーは既存のビジネスで最大限稼ぎ、電動化や自動運転など次世代技術への投資に回していくべき重要な時期と言える。しかし、現状では各社は減産や都市封鎖による販売減、原材料高がもたらすコスト増に苦しんでいる。ホンダの倉石誠司副社長は、「新型コロナや半導体不足で販売台数を変更したが、その影響は更なる販管費の抑制やコストダウンなどで吸収する」と強調した。
生き残りを懸けた自動車業界の競争は、コロナ禍や半導体不足という予期せぬ要因が絡み、複雑さを増している。日本メーカーの得意技であるコスト削減などで収益性を維持するとともに、他社との連携や政府への働き掛けを含めた総合力で苦境を打開できるかが問われている。