【連載】ナレッジ経営の本質(第1回)
any株式会社の提供する「Qast(キャスト)」は、延べ4000社に導入されているナレッジ経営クラウドです。代表の吉田自身が、会社員時代にナレッジ共有不足で、時間のロスを経験したことから始まったサービスで、シンプルなUIと充実のサポート体制から、現在利用社数も4,000社を超えるなど、非常に成長しているスタートアップです。
コロナ禍において、企業のテレワークの増加や、人材流動性の高まりもあり、企業は属人化した情報をいかに社内にストックし経営資源として活かしていくのかが、経営の課題と考えられつつあります。
そこで企業の管理職以上の方向けに、「ナレッジ活用」を軸にした組織作りについて、CKO(Chief Knowledge Officer)として活動する代表の吉田が解説します。
吉田和史・any代表取締役/CKOプロフィール
「知識の属人化」とは
そもそも属人化とは、社内の業務において特定の社員のみが業務手順や進め方を把握しており、代替が効かない状態を指しています。
そして「知識の属人化」とは、文字通り知識が特定の社員のみに集約されており、他の社員には開示されずブラックボックス化されている状態です。
皆さんの社内でも「製品Aの技術仕様は◯◯さんしか知らない」、「業務が進まず困っていたら、後になって社内で既に解決できる人がいることを知った」という経験はないでしょうか?
特に社歴が長いベテラン社員ほど、業務スキルが高まると同時に知識の属人化が進行しやすくなります。
これまでの終身雇用を前提とした社会では、属人化は必ずしも悪ではありませんでした。
その人にしかできない業務は個の成長を促すと共に、属人化するベテランが企業に居続けることで競争優位の源泉となっていたためです。
しかし年間300万人が転職する人材流動性の高い昨今において属人化が加速してしまうと、いざベテランが離職した際に企業としての知識は失われ、常に車輪の再発明を迫られることになります。
これは生産性の観点から回避すべき課題であると同時に、企業として競争優位の源泉が失われることにもつながります。
「今」は滞りなく回っている業務の歯車は、「将来」を見据えると想像以上に脆く、優位性が失われるリスクを孕んでいるのです。
さらに、テレワークの導入によって、知識の属人化に拍車がかかっています。
これまではオフィス内での気軽なコミュニケーションによって、個に蓄積されている暗黙知を形式知化することが自然発生的に行われていました。
テレワークになると、ルール化された報連相やWeb会議によって最低限業務を進めるためのコミュニケーション手段は構築されつつありますが、知識を言語化していくこと、属人化を防ぐためのコミュニケーションは二の次、三の次に追いやられる傾向にあります。
企業が抱える最大のリスクとは
知識が属人化することによって企業が抱える最大のリスクとは、「変化に対応できなくなること」です。
高度経済成長期の終焉と共に、企業はさまざまな外的要因や内的要因によって、常に変化を伴うことが不可避となってきました。
予期せぬ自然災害や経済ショック、今回の新型コロナウィルスによる感染症の拡大といった出来事の最中でも事業を存続させ、且つ組織を成長させていくためには、変化に柔軟に対応していく力が求められます。
企業が変化に柔軟に対応していくためには、知識を組織全体の経営資源として蓄積し、活用できる状態にしておくことが必要です。
属人化している状態で知識が蓄積されるのは常に個人です。その個人が何らかの理由で企業を離れざるを得なくなった場合、これまでと同じように業務を進めることは困難になり、別の人がゼロからキャッチアップを行う必要があります。
常に車輪の再発明を行っている状態では、変化に対応する余力がありません。
未曾有の危機に備える意味では、資金的な余力を残しておくことも当然必要になりますが、今はある事が前提の「知識」が将来的に失われるリスクがあることを理解し、備えておく必要があります。
「知識の属人化」を防ぐ3つのステップ
では具体的に何をしていけばいいのか、3つのステップで解説していきます。
1.知識データベースの構築
まずは知識を組織の経営資源として一箇所に蓄積するための「箱」を用意する必要があります。
既存の社内システムで知識データベースを構築することも選択肢としては挙がると思いますが、理想的な姿を実現するために必要な機能は備わっているのか、利用環境に依存しないのか等を掘り下げて検討していく必要があります。
知識データベースはうまく浸透する企業であればあるほど、日常的に利用するものであり、属人化に終止符を打つことができ、企業にとって経営資源となりうるポテンシャルを秘めています。
そのシステムが例えば特定のデバイスでしか利用できない、操作性が複雑でユーザビリティが悪い箱では、属人化を防ぐための取り組み自体が失敗に終わりかねません。
具体的な選定ポイントとしては、
・インターフェイスのシンプルさ(共有と検索までの導線の少なさ)
・大量に蓄積されたデータをいかにスピーディに検索できるか
・知識を共有するための仕掛け作りが可能か
・職場環境に適した利用が可能か(スマホ/タブレット/PC、OS環境)
等です。
これらを意識して、自社にとって最適な知識データベースを構築していきましょう。
2.誰が、どんな知識を持っているかを可視化
データベースが構築された後にやるべきは、誰が、どんな知識を持っているのかをデータベース上で可視化することです。
知識が属人化するのは回避すべきですが、一方で組織内の誰もが全ての業務の同じ知識量をもつ必要はありません。
業務が滞った時、困った時に「◯◯さんに聞いてみよう」の◯◯さんが容易に想像できる世界観を構築することが、あるべき姿です。
知識が属人化している時点からこれを実現するには、従業員自らの得意な領域、業務内容、過去の職歴を含めて発信してもらうことが必要です。
いきなり持っている知識を共有してもらうことから始めるのではなく、まずは「何に詳しいのか」、「どんな知識を持っているのか」を可視化することで、
最適な質問相手が見つかる→組織内で専門知識を持っている人に質問する→専門家の知識を引き出せる→組織的に知識が蓄積される→他の人が検索して活用できる状態を構築、という一連の好循環を回していくことが可能になります。
属人化している状態からいきなり知識を共有してもらうことからスタートすることによる失敗は、これまでのナレッジマネジメントの歴史で証明されてきました。
そのため、誰が、どんな知識を持っているか可視化することが重要です。
3.ナレッジ共有の文化形成
知識(ナレッジ)の共有は、常に多忙な現場を考えると、容易な取組みではありません。
経営層がナレッジ共有の重要性を理解し、社内プロジェクトを発足させたとしても、実際に共有してもらう必要があるのは現場のメンバーであり、ベテラン社員です。
取組みの目的と背景、理想的な姿を明確に伝えるのはもちろん、知識は共有することが当たり前である組織文化を形成しなければなりません。
知識を共有することが当たり前である組織文化を形成するには、まずは心理的安全性を保つ必要があります。
「自分のメモを他者に見られるのが恥ずかしい」「間違っているかもしれない」「受け入れられないかもしれない」という心理的障壁をまずは開放し、受け入れる文化を形成します。
ナレッジ共有を始める組織の心得として、例えば以下のものが挙げられます。
・利他的精神を持つ
・他者との違いを受け入れる
・お互いを称賛する
・多様性を発揮する
これらを企業独自の言葉に置き換え、共有し、オープンで利他的な文化が根付くことで初めて、属人化を防ぐためのナレッジ共有が組織に浸透するでしょう。
ナレッジが循環することで強い組織に
今回は、リモートワークが一般化しつつある時代での組織づくりにおいて欠点となる属人化について、なぜ起こるのかや、対策方法などについてお話ししました。社会の変化が大きいこの時代においては、人材の流動性が高まるのは必然の話です。属人化によって変化に対応出来なくなるリスクは、少しでも排除しておくことで健全な企業運営が可能になります。
そのためには、経営者やマネージャークラスの意識改革が第一歩になります。良質なナレッジが循環する組織は、リスクに対する強さだけでなく、個々社員の力を強くする近道にもなります。ぜひ、3つのステップに沿って体制を整え、「将来」を見据えた組織づくりをしてみてはいかがでしょうか。