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自分の人生の手綱を握る キャリアオーナーシップを大切に 田中若菜 リンクトイン

田中若菜 リンクトイン

2023年4月、ビジネスSNS「リンクトイン」の日本法人代表に就任した田中若菜氏。米国の大学を卒業して以来、5つ以上の企業を経て今に至る。数多くの「入社1年目」で何を心掛けてきたのか。そして、キャリア構築を支援するツールでもあるリンクトインの代表として、新社会人へ贈る言葉を聞いた。聞き手=和田一樹 Photo=小野さやか(雑誌『経済界』2025年5月号「社長が語る入社1年目の教科書」特集より)

田中若菜 リンクトイン日本代表のプロフィール

田中若菜 リンクトイン
田中若菜 リンクトイン日本代表
たなか・わかな 米国ジョージタウン大学を卒業後、1997年アーサー・ディ・リトル入社。ハーバード・ビジネススクールでMBA取得後、ロレアル、ユニリーバでマーケティング、ブランドマネジメントに携わる。その後グラクソ・スミスクラインを経て、グーグルに入社し企業のDXを支援。同社日本法人の執行役員を経て、2023年3月リンクトイン日本代表に就任。

話を聞く側に回り、発揮できるバリューを探す

―― 2023年にグーグルから転職してリンクトイン日本法人の代表に就任しました。入社1年目であり社長1年目でもあった1年間はいかがでしたか。

田中 グローバルでは名刺交換や採用、リスキリングなどのあらゆるビジネスシーンでリンクトインはなくてはならない存在になっています。一方、比較すると日本は浸透度にまだまだ伸びしろがありました。

 この役職に就いたとき、まず優先したのは、リンクトインの各ビジネス部門に日本独自の雇用文化を理解してもらうことです。例えば、終身雇用といった伝統的な雇用慣行など、日本市場の特性をグローバルの同僚に正しく伝えることを最初の課題としました。

 多くの対話を重ね、継続的にコミュニケーションを図ってきた結果、現在では日本がリンクトインにとって重要な市場の一つとなり、ここで働くプロフェッショナルや企業のニーズを優先的に支援するようになっています。これが、私の就任初年度に取り組んだ最大のチャレンジでした。

 その後は本社からの投資も徐々に増え、リンクトインの機能も日本に合わせた形でカスタマイズ・拡張したことも後押しとなり、日本での存在感も高まってきたと感じています。事業拡大に伴って日本法人の本社も東京ミッドタウン・タワーに移転しました。日本は労働市場の転換期にあってリンクトインが貢献できる領域が多く、ここからも意欲的に取り組んでいくつもりです。

―― 田中さんのキャリアを振り返ると、1997年にジョージタウン大学(米)を卒業し、アーサー・ディ・リトル(米)、ロレアル(仏)、ユニリーバ(英)、グラクソ・スミスクライン(英)、そしてグーグル(米)と、入社1年目がたくさんあります。どう過ごしてきましたか。

田中 1年目はできるだけ話を聞く側に回って謙虚に学びながら、その組織で自分が発揮できるバリューを探すことを心掛けてきました。また、当たり前に聞こえるかもしれませんが、環境が変わる前にはできる限りの準備をします。

 本を読んだり、リンクトインにもさまざまな分野の知識を動画で学習できるリンクトインラーニングがありますが、そうした動画で学んだり。この人は勉強してきている、基本的なことは分かっていると思ってもらえれば、早めに信頼を勝ち取ってプレゼンスを上げることにもつながると思い、その努力は惜しみませんでした。

 新しい職場というのは、ある意味で自分をリセットできるいい機会です。私も何人かロールモデルにしているリーダーがいますが、もし彼女たちだったらどんな服装、どんな挨拶、どんな振る舞いで初日を迎えるかをイメージして、それを取り入れてみたり、演じることで、目指す姿に近づいたり学べることもあると思っています。

怒られる日々の中で自分の強みを見いだす

田中若菜 リンクトイン
田中若菜 リンクトイン

―― キャリアの第一歩、アーサー・ディ・リトルでは、どんな新入社員だったのでしょうか。

田中 当時はワークライフバランスという言葉をあまり聞かない時代で、本当にがむしゃらに働きました。全てが新鮮で楽しくて、できるだけ吸収しようと必死でした。クライアントに提案書をまとめるタスクをこなす中で、私はスキルが全然足りなくてすごく苦しみながらも先輩方にご指導いただいたことが懐かしいです。

 怒られてばっかりでしたが、中には少し評価される部分もあり、そういう経験を重ねて自分の強みに気が付いた1年でもありました。 

 例えば、数字を使って分析モデルを作成するより、各業界のエキスパートに積極的にアプローチ・インタビューをしながら必要な知見を引き出すことは得意と気付いたり。3カ月単位でプロジェクトが変わっていくので、短期間で多くの学びを得られた職場でした。

―― 次々と異なる業界やテーマ、クライアントに向き合いながら短期間で成果を上げるための、最初のキャッチアップの極意のようなものはあるのでしょうか。

田中 まずはデータや関連する情報を頭に叩き込んで状況を理解し、課題解決に向けての仮説と自分なりのバリューの出し方の仮説を立てます。そしていろんな人の意見を聞き、検証しながら、仮説の修正を重ねていきます。始めの数日から数週間でこの仮説を立てて検証と修正を重ねることが、最終的なアウトプットの質を大きく左右すると思いました。クイックにキャッチアップすること、そして自分なりの貢献をすることは、その後のキャリアでも役に立っていると思っています。

 よく、経営者はFirst 90 days(最初の90日間)が重要だと言われますが、そこにも通ずるものがあります。初めの期間にリサーチとヒアリングをし、自分が貢献できるところの仮説と戦略を立てる。集められる情報には限りがありますから、仮説は間違っていてもいいのです。あとは日々修正をしていく。このサイクルを回す力はどんなビジネスでも重要なスキルだと思います。

―― いろいろな企業を渡り歩いた経験を踏まえて、新社会人にアドバイスを贈るとしたらどんな言葉を掛けますか。

田中 リンクトインは筑波大学の体育スポーツ局と協定を結んでキャリアをサポートする活動をしていたり、リンクトイン・スチューデントクラブといって、日本全国の学生とキャリアについて学び企業の皆さまとネットワークを築く取り組みをしていたりしますので、そうした今の学生たちとの接点があることも踏まえて考えてみました。お伝えしたいことは3点あります。

 まず、自分自身を理解すること。自分は何が好きで、何をしていると幸せで、何に貢献し、何を成し遂げたいのか。それを定期的に考えてみて欲しいです。自分のスキルの棚卸しもリンクトインを使って定期的にすることをお勧めします。

 2つ目はキャリアオーナーシップを大切にすること。自己理解に基づきながら、自分は社会にどんな価値を提供できるのか、どんな人生を歩んでいきたいのかを考える。しっかりと自分の人生の手綱を握る感覚を持ってほしいと思います。

 3つ目はグロースマインドセットを身に付けること。これから長い人生ですから、変化は必ず訪れます。その時、頭ごなしに拒否するのではなく、まずは受け入れ、それから対処を考える。きっと困難に打ちひしがれることもあるはずです。でも、柔軟性を持って向き合えば成長の糧に必ずできます。変化に対峙して成長しようと努力する過程を大事にしてほしいのです。

 今の学生たちは、ひとつの会社で40年間勤め上げる考えを持っている人は少ないのではないでしょうか。だからこそ、自己理解、キャリアオーナ―シップ、成長マインドセットは不可欠だと思います。

学びの仕組み化でキャリアに見通しを持つ

―― 社会人1年目、多くの人が何かの壁に直面すると思います。田中さんはどんなことに苦労しましたか。

田中 初めての社会人ということで、やっぱり怒られて傷つく部分もありました。そこから自分のレジリエンスを強くし、自分は学ぶためにここにいるんだから、全ての経験を学びとして次につなげよう! というマインドセットに持っていくまで1年ぐらいかかりました。

 もともと1社目にアーサー・ディ・リトルを選んだのは、短期間ながらもさまざまな業界を知ることができ、かつ新人でも経営者と直接お話ができる。初めてのビジネスの経験としても、社会を知る上でもすごく自分に役立つだろうと思ったからです。ただ、そうは言っても1年目はなかなか学びの仕組み化ができていなくて、手探り状態で取り組んでいました。だから空回りして的外れなこともすごく多かったんです。

―― 学びの仕組み化とはどんなことを指しますか。

田中 ビジネスの知識は、会計やロジスティクスなどのハードスキルと、コミュニケーションやロジカルシンキングなどのソフトスキルに分けられます。私はハードスキルの修得が追いつかない部分があって、その後のキャリアの中で追いかけて学ぶことも多々ありました。ですから、1年目にもう少し自分のスキルを俯瞰して、学校のカリキュラムのように学ぶ仕組みを意識してハードとソフトの両方をバランスよく学んでも良かったのかなと思います。

 こういう経験があるからこそ、今はリンクトインのサービスを通じてビジネスパーソンの学びの仕組み化を支援したい気持ちが強くあります。

―― 手探り状態でがむしゃらに努力した経験があったからこそ、その後の田中さんのキャリアが構成されたと思うことはありませんか。

田中 たしかに、少し非効率だったかも知れない頑張りが、今の自信につながっているのは事実です。あの時乗り越えた経験から得た自信や、あの上司に言われた言葉が今の自分の強みにつながっているとか、そういう実体験は何事にも代え難いですね。時代背景も変わっていますから単純に比較するのは難しいですが、今もう一度新人時代に戻っても同じことをするかもしれません。

 ただ、リンクトインの体系化されたキャリアデザインや学びの仕組みが素晴らしいことにも自信を持っています。新入社員の方に限らずどういうキャリアを築き、スキルを身に付けていけばいいのか悩む全てのビジネスパーソンに使っていただきたいことは添えておきます(笑)。