経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

ワーケーション幻想~当事者不在の地方事業政策―木下 斉

【連載】誰も言わない地方企業経営のリアル(第4回)

日本での新型コロナウイルスの感染が落ち着いてきた今、観光産業においても人の戻りを感じています。私は全国各地に出張していますが、新幹線、飛行機などの混雑率はコロナの影響が出始めた昨年初頭以来、最も人流を実感する状況にあります。このような中、コロナによって増加するという議論が出てきた「ワーケーション」を巡って、困った状況が起こっています。今回はこのワーケーションの問題に焦点を当てます。(文=木下 斉)

木下 斉氏のプロフィール

木下斉
(きのした・ひとし)エリア・イノベーション・アライアンス代表理事。1982年東京都生まれ。高校生時代からまちづくり事業に取り組み、2000年に全国商店街共同出資会社の社長就任。同年「IT革命」で新語流行語大賞を受賞。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業、一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。09年一般社団法人エリア・イノベーション・アライアンスを設立。全国各地の地域再生会社への出資、役員を務める。著書『まちづくり幻想』『稼ぐまちが地方を変える』『凡人のための地域再生入門』等。
全国各地の最新情報を配信するnote「狂犬の本音+」(https://note.com/shoutengai
音声で地域のリアルを伝えるvoicy「木下斉の今日はズバリいいますよ!」(https://voicy.jp/channel/2028

見切り発車のワーケーションが全国で供給過剰に

 ワーケーションとは、ワーク(仕事)とバケーション(休み)を組み合わせた造語です。リモートワークなどが可能になったことで、仕事と旅行をミックスして地方を訪れる人たちが増加するというロジックで、全国各地で観光振興策としてワーケーションを推進するところが近年出てきました。

 当然ながら行政が予算を付けているので協議会なども設立され、各地でワーケーションのモニターツアーなども企画されていますが、応募が全くなく困っているという声を多数聞くようになりました。もう年末も近づき、年度内に事業実績をつくらなくてはならない人たちが、体験してくれる人を探し回っているというわけです。

 もちろん地方に行ってリモートで仕事もしつつ、仕事が終わった後に遊べるのであれば素晴らしいことですが、一般的な企業群でまだそのような体制を整えているところは多くありません。そもそも職務中なのか、それとも職務外なのかという線引きがしづらいのが旅行形態です。労災はじめ労務管理のルール設計ができていない、また渡航・滞在に関連する経費負担率についても税制面でのルール設計が不明瞭で身動きが取れていないという企業がほとんどです。これは企業側だけでなく、政府や自治体など行政側でも幅広くルール設計しなければならないことです。

 しかしながらそういう実務的なことはあまり進まないまま、地方で予算を付けて「ワーケーションに来てください」と始めてしまうことで、行き詰まってしまっているわけです。しかもそれが1つ2つの自治体ではなく、全国各地で一斉に予算を付けて始めてしまったことで、供給過剰状態になってしまっているのです。

当事者のいないワーケーション議論は響かない

 もともと地方に行って、現地での仕事とリモートでの仕事をするスタイルを20年近く続けている私としては、昨今のリモートワーク議論の大きな違和感は、議論に参加している人たちの大半がリモートワークやワーケーションに類するライフスタイルではない、という点にあります。

 というのも、ワーケーション可能なクリエイティブ人材、もしくは経営層に近い人材のライフスタイルを無視しているケースが散見されるからです。ワーケーションを「需要側の視点」から考えるのではなく、「地元振興の視点」が強く意識された結果、地元の民宿や民泊施設や簡易的なホテル、中には古民家といった滞在自体が厳しい環境を対象にした滞在プランを打ち出すところがあります。

 しかしながら誰がそんなところに長期滞在したいと思うのでしょうか。落ち着いて仕事ができ、ちゃんとしたサービスも受けられる拠点でなければ、現状はハイクラス人材が中心となるワーケーション市場に適合できるはずはありません。なおかつ都市部でも快適な生活を求めてスペックの高い住宅で生活をしている人々をワーケーションに呼び込むのに、断熱すらまともにできておらず、木造で音も響くような環境で、さらには他の家族が滞在する古民家で「リモートワークしてもらう」などというのは狂気の沙汰です。

 このような問題が起きる原因は、先ほども申し上げた通り、昨今のリモートワーク議論に参加している人たちがそもそもリモートワークやワーケーションに類するライフスタイルではないことが挙げられます。公務員ですらワーケーション制度が設けられている政府および自治体がほぼない状況で、さらに地元の関係者も毎日職場に出社して働くスタイルなのに、そこで議論をしても、勘違いしたワーケーション論が展開されるのは当然です。しかし、それでは単なる地方によるワーケーションの押し売りに過ぎず、顧客は付きません。

 ワーケーション自治体協議会も発足していますが、誘致の前に、まずは加盟店自らがワーケーションの制度整備を進めるのが先でしょう。

大企業はすでにオフィス勤務に戻そうとしている

 このような中、ワーケーションへの風当たりが強まっています。政府が打ち出していた「テレワークなどによる出勤者の7割減」に対し、つい先日、経団連は「見直すべき」と提言しています。すでにオフィス勤務中心のワークスタイルに戻そうとしている大企業も存在しており、経団連は業界団体としてこのような答申を出すに至っているわけです。

 つまり、世の中はリモートワーク、ワーケーションをする層が拡大するというよりは、限られた人材が顧客となるニッチ市場のまま行くと見るのが現実的でしょう。ワーケーションをする人が増加し、あまねく地域に人が集まるというのは、現状とはほど遠い状況です。すでにワーケーションなどの議論が立ち上がる前から、地方で滞在環境とコワーキングスペースなどをいち早く整備し、独自に営業して需要を獲得している地域は良いでしょうが、ブームに乗っかろうとしている地域は厳しい状況が続くはずです。

妄想から脱却し、地方は真のワーケーションを

 この状況はかつての富裕層観光議論と近似しています。「世界の富裕層はお金を使ってくれる。だから富裕層を呼ぼう」という話をしているものの、その会議の出席者には世界的な富裕層と呼べる人は1人もいません。そこで「世界の富裕層像」を妄想し、皆であれこれと企画を考え、全て失敗するというケースが多々ありました。

 富裕層への営業は富裕層が行うのが原則でもあり、富裕層の連絡先や連絡の仕方すら知らない人たちではそんな企画を練ること自体が無理です。例えば、北海道・倶知安町(くっちゃんちょう)で1泊100万〜300万などのコンドミニアムを経営する人たちは、香港などをはじめとした海外の富裕層オーナーであったりします。つまり自分たちが求める滞在環境のイメージを描き、投資して施設をつくり、友人関係から営業を始めて、ビジネスとして成立させているのです。

 何事も営業から始めよ、はビジネスの基本です。供給者の論理に付き合ってくれるほど顧客は親切ではありません。ワーケーションも地域側のエゴでイメージを膨らませるのではなく、まずはワーケーションのようなライフスタイルで生きている人を中心にして、その人たちが具体的に求める環境を整備し、ワーケーションが可能な客層に営業を広げていくことが大切です。

 プロダクト・アウト型のワーケーションの成功は難しいものです。最低限のマーケット・イン型の企画立案、営業先回りのワーケーション事業へと転換する地域が増えることを心から願います。