【連載】ナレッジ経営の本質(第2回)
any株式会社の提供する「Qast(キャスト)」は、延べ4000社に導入されているナレッジ経営クラウドです。代表の吉田自身が、会社員時代にナレッジ共有不足で、時間のロスを経験したことから始まったサービスで、シンプルなUIと充実のサポート体制から、現在利用社数も4,000社を超えるなど、非常に成長しているスタートアップです。
コロナ禍において、企業のテレワークの増加や、人材流動性の高まりもあり、企業は属人化した情報をいかに社内にストックし経営資源として活かしていくのかが、経営の課題と考えられつつあります。
そこで企業の管理職以上の方向けに、「ナレッジ活用」を軸にした組織作りについて、CKO(Chief Knowledge Officer)として活動する代表の吉田が解説します。
吉田和史・any代表取締役/CKOプロフィール
部署を跨いだコミュニケーション活性化による効果
テレワークが必然となった昨今において、社内のコミュニケーション活性化は企業にとって不可避の課題となりました。
これまで当たり前のようにオフィスに出社し、顔を合わせて気軽にコミュニケーションを取れていた企業も、テレワークになると物理的なコミュニケーションに壁が生じてしまい、その状況を打破しようとさまざまなITツールが導入されています。
チャットツールやオンライン会議ツール等の導入によって、同じ部署やチーム内でのコミュニケーションはオンラインで代替されたでしょう。
一方で、部署を跨いだコミュニケーションはいかがでしょうか。
チャットツールやオンライン会議ツールでは偶発的なコミュニケーションは発生しづらく、知見を交換することによる新たなアイデア創出の場が失われた企業は多いはずです。
部署を跨いだコミュニケーションは、差し迫る自らの業務に対して、時に新たな気づきを与え、俯瞰的に物事を捉える絶好の機会となり得ます。
さらに、自部署内では解決できなかった業務課題や疑問の解消も、組織全体、すなわち他部署に目を向ければ解決できるケースが多く潜んでいます。
コロナ以前から企業課題として常に上位に位置していた部署間のコミュニケーションによる課題は、テレワークによってより顕著になり、組織力を向上するための大きな布石が失われています。
部署間のコミュニケーションが活性化しない理由
組織に浸透すれば効果の大きい部署間のコミュニケーションですが、理想を描くだけでは一筋縄ではいきません。
そもそも、構造的に部署を跨いだコミュニケーションは活性化しにくい理由があります。まずはその理由を紐解いていきましょう。
1. 心理的安全性の問題
部署を跨ぐということは、つまりコミュニケーションの対象範囲が広がるということです。
1対1のコミュニケーションでは、心理的安全性が保たれた状態ですが、複数の部署を横断し、対象者が増えれば増えるほど心理的安全性が低下するのは避けられない事実です。
対象者が増えると、「恥ずかしい」「正しいかわからない」「受け手がどんな人からわからない」等、能動的なコミュニケーションを阻んでしまう心理的な要因が顕在化されてしまいます。
逆説的には、対象人数が増えても心理的安全性が保たれる仕掛けや文化形成が必要です。
2. 求める情報粒度の違い
社内のコミュニケーションの中には、粒度として荒いもの(話の大枠と結論が掴めれば良いもの)、細かいもの(より細部の背景やプロセスを掴む必要があるもの)、いずれも存在します。
自部署内でのコミュニケーションや情報共有は、可能な限りリアルタイム且つ細かい粒度で行っていく必要がありますが、他部署にとってはその全てが必要となるわけではありません。
つまり、同じ部署内で求められるコミュニケーションと、異なる部署同士で求められるコミュニケーションは、同じ内容でも必要な粒度が異なるということです。
この違いを理解し、他部署に向けたコミュニケーションと自部署に向けたコミュニケーションを使い分けるための仕組みが必要です。
解決に向けたステップと好循環
では部署を跨いだコミュニケーションを活性化するには、どのようなステップを踏めば良いのか、整理していきましょう。
物理的なコミュニケーションの場を設定するのも一つの手段ではありますが、定常的に部署を跨いだコミュニケーションを活性化するには、仕組み作りが必要です。
1. フロー型の形式知をストック型にして、オープンな場で共有
自部署でのコミュニケーションは、同期的に行われることが多く、一つのトピックについて複数回のやりとりを行うことで結論にたどり着くことが大半です。
それらの情報は、言語化されており形式知とは言えますが、非同期で参加/閲覧したメンバーにとっては、本質を捉えるのに苦戦します。
そこで、フロー型の情報共有(コミュニケーション)を一つの網羅性の高いストック型の情報に変換し、それを他部署からでも閲覧できるオープンな場で共有することが第一歩です。
具体的には、全社的に利用している社内wikiやナレッジ共有ツールにフロー型の情報として蓄積していきましょう。
2. 形式知を能動的に閲覧し、他部署の動向を把握
オープンな場で共有することで、他部署の動向が把握できるようになります。
必ずしも全ての部署の情報を把握する必要はありませんが、まずは自らの業務に関連する部署(他部署で同職種、同じ事業部の他部署)のストック型の情報を取得していきましょう。
これまで気づかなかった意思決定の背景や、自分の業務にも活かせるナレッジが見つけられるはずです。
3. 「誰が何を知っているのか」のバックグラウンド情報を把握
2で他部署の動向、情報を取得すると共に、「誰が発信しているのか」にも目を向けましょう。
他部署で行われているコトだけでなく、ヒトに目を向けることで、組織の中で「誰が何に詳しいのか」、「発信者はどんな人物像なのか」がわかり、部署を跨いだコミュニケーション活性化につながります。
部署を跨いだコミュニケーションを活性化するには、コミュニケーションを取る相手の人となりがわかっていることが最初の心理的安全性を保つ一歩です。
4. 心理的安全性から部署間の新たなコミュニケーションが発生
部署横断的に「誰が何を知っているのか」、「人となり」がわかることで、これまで自部署内のみで行われていたような同期的でフロー型のコミュニケーションが部署の垣根を越えて発生します。
その新たなコミュニケーションが、まずはフロー型の形式知という道を辿ります。
5. 生まれた価値ある形式知をストック型にして再活用する
4で生まれた部署を跨いだコミュニケーションによる形式知を、1と同じプロセスでオープンな場でストック型に変換して共有しましょう。
それをまた別の部署のメンバーが閲覧し、発信者の人物像を理解することで、新たなコミュニケーションを生み出します。
このステップを繰り返すことで、以下のような好循環が組織内に生まれます。
生産性に寄与する質の高いコミュニケーションへ
部署を跨いだコミュニケーションと言っても、起点としてイメージする姿は人によって異なるはずです。
旧来の飲みニケーションや喫煙所での他愛のないコミュニケーションによって、有事の際に相互で手助けをしやすくするため、と捉える方もいるでしょう。
しかし、テレワークや多様な働き方を余儀なくされた昨今では、物理的な機会に頼らない新たな仕組み作りが必要です。
今回ご紹介した仕組み作りとしての5つのステップの重要なポイントを以下に整理します。
・「フロー型」→「ストック型」を促進するための仕組み作りを行うこと
意識しなければ、コミュニケーションの中で生まれるフロー型の形式知で完結してしまいます。部署間のコミュニケーション課題を解決するためには、ストック型に変換するヒト・プロセスを仕組み化することが必要です。
・「オープンなプラットフォームで管理すること」
生み出された形式知は、オープンな場所で共有されなければ、部署を跨いだコミュニケーション活性化に寄与することはありません。まずは場を提供し、能動的に発信できる環境を構築していきましょう。
・「形式知」が「作成した人」と紐付いていること
部署間のコミュニケーションを活性化するための重要なポイントは、「相手がどんな人なのか、何に詳しいのか」の人物像を理解することです。ストック型の情報発信をする際に、投稿者の人物像がわかる受け皿を用意しましょう。
組織の中で、誰が何に詳しいか、を組織全員が知っている状態のことをトランザクティブ・メモリーと呼びます。規模の大きい組織では、このトランザクティブ・メモリーは生産性向上に寄与します。
まとめ:部署を跨ぐコミュニケーションの目的は組織全体の生産性向上
部署を跨いだコミュニケーション活性化が行き着く先は、最終的に組織全体の生産性向上にあるべきです。
単なるコミュニケーションの促進だけでは、業務上は利用できない暗黙知となりやすく、組織全体の生産性向上にはつながりません。
コミュニケーションから発生するフロー型の情報をストック型のナレッジに変換し、且つ社内の誰が何に詳しいかを見える化することによって、部署を跨いだコミュニケーションそのものが組織全体の生産性向上へと寄与することに疑いの余地はありません。