2021年6月に改正された育児・介護休業法が、来年4月から段階的に施行される。改正の主なポイントは男性の産休制度や産休・育休の分割取得制度の導入だが、業務効率の低下を不安視する経営者も多い。そこで、自ら育休を取得した企業トップに、実際のところどうだったのか聞いてみた。(取材・文=吉田浩)
社長自ら一カ月の育休を取得
「イクメン」という言葉がやや古臭さを帯びるようになり、日本における男性の育児参加も以前よりは進んだ印象がある。だが、実態はまだ先進国の中でも最低レベル。職場での圧力や自身のキャリアへの不安などから、育休制度を利用することへの抵抗感が未だに大きい。多くの場合、割を食うのは相変わらず女性側で、出産後のキャリアと育児の両立は課題として残ったままだ。
そうした中、第一子が誕生したのを機に1カ月の休暇を取ったのがタイマーズCEOの田和晃一郎氏。同社は家族写真や動画を共有できるアプリ「Famm(ファム)」や、子育て中のママたちを対象としたスクール事業を展開している。
スクール事業は育休中の母親たちの多くから、キャリアと子育ての両立に悩んでいるという声を聞きスタートさせた。育児の合間にウェブデザインや動画編集などを学んで復帰後の仕事に活かしてもらうのが狙いだったが、そこで直面したのがスクール参加に対する配偶者の反対だ。夫が趣味などに没頭するのを阻止する「嫁ブロック」なる言葉があるが、子育てに関してはこの「夫ブロック」が想像以上に多かったという。
「男性側には依然として、パートナーには家事と育児に全力を注いでほしいという考えが多かったんです。でも男性による支援が浸透しないとなかなか女性活躍は広がりません。子育て中の女性に向けたソリューションを提供する会社として、男性が家事育児を当たり前に担って、夫婦2人でキャリアを築くモデルケースが必要だと感じました」と、田和氏は休暇を取得した理由を説明する。
「自分が育休を取ることで、経営者としては業務面や意思決定の面で上手く行くのか心配ではありました。権限委譲しても全て大丈夫とは言い切れなかったというのが正直なところです。でも、できないと言っていたら何も変わらないし、リスクが多少あっても許容しようと考えたんです」
女性の精神的・身体的負担を経験して感じたこと
タイマーズでは、21年1月から男性社員に対して1週間の育休取得を義務化し、できれば1カ月取るよう推奨する制度を導入。田和氏の場合は最初から1カ月取得することにした。
子どもが生まれる前から、家事は比較的自分で行うほうだったというが、育児は夫婦ともに初めての経験。そこで目の当たりにしたのは、出産後の女性が抱える想像以上の精神的、身体的な負担の大きさだった。
「育児経験がない不安もありますし、女性はホルモンバランスの変化による精神的負担も大きい。睡眠不足にもなりますし、これだけの負荷が掛け合わさっているのに良く生きていられるなと。正直なところ、夫婦間の協力がない家庭はどうやっているのか、と思いました」
頭では分かっていても、出産を経験しない男性に女性の辛さは体感できない。たとえば日中ずっと仕事に出ている夫が帰宅後、家が散らかっているのを非難したことで夫婦げんかに発展、といったありがちなケースも、男性自らワンオペの大変さを経験することで減るかもしれない。
育児についてはやはりハードルが高かったと田和氏は語る。夜の寝かしつけやミルクを担当したり、泣き止まない子どもを抱っこしたまま家の中を歩き回ったりと、子育ての実務を一通り経験した。かたや、パートナーの産後ケアにも気を遣った。そうして得た結論は「育休の義務化は1週間では到底足りない」だった。
「1カ月が終わって、女性がどれだけ大変なことに向き合っているのかが実感できました。それで21年12月からは1カ月の休暇取得を推奨ではなく義務にしたんです」
タイマーズでは、これまで育休を1カ月以上取った男性社員が4人。そのうち1人は3カ月取得した実績がある。復帰後は全員、パートナーへの感謝や、男性も育児家事を担う必要性を口にするようになった。それまでの働き方を見直す社員も増えた。
当たり前の話だが、子育ては数カ月単位で終わるものではない。子供の成長に伴い、それぞれの時期特有の課題としばらく向き合う必要がある。出産直後の短期間の休暇は、それらに向けた親のトレーニング期間とも言えるだろう。仮に家事・育児をアウトソースするにしても、どの部分を外注する必要があるのかの見極めなどは、自ら体験していないと判断が難しいのではないかと田和氏は言う。
「1カ月の育休でも、固定観念や無意識の偏見が取り払われるインパクトは大きい。私の場合はこれから慣らし保育などもあるので、パートナーが職場復帰するタイミングで、また追加の育休を取ることを考えています」と、考えを話す。
育児・家事と仕事を分けすぎる弊害も
育休の経験を経て、取得期間の延長以外にも改善できる部分が見えてきた。たとえば、社内で共有するカレンダーには仕事の予定以外にも「保育園視察」「沐浴の時間」など、子育てに関する具体的な内容を書き込めるようにした。小さなことではあるが、仕事と家庭を無理に切り分けないポリシーを社内に浸透させるには効果がありそうだ。
「自分が育児・家事と仕事のバランスを取ってやっていけると実感する中で、社員にとって仕事と家庭を両立させているのが当たり前のこととして社内で可視化できれば良いと思います。自分を含め役員陣が率先して行っていくことで、組織として向き合う部分を強化していこうと思います」
組織づくりに加えて、事業を通じて実現したいのは「社会の二項対立の解消」だと田和氏は言う。
「男性と女性、中央と地方、仕事と家庭など、2つに分けて整理してきた社会がこれからさまざまな場面でマージしていくと思います。なので二項対立を溶かしていく事業づくりや組織づくりを進めていきたい」
この先、在宅ワークがさらに定着すれば、仕事と家庭をきっちり分けるのはますます難しくなる。その部分を考慮したマネージメントや組織づくりによって、いかに生産性や社員の定着率を高めていくかが、あらゆる企業に求められるようになる。
子育てに関してもそうだ。家庭内の役割分担について「パートナーと合意形成しながら進めた」と、企業トップらしい表現で語る田和氏だが、全てをきっちり機械的に分けていたわけではないという。
「お互いが役割だけ決めて、自分のことだけきっちりやったらいいというやり方だとチームとしては弱い。役割をしっかりこなしつつも、連携したりサポートしたりできる組織作りが家庭内でも重要です」
家庭によって事情は異なるが、役割をしっかりこなさなければいけないプレッシャーで関係が悪化する夫婦の話はよく聞く。これも結局のところ、男と女の役割に関する二項対立の問題と言えるかもしれない。
育休をめぐり、企業と行政に求められる柔軟性
22年4月から施行される改正版の育児・介護休業法では、育休を2回に分割して取得したり、現在は禁止されている休業中の就業が労使協定の範囲内で認められたりするなど、ある程度柔軟性が高まっている。
とはいえ、たとえば育休中でも1日のうち数時間だけ働きたいといったニーズにはまだ応えきれていない。抜け道の阻止を考えると制度設計としては難しいところだが、育休取得者からはむしろそうした要求のほうが多そうだ。
田和氏の場合、もともと手掛けている事業が育休中の女性に近かったため、さまざまな課題に気付けた部分もある。企業経営者が率先して育休を取るケースは、日本ではまだ稀だ。企業も行政も取り組むべき課題が山積する中、実際に育休を経験した経営者の声は貴重だ。