経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

「時代の変化を流れでつかみエンタメ産業の今後を読む」―橋本義賢(ブシロード社長)

2007年創業のブシロードは、トレーディングカードゲームの制作・販売を中心事業とし、その後、IP(知的財産)をゲーム、アニメ、ライブエンターテインメントなど多面的にメディアミックスすることで成長を続けてきた。橋本義賢社長にエンタメの未来について聞いた。(『経済界』2022年3月号より加筆・転載)

橋本義賢・ブシロード社長プロフィール

橋本義賢・ブシロード社長
2007年創業のブシロードは、トレーディングカードゲームの制作・販売を中心事業とし、その後、IP(知的財産)をゲーム、アニメ、ライブエンターテインメントなど多面的にメディアミックスすることで成長を続けてきた。橋本義賢社長にエンタメの未来について聞いた。

エンタメの漠然とした未来予測が確かな現実に

―― エンターテインメントの未来は予想が難しそうです。

橋本 実体験の話をすると、今のように大人もアニメや漫画、ゲームを楽しむ状態を予想していました。私は1995年に大人向けのアニメゲームグッズメーカーであるコスパを現在のコスパ社長である松永(芳幸氏)と起業したのですが、今でこそ大人がアニメやゲームで遊ぶことの違和感はなくなりましたが、当時はまだ子ども向けのコンテンツだという認識が強かった。しかし、私はコスパの事業を通じて大人がアニメやゲームを楽しむ様子を目の当たりにしていました。

 90年代は、インターネットがまだ普及しておらず、一部の人はパソコン通信というインターネットの前身のようなサービスを楽しんでいた。彼らは90年代初頭の段階ですでにオンライン上でテキストによるコミュニケーションを行っており、その中に大人でもアニメやゲームを楽しむ人が一定数存在していました。私はそうした人々の生態を身近に感じ、こうしたライフスタイルは将来もっと一般化するだろうなと、未来の姿を予想していました。

 それから、当時いわゆるオタクと呼ばれていた人たちは、理系気質の人が多いのも特徴でした。ウィンドウズ95の発売によって、ビル・ゲイツが注目を集めていた時代でもありましたので、今後はそうした理系的な頭脳を持つ人が世の中で注目を集めるだろうなとも考えていました。

 これらは漠然とした直感でしたが、私が起業した95年、当社会長の木谷(高明氏)もコスプレイベントや同人誌即売会を行うブロッコリーという会社を起業しており、われわれも一緒にイベントをやらせてもらいました。木谷も当時から私たちと同じような未来予想を持っていましたので、未来図のイメージは確信に近いものがありました。

 その後、オンライン上のコミュニケーションがどうなったかについては皆さんの知る通りで、インターネットが広く普及し、現在では各種SNSが当たり前に使用され膨大な量の情報がオンライン上でやり取りされています。理系人材の活躍という点でも、多くの理系企業家が登場し、スタートアップから大きく成長する企業を数多く生み出しました。

 未来予測をピンポイントで的中させるのは困難ですが、人々のライフスタイルなど時代の変化を流れでつかみ、それをもとにして未来の予想を立てることは可能です。

―― そうした未来予想は共感が得にくかったのではないですか。

橋本 95年のコスパ起業後に最初に手掛けたのはコスプレ衣装の製作ビジネスです。当時、コスチュームを商品化する会社はなく、コスプレはまだサブカルチャーど真ん中。今でこそそれなりに一般化しましたけど、当時はもう「え?コスプレのビジネス始めるの? IBMやめて?」という感じで、友人がどんどん離れていきましたね(笑)。

 市場も非常に厳しかった。全くマーケットがありませんでしたから、間尺に合わないようなことをたくさんやっていましたし、赤字になってしまうことも度々ありました。それでも全く諦めなかった。そのくらい未来への確信は揺るぎのないものでした。

ベンチャーの戦いには未来予測が不可分

―― 未来予測は事業の戦略にも大きく関わります。

橋本 ビジネスにおいて、未来がどうなるかを予測し準備をすることで、マーケットでいいポジションを確保することは非常に重要です。ある程度市場が立ち上がってから、レッドオーシャンを覚悟で後乗りできるのは大手企業の戦い方です。われわれのようなベンチャーでゼロからスタートする会社は、まだ市場がないようなところや、今は停滞しているけど今後一気に伸びることが予想される領域へ入っていかなければ勝てません。未来予測が不可分というわけです。ブシロードは2019年にマザーズに上場し、今では社員が600人を超える規模にまで成長しましたが、今でもこうしたベンチャースピリットは抜けていないですね。

 われわれの戦い方のキーワードは、ミッションにも掲げている「新時代のエンターテインメント」です。これは、常に進化するライフスタイル、テクノロジーを先読みし、未来に適応するエンターテインメントを提供したいという意味を込めています。

―― 「新時代のエンターテインメント」とはどのようなものですか。

橋本 エンタメコンテンツを展開する際に、舞台や音楽イベントなどライブエンターテインメントを起点にコンテンツを立ち上げていく手法をいち早く取り入れました。

 15年1月に発表した「BanG Dream!(バンドリ!)」というプロジェクトでは、キャラクターの声を演じる声優が楽器を演奏してリアルのライブを行う音楽活動を起点とし、アニメやモバイルのオンラインゲーム、トレーディングカードゲームといったチャネルの垣根を超えてメディアミックスを展開することでファンを増やしていきました。結果的に、「バンドリ!」プロジェクトの売り上げは20年7月期に100億円を突破し、関連するマーケットなども含めると市場規模は300億円を超えています。

 ライブエンターテインメントは人間の五感に訴えることができ、コンテンツのファンを育てるのには非常に即効性のあるやり方です。しかもうまく仕掛ければ収益をつくりながらコンテンツの拡大ができるという利点もあり、われわれのような規模感の企業にとっては大きな要素です。われわれには大手のようにヒットしたコンテンツを一気に大きく展開するような真似はできません。そういった意味でも、ライブエンタメによる仕掛けは有力です。

BanG Dream!(バンドリ!)
BanG Dream!(バンドリ!)のアプリゲーム「バンドリ!ガールズバンドパーティ!」は全世界でユーザー数2千万人を突破している

―― ひとつのIP(知的財産)を複数のチャネルで展開していくのも特徴ですね。

橋本 本来IPというのは、今作って今発売する、そういうものではないと考えています。われわれはいったん市場に投入したIPは、5年、10年と運用していく腹積もりです。当社ではこれを「IPディベロッパー戦略」と位置付け、事業の根幹としています。IPディベロッパーには、3つの軸があります。1つ目は、自社でIPを生み出し成長させること。2つ目は、伸び悩んでいる他社IPを取得・提携することにより再び脚光を浴びさせること。3つ目は、他社IPのプロモーションのお手伝いをすることです。いずれにせよ、長期的な視点でIPを育てていくスタンスです。

―― IPを長く運用するとユーザーとの関係も密になりますね。

橋本 イベントで対面した際やSNSなどで常にユーザーとは対話をしています。もちろん非常に厳しいご意見もあるわけですが、ユーザーはわれわれを「運営さん」や「公式さん」と呼び、時にはわれわれの仕掛けに協力してくれます。

 90年代の実体験にあるように、エンターテインメントの未来を予想するヒントは間違いなく現場にあります。常に現場を見ながら、そうしたヒントを逃さず察知するように心掛けています。

未来のエンタメコンテンツはソーシャルに資する

―― これからのエンターテインメント産業をどう考えていますか。

橋本 エンターテインメントの未来を考える際に、コンテンツの受け手となる人々のメンタル面の変化は敏感に察知するべきだと思っています。現代社会は、さまざまな環境の変化で精神的に苦しくなってしまう人が増えている。専門的な治療を必要とするまで病んでしまうことはなくても、日々精神的に苦しいなと感じている人は多いのではないでしょうか。そういう状態の人を助けると言っては少しおこがましいですが、エンタメコンテンツでサポートするようなサービスは増えると思います。

 必ずしもエンターテインメント産業が社会性を強調するものでなければいけないとは思いませんが、エンタメとは言い換えるならば生きがいです。少なくとも人々の笑顔を増やす産業であることは確かで、ブシロードも人々の笑顔を作っていくことが使命だと思っています。

―― 橋本社長の夢は何ですか。

橋本 私が常に現場で見てきたものは、関わる皆さんの生き生きとした笑顔です。90年代のコスプレイベントの話ですが、それぞれお気に入りの作品がある人々が自分の好きなキャラクターに扮し、みんなで踊って騒ぐ。その場は同じ趣味同士の集まりだから、誰からも攻撃されることはありません。お金を出して参加しているお客さんなのにもかかわらず、皆さんすごく目を輝かせて、「楽しかったです」と感謝してくれました。

 まさに私にとっての原点です。ひょっとしたらうまく居場所を作れずに閉じてしまったかもしれない人生を開くきっかけになった。そう考えればエンタメはもっとソーシャルに資する可能性を持っているはずです。簡単ではないと思いますが、より社会性の高いエンタメコンテンツを作っていきたいと思っています。