ゲストは、再生可能エネルギー(以下、再エネ)で電力小売事業を行うUPDATERの大石英司さん。2020年にジャパンSDGsアワードで内閣総理大臣賞を受賞するなど話題の会社です。「『顔の見える』を新たな価値として社会に広げていきたい」と話す大石さんの原点を探ります。聞き手&似顔絵=佐藤有美 構成=大澤義幸 photo=市川文雄(『経済界』2022年4月号より加筆・転載)
大石英司氏プロフィール
電力という富の分配と貧困解消が起業の原点
佐藤 一昨年の「ジャパンSDGsアワード」での内閣総理大臣賞受賞おめでとうございます。弊社主催の起業家アワード「金の卵発掘プロジェクト」に応募されたのが、みんな電力(UPDATER前身)起業後すぐの2012年。最終審査まで残り、手のひらサイズのソーラーパネルを持ってきて、「身の回りの電気くらい自分でつくろう」とプレゼンされていましたね。
大石 「金の卵」は起業家として初のプレゼンの場で緊張しました。でもZOZOの前澤さんやGMOの熊谷さん、サイバーの藤田さんなど著名な起業家の審査員からポジティブな意見を頂けて自信になりました。
佐藤 あれから10年たちましたが、電力事業に対する思いに変化は。
大石 何も変わりません。僕の原点にあるのは、「皆が自由に電力という富をつくり、好きな電力を選ぶ社会をつくりたい。独占されていた富が分散されれば貧困のない社会になる」という思いです。その実現に向け、今は主に再エネの電力小売事業を、ブロックチェーンの技術を使って電力生産者(発電所)の「顔の見える」形で展開しています。
佐藤 前職は凸版印刷とのことで、大企業を退職して異業種に参入することに怖さはなかったのですか。
大石 大企業に居続けるよりも、将来に向けて自分で動きたかったんです。とはいえ最初は営業先や金融機関から相手にされず、預金残高が561円という時期もありました。それでもイノベーションを起こすのは異業種出身の自分だと信じてやってきた。その後、建物の屋根に太陽光パネルを設置する仕事や、世田谷区の再エネ啓発事業で資金を貯え、ブロックチェーンの事業などに投資していきました。
佐藤 準備を整え、16年の電力小売全面自由化に伴い、二酸化炭素を排出しない太陽光・水力・風力などの再エネによる電力供給事業を開始した。SDGsや脱炭素の社会的機運の高まりもあり、設立10年で売り上げ130億円超。現在は600の発電所が、800の企業・団体、約7500世帯に電力を供給されているそうですね。ベンチャーにありがちな事業が形になったらバイアウトして、とは考えなかったのですか。
大石 会社を売ってしまえばいい、利益率の高い事業に投資すればいいとよく言われますし、苦しい時もありましたが、原点に立ち返ると会社を手放そうとは思いませんでした。
佐藤 そこが素晴らしい。思いを込めて立ち上げた会社は一生の誇りです。自分の子どもが一生子どもなのと同じ。たやすく手放せませんよね。
大石 共感してくれる有美社長こそ稀有な存在です(笑)。でも手放さなかったからこそ、こういうつながりが広がるのはうれしいですね。
「顔の見える」化で付加される新しい価値
佐藤 誰がどこでつくった電力かが分かる「顔の見える電力」も、つながりを意識したテーマですよね。
大石 仰るとおりです。コロナ禍はリモートワークなど新しい働き方と、一方で孤独や人間関係の断絶も生みました。僕らはコンセントの向こうのつながりにフォーカスした事業を展開しています。先を予測できない状況で企業を持続させるにはつながりが不可欠です。僕らはコロナ禍の飲食店に対し、国の休業手当よりも先に電気代を値下げしました。単に電気を売る人と使う人の関係であれば、電気代を払えなくなれば終わり。でも関係が継続すれば、いつか僕らを助けてくれるかもしれません。
佐藤 お互いさまですしね。
大石 また「顔の見える化」は新たな価値になります。例えば石炭と太陽光でできた電気のkWhは同じでも、太陽光の電気には二酸化炭素を減らす環境価値が付きます。荒地を整備し、ソーラーシェアリングで太陽光を使って有機農法で育てた農作物にも価値が付きます。これを電力だけでなく、衣食住すべてにおいて、誰がどこでどうつくっているのかを、ブロックチェーンの技術で明らかにしていきたい。僕は政府の掲げる新しい資本主義とは、「顔の見える資本主義」だと認識しています。
佐藤 類のない事業ですし、世界に出ましょう! 世界には水や電気などの基本的な生活インフラが未整備の国・地域があります。そこで電気をつくり、世界中の人たちがその地域の電力を選んで買うようになれば、皆頑張るし地域も活性化します。
大石 そうですね。逆に「顔の見える化」で、身の回りのものが違法な児童労働で希少金属を掘り起こすところからできていると分かれば、買う側も他のセーフティなところから買おうという判断もできます。「顔の見えない社会」ではなく、「顔の見える社会」にしていく。そのために今はさまざまな強みを持つ企業と提携し、価値を増幅させる取り組みを進めています。僕らが「顔の見える」プラットフォームとして、世の中にその技術を提供していきます。
佐藤 電力を超えた「顔の見える社会」はそこまで来ていますね。これからも期待しています。