経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

社内推進役「Business Director」が持つべき知識

【連載】「顧客創造の経営」―社内推進役「Business Director」が会社を変える(第3回)

第2回では、社内推進役「Business Director」の機能と役割についてお話しました。企業の顧客創造に責任を持ち、マーケティング支援と価値創造の組織マネジメントを行い、目標へ近づくための実行を推進することになりますが、今回は私の過去の失敗事例を元に持つべき知識について解説します。

会議の強化書
高橋輝行氏の著書『メンバーの頭を動かし顧客を創造する 会議の強化書』(あさ出版)

「あなたはうちの会社に何をしに来たのか?」と詰め寄る部門長

 あるエンタメ企業の経営再建プロジェクトに私を含む数名のチームが組成され、その企業の一員として3年間出向することになりました。私たちは、戦略や財務、マーケティングといった経営に関する知識はある程度持っていましたが、その企業の業界やビジネスについては全くの素人で、また役員や従業員が何をしているのか知りませんでした。そのような中、私たちは年度初めの社長の方針発表会で一言ずつ自己紹介しましたが、私たちが何をするのか、何の目的でやってきたのか従業員は理解できなかったと思います。

 その後私は、経営企画室の一員として全事業部門を見ることになり、経営課題と紐づけながら各部門を適切に動かす役割となりました。

 早速、複数部門のリーダーが集まり部門横断の課題を話し合う会議があると聞きつけ出てみると、「この問題はそちらの部門でやってもらわないと困る」「いやいや、それをするにはそちらの部門でこれをしてもらわないと無理」「それをやっても当部門の利益にならない」といったやり取りが起こり、しまいには矛先が私に向き「このような状況を何とかするためにうちの会社に来たんじゃないですか」と詰め寄られました。

 当時の私は、経営に関する知識から導かれる一般論しか言うことができず、従業員から「そんなことを聞くために高いフィーをあなた方に払っているわけではない」と厳しいことを言われました。

 当時の私にアドバイスできるなら、「経営に関する知識を振りかざすのではなく、目の前で起こっている問題を発展的に解消する知識を磨きなさい」と伝えるでしょう。時計の針を戻し、今の私がその会議に参加したなら、全員にこう質問するでしょう。「色々問題があるようですが、誰が顧客で、どのような価値を提供しようとした時に、何が問題になっているのでしょうか」と。

 つまり、組織に顧客創造を考えさせるための基本的な問いと、発言を引き出しながら理想の状態を考えられる役、現実解を考えられる役を見抜く知識を使います。取り組むべきテーマと答えを考え出せる人を見抜ければ、問題の9割は解消します。

 社内推進役にMBAで学ぶような戦略や財務、組織に関する知識は不要とは言いませんが、それらを知っていることは話の理解を早めることにはなりますが、顧客の価値を創造することには直接的には関係しません。必要なのは顧客創造に大きく貢献する取り組みを見つけ出し、それに答えられる人を選抜する知識です。

 理想を考える役には、現実の制約条件は一旦考えず、思い切ってこんな顧客にこんな価値を提供したいと、想いを持ってイメージを膨らませられる頭脳とやり抜く胆力を持った人を1名選びます。現実解を考える役には、知識や技術を突き詰めて新しい知識や技術を生み出すことに情熱を傾けられる人、知的好奇心の強い人が適しています。現実解を考える役は、取り組みの実現に必要な機能を集めますが、例えば商品開発であれば企画商品を製造する機能や、流通に提案する機能、販促・広告を実施する機能を担える人を選抜します。

 人数は1名~3名が適当ですが、1機能1名にすることがポイントです。機能が被るとお互い遠慮し、ベストな現実解を考えづらくなります。ここまで準備ができれば、次はメンバーから知恵を引き出し、新たな価値を創造するための知識が必要になります。

「延々と話し合いが続き結論が出ない…」消耗する従業員

 私が広告会社の営業をしていた時のこと。クライアントの広告制作ミーティングにクリエイティブディレクターとプランナー、デザイナー、コピーライター等を集め、テレビCMや新聞雑誌広告、Web広告のクリエイティブを考えていました。

 ミーティングの多くは、冒頭「最近こういう広告が気になっている」や「あのクライアントではこういうことが問題になっているようだ」と雑談に近いアイスブレイクから入り、そこから本題の広告クリエイティブについてアイデアが色々と出され、提示されたアイデアの中から筋の良さそうなものを選び、以降揉んでいってクリエイティブを完成させるのが一般的なやり方でした。私も先輩のやり方を見ながら、ミーティングを回すようになっていきました。このやり方は、「アイデアを出し続けていれば、いつかいいアイデアが見つかる」という前提に則った進め方で、今思うとそれでよくクリエイティブが作れたものだとゾッとします。

 ミーティングは2時間、3時間は当たり前、長い時だと6時間かかったこともあります。これは私だけに限ったことではなく、同期、先輩後輩も同じような状況でした。時間をかけた分、顧客の価値を高めるものが生まれれば報われますが、大抵はダラダラと話して結論が出ないことの方が多かったです。生産性の低い働き方をしていたと反省しています。

 当時の自分にアドバイスできるなら、「素案を持ってミーティングに臨み、メンバーのアイデアを引き出しながらその解像度を高めるディスカッションを1時間で終わらせなさい」と言いたいです。当時の私には、顧客価値を創造するためのディスカッションの体系的な知識を持ち合わせていませんでした。ディスカッションを建設的かつ生産的なものにするには、理想を考える役の「素案」のイメージを元に、論点の抜け漏れやありきたりなアイデアに対して現実解を考える役からアイデアを引き出し、より納得度の高い「仮説」に仕上げる進め方が必要になります。この新たな価値を生み出すディスカッションの舵取りを知っているか否かで、社内推進役も含めたメンバーの生産性とモチベーションは大きく変わります。

 素案を作る時のポイントは、「こういう顧客に、こんな価値を提供することで、その人の世界がこう変わるだろう」と顧客視点から価値の提供によるBefore/Afterの世界観をイメージします。それをディスカッションによって、より面白く、より具体的なアウトプットに仕上げます。このアウトプットができれば、最後は従業員のやる気を引き出し実行推進する知識を使いこなし、実際に顧客へ価値提供を行います。

「寝る間を惜しんでやり抜け」で辞めてしまう従業員

 私が、それまで勤めていた広告会社を辞めて、ベンチャー企業へ転職したときのことです。当時、大手企業から名もないベンチャーへの転職する人は少なく、私にとっては大きな決断でしたが自分の力でどこまでやれるか試したいと思い、寝る間を惜しんで仕事に没頭しました。その仕事ぶりは社長から評価され、入社半年後に部下をつけてもらえることになりました。

 しかし、アウトプットの能力は自分が求めるレベルに達しておらず、私は「そんなのではベンチャーでは通用しない。寝ないで仕事するくらいじゃないとここではやっていかれない」と伝えました。その後、部下を7名ほど持ちましたが、全員辞めてしまいました。当時の私は血気盛んで、今から思うとやや根性論に偏っていました。今アドバイスするならば、「あなたがするべきことは、部下と共に正しい実行を考え、成果を上げさせ、睡眠を取らせることです」と言うでしょう。

 いくらいい戦略であっても、どれだけ考え抜かれた戦術であっても、実行が伴わなければ絵に描いた餅にすぎません。社内推進役は、自分たちが創り出した顧客価値を実際に顧客へ価値を感じられるように伝え、顧客の反応を元に次の実行を考え出すプロセスを知っていなければなりません。顧客の心に届く伝え方も知識として必要です。それらの知識を使いながら、「その実行は顧客の価値になったのか」「より顧客の価値になる実行はないものか」と真摯に問い続け、探究し続ける姿勢も大切です。

社内推進役「Business Director」に必要な知識とは

 社内推進役とは、企業の顧客創造に責任を持ち、マーケティングの支援と価値創造の組織マネジメントを行い、目標に近づくための実行を推進する機能であると冒頭にお伝えしました。そのために必要な知識として、①組織に顧客創造を考えさせるための基本的な問いと人選するための知識、②メンバーから知恵を引き出し新たな価値を創造するディスカッションに関する知識、③顧客へ価値を届けるプロセスと伝え方の知識の3点です。次回はこれらの知識の具体的な使い方についてお話したいと思います。

筆者プロフィール

高橋輝行・KANDO代表
高橋輝行(たかはし・てるゆき)会議再生屋。1973年東京都生まれ。東京大学大学院理学系研究科を修了後、博報堂入社。教育エンタメ系企業の広告、PR、ブランディングを実施する。その後ベンチャー企業を経て経営共創基盤(IGPI)にて企業の経営再建を主導。2010年KANDO株式会社を設立し、会議を使った価値創造の組織マネージメント手法を開発。桜美林大学大学院MBAプログラム非常勤講師、デジタルハリウッド大学メディアサイエンス研究所客員研究員。著書に『ビジネスを変える! 一流の打ち合わせ力』(飛鳥新社)、『頭の悪い伝え方 頭のいい伝え方』(アスコム)、『メンバーの頭を動かし顧客を創造する 会議の強化書』(あさ出版)がある。