【連載】ロシアのウクライナ侵攻でエネルギーの枠組みはこう変わる(全4回) - 中空麻奈
ロシアによるウクライナへの侵攻は大方の予想を覆し、長引いている。これは脱炭素の流れとともにエネルギー政策を大きく変える契機となる出来事だ。本連載では、全4回にわたりこれからのエネルギーの枠組みについて考えていき、そこから日本のエネルギーミックスのあるべき姿を問う。第1回は、エネルギー市場への影響を振り返ることから始めたい。(文=中空麻奈)
中空麻奈氏のプロフィール
ロシアのウクライナ侵攻を引き金として変わる世界
ロシアによるウクライナへの侵攻は、今後世界がブロック化経済へと突入するリスクを提示したと言える。その間、さまざまな悪影響が世界中に広がってきたことを受け、それぞれの国が自国の体制を顧みる機会になっている。これを受けて、防衛費や農業政策を含めた食料自給やサプライチェーンの最適化問題など考えなければならないことが山積だ。特に防衛費に関しては、既に域内に戦場を抱えたことから欧州では速やかな対応が続いている。ドイツが2022年から対GDP比2%に引き上げることを宣言したほか、ポーランドは23年から同3.0%に、デンマークも33年までに同2%に引き上げるとした。この行動を見て、日本の防衛費についても質・量ともに検討しなければいけないことは言うまでもない。
エネルギーに関しても同様である。各国がそれぞれのエネルギーミックスを見直し、気候変動への対応のみならず、ロシア依存が高い国は脱ロシアを標ぼうする必然性が増した。これは、ロシアが世界最大級の原油および天然ガス輸出国であるからにほかならない。侵攻に端を発したコモディティ貿易で想定される混乱は、供給と価格の両方に深刻な影響をもたらし、世界のサプライチェーン全般にも影響する。また、資源価格の上昇からのインフレも踏まえると、世界の景況感には下押し圧力となる。ロシアによるウクライナ侵攻がエネルギー市場に与えるネガティブインパクトはことのほか殊の外大きいと言える。
この先も原油・天然ガス市場は高騰する可能性がある
原油・天然ガス市場はこの先どう動くのか。原油価格は基本高騰を続けている(時々一服もするが)。ロシアの原油輸出量は過去12カ月間で平均5.3mbd(million barrel per day: 1日当たりの原油生産量100万バレル)であった。さらに、1.7mbdの石油製品の輸出があり、そのうちディーゼルが半分強を占めている。ロシア産原油に対して買い手が不買運動を起こしつつも供給代替品が不足していることが、価格動向の鍵を握っている。もし市場が3カ月間原油輸出の約3mbdを失うならば、ブレント価格の短期均衡は120ドル/バレルと見込まれる。もし量の面でも期間の面でも、供給の損失がこれよりも大きく、IEAによる在庫放出がないと仮定すると、また、市場が新たな均衡を模索してもロシアの欧州向けガス供給が失われれば、価格は今後数カ月でさらに上昇する可能性がある。
石油市場は政府の制裁や複数のリスク要因が絡み合っているかどうかにかかわらず、供給ショックに対する準備ができていない。代替的な供給源の欠如が、価格動向にとって極めて重要である。OPECプラスは合意された生産の正常化のペースよりも供給不足の状態を続けており、OPECの余剰生産能力は依然として未解決である(足元のOPEC産油量目標は日量90万バレル下回っている。OPECの余剰生産能力は急速に低下しており、現時点で日量300万バレル未満)。こうした問題もあり、原油価格とそのボラティリティはリスクが高いと見るべき状況が続いている。一方、ガスの供給が停止されれば、ガス価格は1メガワット時当たり200ユーロまで急騰する可能性すらある。
世界で今、注目すべきはドイツのエネルギーミックス
こうした価格高騰の継続が予測される中、各国はエネルギー源の確保が重要課題となる。ブレント価格が絶対ベースでも上昇し、対ロシア産ウラル原油との相対ベースでも上昇していることから考えると、欧州はロシア産石油からの切り替えの大半を既に済ませたと見られる。
一方、ガスは難しい。欧州のガス在庫が低水準であること、春になればロシアからの供給がなくとも液化天然ガスLNGを最大限輸入する場合に限り、凌ぐことが可能だが、冬はLNGおよびロシアの供給の両方が欠かせない。仮にロシア産ガスの輸入が停止された場合には、ガス市場(および電力市場)では短期的な供給不足が生じ、LNG輸入量の拡大や稼働停止中のドイツの原発の再稼働などが俎上(そじょう)に出て来ることになる。より長期的にはガス・送電網インフラへの投資拡大(再生可能エネルギー発電、LNG輸入施設、グリッドスケールエネルギー貯蔵の拡大)によって、不足の一部を補わなければならなくなるであろう。
その状況下で欧州委員会がノルドストリーム2の承認プロセスを停止したことは、重要な意味を持つ。ロシアは既に天然ガスの継続的な供給経路を新パイプラインに切り替えており、陸上パイプラインを経由した天然ガスの供給はほぼ停止されている。こうしたことを踏まえると、ロシアからの天然ガス供給量は、現在既に通常の40%程度の水準となっているが、さらに落ち込み、欧州との既存の契約に規定されている最低供給量近い通常の15%程度の水準となる可能性が大きい。
こうした状況を受け、最も注目されるのはドイツのエネルギー政策の転換である。ドイツのショルツ首相は2月末に、脱ロシアを図る方針を示した。石炭火力発電所と原子力発電所の運用期限を延長することも含めた大きな方針転換と言える。東日本大震災とこれに伴う福島第一原子力発電所事故を受けて、メルケル首相(当時)は11年6月に原発撤退を法制化、22年にも完全に停止となるところであったところからの大転換である。原発事故の恐ろしさからの人間保護を大命題に原子力発電から撤退したはいいが、選択肢を絞れば気候変動対策にコストがかかる。それでもドイツは他国に先駆け、45年にはカーボンニュートラルを達成する目標に向かっていたところ、ロシア依存が高いことがリスクであることを受けた新たな問題提起と言える。
結論としてドイツが選ぶ新しいエネルギーミックスがどうなるか、は、世界のエネルギーミックスを見る上でも参考になるところが多いのではないか。理想と現実のバランスをどう取るか。すべての国に突き付けられた問いだが、置かれている事情の違いからドイツに注目したい理由はそこにある。