グループウエアで国内トップシェアのサイボウズ。DXの進展もあり売り上げを大きく伸ばしている。しかし青野慶久社長が2005年に就任した直後は、M&A戦略に失敗、大きな傷を負った。そこから青野氏は何を学び、いかにして事業を立て直してきたのだろうか。聞き手=関 慎夫(雑誌『経済界』2022年6月号より)
1年半で9社を買収。2度の業績下方修正
―― サイボウズはDXの後押しを受け、売り上げを大きく伸ばしています。でもここまでくる間にいくつもの失敗もあると思います。その中で、青野さんにとって一番大きな失敗とは何ですか。
青野 それははっきりしています。2005年に社長に就任したのですが、それから1年半で9社をM&Aしました。これが大失敗でした。当時、グループウエア市場は飽和していると言われていて、実際、サイボウズの業績も思うように伸びていませんでした。その一方で、楽天さんやライブドアさんは買収を繰り返し、業容を拡大している。そのため、自分たちもやらなければいけないのではないかという焦りもありました。そこで上場で調達したキャッシュが10億円ほどあったので、これをM&Aにつぎ込みました。
―― 将来の明確なビジョンがあり、それにあてはまる会社を買収していったのですか。
青野 そこまで戦略的には考えていなくて、いい話があれば飛びついていたという感じです。グループウエアとは全く関係ない会社もありましたが、運営していれば、いずれシナジーが出てくるだろうという期待もありました。ところが、予想ほど売り上げが伸びてこず、連結の業績に大きな影響が出るようになり、1年間に2度も業績の下方修正をせざるを得ませんでした。
―― 買収した企業が貢献してくれるまでには多少のタイムラグがあるのは仕方ないでしょう。
青野 いくら業績が悪くても、自分でマネジメントできている実感があれば続けていったのでしょうが、当時は本業のグループウエアに時間を割かなければならず、子会社に力を注ぐことができませんでした。何より、その会社のマネジメントにそれほど興味を持つことができなかった。それでこのまま持ち続けてはいけないと判断、順次手放していきました。
―― どこに失敗の原因があったのですか。
青野 失敗して気がついたのは、自分がやろうとしたのは売り上げの数字をつくりたかっただけだということです。事業意欲があったわけではなく、社長になったからには数字を伸ばしたい、そのくらいの思いでしかありませんでした。創業から伸び続けた売り上げが伸び悩んでいる一方で、当時はまだ企業としての大きな目標も持っていなかった。その中でやらかしたことだと思います。
―― その失敗が、「世界一のグループウエア企業を目指す」というサイボウズの目標につながったそうですね。
青野 05年に社長になって買収を始め、06年下半期に下方修正を2回出します。マネジメントもできていないしこれからもできる気がしない。10億円も使い果たし、借金も増えていて、今後、いい方向に向かわせる自信もない。そこで一度、完全にギブアップして、社長を辞めさせてほしいと言ったのですが、まだ見込みがあると思ったのか、それとも今辞められたら困ると思ったのか、周りは辞めさせてくれない。
そんな時、一冊の本に出会いました。私の社会人のスタートは松下電工(現パナソニック)ですが、その創業者・松下幸之助の名言集がコンビニに置いてあった。そこに書いてあったのが、「本気になって真剣に志を立てよう。強い志があれば事は半ば達せられたといってもよい」という言葉でした。
自問自答すると、自分は確かに頑張って仕事をしていたけれど、本当に真剣だったのかというとそうではなかったことに気づいたのです。そこで心を入れ替えて、毎日毎日を真剣に生きることに決めました。
では真剣に打ち込む事業は何かと考えたら、やはり原点であるグループウエアしかない。僕は松下電工時代から、グループウエア的なものをつくって社内で使っていました。そしてサイボウズもグループウエアからスタートした。そうした創業の歴史を思い返すと、やはり僕はグループウエアをやりたかったのだと再認識しました。仲間で情報を共有して楽しく働く。それこそが僕のやりたいことだ。そこで世界一のグループウエア企業を目指すと宣言し、それからは真剣に目標達成に向け歩んできました。
今でも、毎日、真剣に生きているか自問自答するのが日課のようになっています。
―― 毎日、自問自答ですか。
青野 真剣というのは一瞬で持つこともできますが、油断すれば一瞬で消えてしまいます。ですから毎日繰り返して、キープする努力を続ける必要があります。そうしないと、すぐになくなってしまいます。
―― 時には体調が悪くて真剣になれそうにないという日もあるでしょう。
青野 体調が悪い時は体調が悪いなりにベストを尽くす。真剣になるとはそういうことです。ですから体調が悪ければ早く治す。あるいは体調が悪化しないようにする。休む時は休んで自分の持てる力を最大限に出せるよう努力する。そういうことだと考えています。
グループウエア市場はまだ始まったばかり
―― とはいえ、M&Aを繰り返したのもグループウエアの成長性に疑問を感じたからです。それでもグループウエアで世界一を目指すと決めたわけですから、不安になりませんでしたか。
青野 そこはもう、やると決めたわけですから、そこに命を懸ける。でも実際には、そこから5年間、売り上げはほとんど伸びませんでした。その代わり、グループウエアに関するありとあらゆることをやりました。無料のグループウエアを出してみたり、マイクロソフトのプラットフォーム上で動くようなグループウエアをつくったり。そのほとんどは失敗でしたが、試行錯誤を繰り返しているうちに、これならという方向が見えてきた。それがクラウドへの事業のシフトであり、「kintone」のような業務アプリケーションでした。実際、kintoneの発売を開始した12年から、業績も上向き始めました。
―― 市場は飽和していなかったのですね。
青野 真剣にグループウエアに取り組むようになってから見方が変わってきました。飽和しているというのなら、自分たちで市場を広げていけばいいと。グループウエアは最初はスケジュール管理などから始まりました。でもそこから近接する領域にどんどん広げていく。サイボウズのパーパスは「チームワークあふれる社会を創る」ですが、チームワークのために情報を共有することすべてがグループウエアの領域です。そう考えると、グループウエアの市場はまだ始まったばかりです。しかも僕たちは、全然世界一になっていない。日本という世界の片隅でやっているだけです。ですからようやくスタートラインに立ったようなものです。
―― 改めて、失敗から得た教訓とは何か教えてください。
青野 繰り返しになりますが、ある所からさらに先に進もうと思ったら、真剣にやらないといけないということですね。それまでの僕の人生というのは、なんとなく頑張っていればそれなりにうまくいってきた。大学も就職もそうでしたし、その後、仲間とサイボウズを企業、3年後には東証マザーズに上場できました。ですから人生なんとかなるもんだと考えていた。ところが社長になって、M&Aで大失敗した時は、なんとなく頑張るだけではどうしようもありませんでした。
両立できる真剣と働き方改革
―― 起業当初は不眠不休のハードワークだったそうですね。それでも真剣ではなかったのですか。
青野 真剣とは、時間の長さやハードワークではありません。これを絶対にやるぞという覚悟そのものです。たとえば剣道の練習でも、長時間竹刀を振ればいいわけではありません。それよりも、真剣のつもりで、命が懸かっている気持ちで練習したほうが上達する。それと同じです。
真剣になっていいことは、批判が気にならなくなることです。批判が気になるのは、自分のプライドを守りたいからです。グループウエアで世界一になることに真剣になれば、それ以外のことはどうでもよくなる。そうすると、失敗をしても素直に謝ることができるし、そこから何を学べばいいかも見えてきます。
―― サイボウズは「100人100通りの働き方」と言われるほど自由な働き方ができる会社です。青野さん自身も3度の育休を取るなど、ワークライフバランスを重視しています。経営者の中には、24時間365日、仕事のことを考えているという人もいますが、真剣に事業に向かうことと、こうした働き方は矛盾しないわけですね。
青野 先ほど言ったように、長時間労働と真剣は全く違うものです。もし仮に24時間365日仕事を続けたら成果がもっと上がるというのならやるかもしれませんが、それでは気力も体力も持たず、むしろマイナスでしかありません。それに僕らが目指している「チームワークあふれる社会」というのは、人間が人間らしい生活を捨てるような社会ではありません。一人一人が自分らしい生き方・働き方を選択する。それが僕たちがイメージしている社会です。
―― その結果、かつて28%もあった離職率が、5%にまで激減したわけですね。
青野 でも、離職率を下げるために多様な働き方を進めてきたわけではありません。確かに28%もあった時は経営効率が悪すぎるためなんとかしなければと思いましたが、目標を定めて取り組んだことは一度もありません。それにもし離職率が1%になっても、その人たちが本当にサイボウズのことを大嫌いになって辞めていったのだとしたら、そのほうがアウトだと思います。仮に10%でも、その人たちが次の夢を見つめて、新しい世界に飛び出していくというのなら、それは素晴らしい離職ですし、もしその後、もう一度サイボウズに戻りたいというのなら、喜んで迎えますし、最近、そういう人がかなり増えています。チームワークあふれる社会をつくるなら、まず自分たちの会社がレベルの高いチームワークを実践しなければならない。そう考えています。