GDPの半分以上が個人消費「強制貯蓄」を吐き出せ
家計に貯蓄が積み上がっている。日本銀行はこれまで、本来期待されていた消費のうち、コロナ禍で消費機会が消失したことにより貯蓄に向かった金額を「強制貯蓄」と呼んで推計してきた。日銀の試算によれば、消費されずに貯蓄に回った金額は、2021年末時点で約50兆円にのぼる。
日銀は同様のレポートを21年4月にも出しているが、そこでは20年の1年間で積みあがった強制貯蓄は20兆円程度だった。それが1年後には2・5倍に膨らんだことになる。なお、この数字は特別定額給付金から貯蓄に回った部分を除いている。
コロナ禍での貯蓄の膨らみに関して、別の統計もある。内閣府が発表した20年度の「国民経済計算」によれば、個人と自営業者を合わせた「家計」の手取り収入は320兆円余りで、19年度よりおよそ12兆円増えていた。そのうち貯蓄に回った金額は約42兆円で、19年度より30兆円余りの大幅増加だった。家計の手取り収入がどれだけ貯蓄に振り向けられたかを示す「貯蓄率」は13・1%となり、19年度より9・5ポイント上昇して、統計が比較可能な1994年度以降では最も高くなった。
これだけ大きく貯蓄が積み上がったのは、未知のウイルスに対する漠然とした不安感によるものだ。加えて、外出制限が設けられたことや、施設等への自粛要請によって、消費の機会が失われたことも影響している。しかし、時間の経過とともにコロナ対策の知見が蓄積されたことや、ワクチンが開発されたことで、少しずつ従来の暮らしを取り戻しつつある。
例えば今年のゴールデンウイーク(GW)は、観光地がとてもにぎわっていた。3年ぶりに行動制限がなかったことが大きく影響している。その活況ぶりは数字にも表れている。
JR各社がまとめた、4月28日~5月8日までの全国の新幹線や特急列車の利用状況によると、新幹線と特急列車を合わせた利用者数は21年の同じ時期より2・45倍に増加し、新型コロナ感染拡大前の19年の75%まで回復した。
新幹線や特急列車の利用が増えているということは、遠方へ旅行に出かけた人が多かったことが想像できる。NHKの調べによれば、4月29日から5月8日までの10日間に都道府県をまたぐ移動をした人は、21年のGWよりも34%増えた。これはコロナ感染拡大前の19年と比較しても82%の水準まで戻っている。
移動が戻りつつあるのは国内だけではない。日本航空と全日空が発表した、4月29日~5月8日の利用実績によれば、日本航空の国際線旅客数は、昨年の446・3%にあたる7万3039人。全日空の国際線旅客数は、昨年比で504・8%の6万7375人だった。
幸いなのは、これだけ人の移動があったGW後にも感染が急拡大する様子はなかったことだ。連休から1週間が経過した5月15日時点で、全国の1週間平均の感染者数は約3万9千人と、連休直前とほぼ同じ水準だった。こうした事実の積み上げは、消費マインド活性化への大きな後押しになる。
日本の場合、GDPの半分以上を個人消費が占めている。コロナ禍で積み上がった貯蓄が、どれほど消費に向かうのかは、今後の日本経済に大きく影響を与える。コロナで我慢した消費欲が、実際の消費行動へと向かう「リベンジ消費」は日本経済の今後を左右する。
再び観光立国へ 訪日客が消費復活の起爆剤に
今後、さらなる消費の拡大には、世の中の雰囲気も大きく影響する。積極的な消費ムードの醸成に大きく関わりそうなのが、海外からの観光客だ。
コロナ前、日本には多くの外国人旅行者が訪れていた。国も観光立国を掲げ、積極的な支援を行った。18年の訪日外国人旅行者数は3千万人を突破し、インバウンド消費は4兆5千億円を超えた。世界経済フォーラムの「旅行・観光開発ランキング2021年版」によれば、117の国と地域を対象とする観光魅力度ランキングで日本が初めて1位となるなど、コロナ禍でもその人気は衰えていないどころかむしろ増している。
日本政府観光局の発表によると、今年4月に日本を訪れた外国人旅行者は13万9500人で、3月の6万6100人から2・1倍に増えていた。また、同月比でみても、21年4月より12倍余りの増加となっている。大幅増の要因は、3月から4月にかけて1日の入国者数の上限が7千人から1万人に緩和されたことにある。
今後の訪日観光客の推移は、政府による入国規制の緩和次第にもなりそうだ。5月下旬、政府は外国人観光客の入国を6月10日から再開することを決めた。98の国と地域を対象とし、感染対策を徹底するため、まずは、添乗員付きのツアー客に限定することになっている。水際対策をめぐっては、6月1日から1日当たりの入国者数の上限を、1万人から2万人に引き上げることにしており、観光目的の入国もこの枠の中に含まれる。
コロナ前の水準にはまだまだ及ばないが、それでも訪日外国人がコロナ前のように日本各地を訪れればコロナで大きな打撃を受けた観光業や地域経済の回復につながる。なにより、日本人の消費ムードも刺激するはずだ。
コロナウイルスは、人流を断ち、社会の姿を変えた。深刻なダメージを受けた産業も少なくない。関連企業にとっては、より一層、リベンジ消費への期待は大きい。
コロナ禍が2年以上も続いたことで、消費トレンドにも根深い変化を起こしている。例えば、人との対面を避ける習慣が定着したことで、オンラインとオフラインを融合させたサービスがさまざまな業態で定着したことは最たる例だ。これからリベンジ消費を喚起し、受け止めるためには、アフターコロナの消費動向への対応が欠かせない。
本特集では、コロナ禍の衝撃を大きく受けた消費の今を取り上げる。日本経済を停滞させないために、消費を止めてはならない。
文=和田一樹(雑誌『経済界』2022年8月号より)