資源高、円安などで物価が上がり、消費者は四苦八苦。その一方で、円安の恩恵を最大限に享受しているのが自動車業界で、前3月期決算でも増収増益が相次いだ。しかし同時にEV化などの地殻変動が猛烈な勢いで進むだけに、一時的な利益に喜んでいる暇はない。文=ジャーナリスト/立町次男(雑誌『経済界』2022年8月号より)
3兆円に迫るトヨタの純利益
半導体不足や新型コロナウイルス感染拡大の影響で悪化していた自動車メーカー各社の業績が上向いてきた。これらの影響が小さくなっただけでなく、為替相場の円安ドル高により、輸出の採算が改善したことが大きい。脱炭素の流れが強まる中、各社は電気自動車(EV)の開発や生産など、次世代の競争に向けた投資が待ったなしの状況にあり、SUBARU(スバル)は国内にEV専用工場を設立する方針。好業績による恩恵を将来の優位性につなげられるかが問われそうだ。
上場する乗用車メーカー7社の2022年3月期連結決算は、円安などで空前の好業績となった。日産自動車が3期ぶりの黒字となったことで、全社が黒字を確保し、7社の純利益の合計はコロナ前を上回った。また、スバルを除く6社が増収だった。好業績の要因の一つが、年度の終盤に一本調子に進行した円安だ。新年度の22年6月上旬には1ドル=132円台と20年ぶりの水準になった。
トヨタ自動車の22年3月期連結決算は、売上高に相当する営業収益、本業のもうけを示す営業利益、最終的なもうけを示す純利益のいずれも過去最高となった。営業収益は15・3%増の31兆3795億円、営業利益は36・3%増の2兆9956億円、純利益は26・9%増の2兆8501億円。需要が回復してきた北米やアジアなどで販売を伸ばしたほか、円安によって利益が押し上げられた。
カルロス・ゴーン前会長の逮捕や起訴、逃亡などで経営が混乱した日産も、22年3月期の純損益は2155億円の黒字で、3期ぶりに黒字転換した。前の期は4486億円の赤字だった。長い間の課題だった米国事業の収益が改善したほか、円安も収益を押し上げた。世界販売台数は4・3%減の387万台だったが、収益性の向上により、営業損益も、2473億円の黒字(前期は1506億円の赤字)と、3期ぶりに黒字を達成した。
世界販売の9割が海外で、日本から輸出している比率が高いマツダは特に、円安の恩恵が大きい。22年3月期の営業利益は前の期の約12倍に相当する1042億円だった。4月に「CX-50」、今秋には「CX-60」と、新型スポーツタイプ多目的車(SUV)を相次いで投入する効果などもあり、23年3月期の営業利益はさらに15%増の1200億円を見込む。売上高は22%増の3兆8000億円と、過去最高を計画している。
円安ドル高が進行している背景には、日米の金融政策の方向性の違いがある。日本では日銀の黒田東彦総裁が異次元緩和を続けている一方、インフレが深刻化してきた米国では中央銀行であるFRB(連邦準備制度理事会)が連続で利上げに踏み切る方針を示した。日本は海外からの観光客の受け入れ規制をまだ、部分的にしか緩和していない。金利の高いドルは買われるが、円買いの需要は膨らまないという状況が続いている。
3月初旬に1ドル=115円程度だった東京外国為替市場の円相場はその後、一方的に円安ドル高が進んだ。市場は日銀が緩和姿勢を崩さないとみたため、6月6日に1ドル=132円台をつけ、02年4月以来の円安水準となった。
自動車メーカーは、為替の変動が企業の利益に与える影響を表す「為替感応度」が大きい。対ドルで1円円安が進むと、トヨタで400億円、ホンダで120億円、日産で130億円ほど、営業利益が押し上げられる。例えば日本で米国向けに作った車で考えると、ドル建ての販売価格に対する円建ての原価が下がるということだ。円安による増益効果の中には、海外子会社の利益を円換算した際に膨らむなど見かけ上で終わるものもあるが、1台当たりの利益が増えるほか、現地での価格競争力が強化され、販売戦略にも幅が出るのは確かだ。
EVシフトだけでなく水素、バイオにも投資
スバルの22年3月期連結決算は、売上収益が3・0%減の2兆7445億円、営業利益が同11・7%減の904億円となり減収減益だった。半導体不足や、東南アジアでの新型コロナ感染拡大に伴う部品供給制約などの影響があった。23年3月期は、販売台数の増加や為替差益の効果を織り込み、売上収益は3兆5千億円、営業利益は2千億円と増収増益を見込む。
そして、スバルはEV市場の拡大を見据え、同社で初めてとなるEV専用工場の設置を発表した。ガソリン車向けのエンジンなどを製造する大泉工場(群馬県大泉町)の敷地内に建設し、27年以降に稼働させる予定だ。また、25年をめどに矢島工場(群馬県太田市)を改修し、一つのラインでガソリン車とEVを組み立てる「混流生産」も始める方針。これらに今後5年間で2500億円を投資する計画だ。
スバルは5月12日に、同社初の量産EV「SOLTERRA(ソルテラ)」の注文受付を始めたが、これはトヨタと共同開発し、トヨタの工場に生産を委託している。まだ、EVを自社で生産していないスバルは、生産体制の構築が課題となっていた。同日のオンライン会見で中村知美社長は、「市場のEVへの認識は、この半年で急速に変化している。これに対応し、車種や台数を増やしていく」と強調した。
マツダが4月に発表したCX-60には、同社初のプラグインハイブリッドモデルが用意される。モーターとリチウムイオン電池でEVのように走るだけでなく、エンジンとガソリンでも走行できるもので、同社が強いこだわりを持つ内燃機関から将来のEVシフトに橋渡しする象徴的な車種といえる。一方でCX-60には、直列6気筒ディーゼルエンジンを搭載したマイルドハイブリッドシステムもある。乗用車の原点である乗り心地の良さを重視しながら、内燃機関の可能性を追求し続けるマツダの姿勢を明確に示している。
マツダはこのほか、二酸化炭素を排出しない次世代バイオディーゼル燃料「サステオ」を使ったマツダ2で、22年スーパー耐久シリーズに参戦することを発表した。同社はバイオ燃料活用に向けて布石を打ってきた。18年には、自動車用次世代バイオ燃料の普及拡大に向けた広島での実証事業計画「ひろしま “Your Green Fuel” プロジェクト」への参画を決定。国産バイオジェット・ディーゼル燃料の実用化計画をユーグレナ(東京)と組み、広島での次世代バイオ燃料の実証事業計画を推進していくことで合意していた。21年11月には、岡山国際サーキットで開催されたスーパー耐久レースin岡山に参戦。従来のディーゼルエンジンを搭載した競技車両に、使用済み食用油や微細藻類油脂を原料とした100%バイオ由来の次世代バイオディーゼル燃料を使用した。
そして、日産と三菱自動車は今年5月、新型の軽自動車のEVを今夏に発売すると発表した。車名は日産は「サクラ」、三菱自は「ekクロスEV」で、いずれも価格は補助金利用で実質180万円程度から。20キロワット時の蓄電池を搭載し、航続距離は180キロメートル。「普段使いのEV」として提案し、拡販を目指す。新車の約4割を軽が占めている国内市場でEVを普及させるためには、軽EVの役割が重要だ。三菱自の水島製作所(岡山県倉敷市)で行われたオフライン式に出席した日産の内田誠社長兼CEO(最高経営責任者)は、「日本のEVのゲームチェンジャーとなる役割を担う」と強調した。
日産は、21年12月に発表した長期ビジョンで、26年までに電動車に約2兆円を投資する方針を打ち出した。30年度までに15車種のEVを含む23車種の新型電動車を投入し、世界販売に占める電動車の割合を50%以上に引き上げる。さらに、各社が実用化に向けてしのぎを削る次世代の「全固体電池」の技術開発に注力。量産に向けて1400億円を投資する。24年度に横浜工場に試験的な生産ラインを立ち上げ、28年度までには全固体電池を搭載したEVを発売するというものだ。
トヨタも21年12月、EVに関して、30年までに30車種を投入し、同年の世界販売台数を350万台とする計画を打ち出した。それまではEVとFCV(燃料電池車)と合わせ200万台という計画を掲げていたが、大幅に引き上げる。この目標を達成するために、30年までに車載電池向けに2兆円を投資する。車両開発を含めると、EV関連に4兆円を投資することになる。
ウクライナ侵攻で脱炭素の潮流も変化
次世代技術への投資を進める各社だが、将来の見通しは「脱炭素でEV需要が高まる」という単純な話とは言えないのが難しいところだ。トヨタが水素エンジン、マツダがバイオ燃料の実用化を目指しているのは、内燃機関に強いこだわりを持つ両社が、その技術の活用を模索しているだけではない。
将来、EVが主流になる可能性が高いのは現時点での見通しであり、バイオ燃料や水素関連で大きな技術革新が生まれ、状況が一変する可能性も否定できない。ロシアによるウクライナ侵攻で、十分なエネルギーを確保することの優先度が上がり、インドネシアの石炭輸出が増えるなど、脱炭素の潮流自体に変化の兆しが出ている。米国のバイデン大統領の人気は国内のインフレなどで落ち込んでおり、11月の中間選挙で共和党が勝ち、24年の大統領選でトランプ氏が返り咲けば、脱炭素に向けた米国の動きが巻き戻される可能性もある。
刻々と変わるさまざまな要素を考慮しながら、これまでに培った技術を生かしていけるかが問われており、次世代の競争に向け、各社は重要な局面を迎えている。