「ゼロコロナ」にこだわる中国の景気不振が世界に波及するシナリオが囁かれている。ところが、不思議なことに経済不振にあえぐ中国で、“爆買い”が再び始まっている。その対象は書画骨董や中古品。そのビジネスを見れば、中国の経済力と将来への不安が理解できる。文=ジャーナリスト/松山徳之(雑誌『経済界』2022年8月号より)
古銭についた「2億円」 小さな異変と大きな驚愕
2つの小さな異変から話を始めよう。
1つは新聞の「チラシ」だ。最近、特に目に付くのがブランドの時計やハンドバッグ、コイン、宝石、アンティーク小道具、書画・骨董などの「高価買取り」を謳う広告だ。2つ目の異変とは、スマホを片手にお祭りや地域の催しを見学する中国人が目に付くようになったことだ。
“なぜ”こうしたチラシ広告が増え、小さな町の催事にまで中国人が集まるのだろうか。
小さな異変を説明する前に、大きな「驚愕」について伝えたい。
ゴールデンウイークの4月29~30日、世界のコインコレクターが「東京コインオークション」(泰生コイン&英ロイヤルミント)に熱い視線を注いだ。東京コインオークションは毎年開催される世界有数のオークション。出品は日本、中国、欧州が中心だ。
オークション前に、英国の貨幣史を象徴するヘンリー7世の「ソブリン金貨」の最低入札価格が1億円、「スリーグレーセス」(クラウン試鋳金貨)が2500万円と驚愕の値でスタートすると伝えられ、世界の注目を集めていた。ところが、世界を驚嘆させたのは“噂”にも出てなかった中国・清の威豊帝時代の2つの「穴あき銭」だった。
1つは最低入札価格が5万円と普通の人が買える値だったが、入札が始まるとアッと言う間にセリ上がり、落札価格は2億円となった。さらに、2つ目の「穴あき銭」も1億3千万円で決まった。これには世界中のコインコレクターが圧倒されたという。
あるコレクターはこう説明する。
「2つの『穴あき銭』を落札したのは中国人の富裕層。セリの間、代理人が本国のコレクターとひっきりなしにスマホで連絡をとっていた。パンダ金貨が数多く出品されていたが、これもほとんどを中国人が落札した。この日の総売上高は『東京オークション』史上初の20億円超えとなったが、大部分が中国人によるものだ」
これは、不況にもかかわらず中国で骨董品ビジネスが一段と強く続いていることの証である。
筆者が中国で骨董ブームが始まったことを知ったのは、中国がWTO(国際貿易機関)に加盟した時(2001年)だった。
アパレル工場の経営で大儲けした陳強軍(当時41歳)さんが、趣味にしていた骨董を本格的に勉強するために、明治時代に清朝の財宝を大量に買い取った中山定七郎氏の発刊した目録を探す手伝いをしたからだ。
清王朝が辛亥革命(1912年)で倒れると、最後の皇帝である6歳の「薄儀」に代わって「薄威」が、王朝復活の資金作りにと300年続いた清朝が蓄えた第一級の国宝を大量に売却した。それを買ったのが、世界的な骨董商と知られた中山定次郎である。
信州の田舎町で骨董商を営む篠原健一郎氏はこう教えてくれる。「今や、日本の骨董界を支えているのは中国だ。欧米の侵略に対抗すべく清朝政府は大量の留学生を日本に送った。資金源は美術工芸品。中華民国政府も財源を清朝の美術工芸品に求め、日本に売却した。今、中国人はそれを取り戻そうと日本で骨董を求めている」。
中でも有名なのが清朝第4代康熙帝時代に皇帝専用の窯である「官窯」で焼かれた「青華万壽尊」だ。
「青華万壽尊」は康熙帝を祝うために制作された壺だ。高さが約70センチメートル、白地に青色で「壽」という文字が1万個、整然と書かれたもので、中国歴代王朝の至宝の中でも超一級にランクされるものだ。
辛亥革命を経て日本に渡り、昭和天皇の即位礼の際に贈りものにされたという伝説に象徴されるように数奇な運命をたどった。
昭和天皇即位を記念した京都博覧会の出品目録に記載され、高名な収集家と知られた髙島屋の祖である飯田新七氏の所蔵後に不明となったが、地方のオークションで最低落札価格100万円で出品され、なんと1億円で落札された。落札した中国のコレクターは「国宝を里帰りさせることができた」と自慢した3カ月後、中国のオークションに出品して11億円で売却した。こうした例は、英米日中のオークションで頻繁にある。中国人の財力と運用のたくましさに驚くばかりだ。
それにしても、なぜ、中国人は世界で、「度肝」を抜くほどの高値で骨董を買い上げるのか。
乱世では金を買い 繁栄時には骨董品
もともと中国には「盛世買骨董、乱世買金」ということわざがある。社会が繁栄しているときに骨董を収集し、乱世では金を買え、という意味だ。
中国の歴史は戦乱と天変地異の連続だった。「資産を守り、増やすことが一族の運命を守る」。それが中国人の哲学だ。改革開放の変化を見抜いた者が不動産長者になり、それに続いた普通の人が富裕層に仲間入りできた。
ところが、マンションも株も資本主義国とは異なる仕組みだ。土地の借地権はせいぜい70年。つまり、人口14億の中国では17億戸ものマンションが建つ国の前途を危ぶむ富裕層が、格言に従って不動産を見切り、骨董に資金を注いでいるのだ。
そんな中、お宝に縁のなかった庶民を「骨董愛」に向ける出来事があった。
日本で骨董市を回ることを趣味にしているという中国人留学生の孫永康(24歳)さんが説明する。
「2019年の末、ロンドン郊外の庶民が集まるフリーマーケットで乾隆帝が愛した国宝級の『黄地洋彩如意耳壁瓶』を、たった1ポンド(150円)で買った者が試しにオークションに出品したら本物の『お墨付き』が付いて500万ドル(約6千万円)で落札されたのです。しかも、その翌年、中国のオークションに出され1千万元(約1億8千万円)で落札された」
このニュースにコロナ禍で暗いムードが漂っていた中国人が仰天したのは言うまでもない。
これが前記した、異変の「高価買取り」を謳うチラシ広告がなぜ多くなり、お祭りの骨董市で中国人が目立つようになったかの答えである。
「友達の輪」で稼ぎ、月商は200万円
そんな人たちを代表する、スマホ一つで骨董や中古品を中国に売り、年収2千万円を稼ぐ中国人女性に会った。
JR池袋駅北口は今や“新チャイナタウン”だ。日本では手に入りにくい食材が並ぶスーパーや店内に入ると中国語の飛び交うカラオケ店、旅行代理店、書店などが次々に生まれ、活気がみなぎっている。そんな一角の小さな雑居ビルを仕事場兼住居にしているのが、「お宝」の爆買いに徹して稼ぐ東北出身の宗香梅(28歳)さんだ。
1DKの狭い部屋に入って目に入ったのが、東京・世田谷の「ぼろ市」で衝動買いをしたという年代物の蓄音機と、机として使っている古いミシン。
「これを見た中国人は近代化の始まった清朝末期の雰囲気を懐かしがり、欲しがります」と胸を張る。
宗さんの平日は買取り店を回って骨董品や高級ブランドの中古品(バッグ・時計)、中國切手、コインをスマホで写真に撮り、祝祭日は露店の骨董市やフリーマーケットに出かけてやはり写真をアップする。
「写真で気に入ったら即座に『買ってほしい』との返信が来る」と言い、月収は約200万円になると誇る。
日本人はフリマのメルカリを連想し、クレジットカードの不正やフィッシング詐欺などの壁を個人が越えられるのかと、国を超えたスマホビジネスに疑問を持つに違いないが、中国の「淘宝」は日本以上にフリマに関する蓄積がある。さまざまな不正や詐欺を経験し、フリマのルールとセキュリティを向上させてきた。
それでも中国人は金銭のやり取りはむろん、国やメディア、さらに企業の情報を鵜呑みにしない。彼らの最大の情報源は今も昔もクチコミ。信頼するのは家族や親族、友人の情報だ。それがネット空間のクチコミ。それが「朋友圏」(友達の輪)だ。
つまり、中国を代表する淘宝より、「朋友圏」が信頼の根源なのでスマホで日本の「露天の骨董市」の商品を写真にしただけでも信用され、ビジネスが成立する。日本に住む中国人は約300万人。彼らは誰もが「朋友圏」を持っているので、買取りビジネスが可能なのだ。
それが日本の骨董や中古品市場を拡大している理由である。