経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

第4回 日本のあるべき姿、エネルギーミックスとは? BNPパリバ証券 中空麻奈

中空氏

【連載】ロシアのウクライナ侵攻でエネルギーの枠組みはこう変わる(全4回) 中空麻奈

ロシアによるウクライナ侵攻で起きたエネルギー問題により、エネルギーミックスはどうあるべきか、それぞれの国が対応する必要が生じたと第1回で書いた。これは日本とて例外ではない。日本のエネルギーミックスはどうあるべきか。今こそ考えておく必要がある。(文・中空麻奈)

第1回 ロシアのウクライナ侵攻がエネルギー市場に及ぼす影響(リンク)

第2回 EUタクソノミーの原子力、天然ガスの取り扱いの変化とは(リンク)

第3回 ESG投資、ESG経営のスタンスはどう変わるか?(リンク)

中空麻奈氏のプロフィール

中空氏
中空麻奈(なかぞら・まな)BNPパリバ証券 グローバルマーケット統括本部副会長、チーフクレジットストラテジスト/チーフESGストラテジスト。慶應義塾大学経済学部卒業。野村総合研究所入所、郵政省郵政研究所出向。野村アセットマネジメント、モルガン・スタンレー証券、JPモルガン証券を経て、2008年BNPパリバ証券にクレジット調査部長として入社。20年より現職。経済財政諮問会議議員など政府関係の要職も務める。『日経ヴェリタス』債券アナリスト・エコノミストランキング、クレジットアナリスト部門第1位(2015・2012・2011・2010年)、第2位(2017・2016・2014・2013年)。

日本のあるべきエネルギーミックスを考える

 2021年10月に発表された第6次エネルギー基本計画によると、30年度の日本のエネルギーミックスは石油等2%、石炭19%、LNG20%、原子力20-22%、再生エネルギー36-38%、水素・アンモニア1%となっている。19年度現在ではそれぞれ7%、32%、37%、6%、18%であったため、原子力と再生エネルギーの割合を大きく増やす計画がある。

 また15年度当時の30年度目標と比較すると、再生エネルギーの割合、脱化石燃料の割合が大きくなる計画でもあり、特に再生エネルギーの割合をどこまで高められるのか、その実効性が問われる、ということになる。そのため、日本のエネルギーミックスを考える際、鍵となるのは原子力と再生エネルギーということになる。

 ただし、よく知られているように原子力は7月14日現在、大飯3号機、伊方3号機、川内1、2号機の4機のみ。運転可能な原子力発電は33基、うち再稼働停止中が5基(設置変更許可等が7基、新規性基準審査中が10基)である。これで30年度の原子力による発電が20-22%という目標を達成するのは到底無理である。東日本大震災以降、我が国の原子力発電は、その稼働を口にすること自体がNGとなり、封印された面が否めない。原子力発電は二酸化炭素をほとんど排出せずクリーンであると言われているのだが、いざ事故が起きたときの処理コストをすべからく上乗せすると大きな問題となる、というのが定説。

 ドイツが原子力発電から撤退することを決めた時、メルケル元首相が「人間を守るため」だとしたのも理解できる話。だからこそ安全策を十分に取る必要があることは言うまでもない。しかし、フランスや英国は既に小型モジュール炉を展開し、原子力発電に舵を切ることを公表している。特にフランスの場合は、原子力発電を推進することが選挙民の支持を集めやすいこともあり、勢いがつきやすい。

 翻って、日本はそうでなくとも資源がない国であるため、エネルギーミックスの中に原子力を考慮することは、自然なことに思えるのだが、話自体が盛り上がらない。しかし、原発稼働の場合に、相殺される石油や石炭、LNG輸入分は1.1兆円という計算もある。みすみす喪失している収益は日本の競争力のためにも惜しいと考えるべきではないか。

 また、再エネ36-38%という目標についても、そのフィージビリティ(実現可能性)を考えることが欠かせない。再生エネルギーはクリーンエネルギーであるため、環境には優しい。しかし、作った電力を確保しておく電池を含め、コストがかかることが残されている。これらをすべて消費者に転嫁できるのか。逆に言えば、消費者は1カ月当たりの電力料金が現在の2倍になっても払う気があるか、ということになる。その上、太陽光パネルは80%程度が中国産であるという。脱ロシアを図る現状が問いかけるものが、脱一国主義であるのであれば、太陽光パネルへのシフトがそれなりのリスクを伴うことも知る必要がある。

国民に向けエネルギーミックスごとの価格や条件を提示せよ

 何が言いたいかと言うと、われわれが求めるエネルギーミックスがどういうものか、もっと真剣に考えなければならない、ということにほかならない。そのために、政府に対してわれわれ国民が要求すべきは、どういうエネルギーミックスであればいくらかかるのか、のメニューを提示していただきたいということである。再生エネルギー100%の場合にはいくら、原子力が交ざるといくら、さらに化石燃料が含まれるといくら、というように、である。

 もっとも、今後、炭素税などが仮に適用されることになれば、化石燃料などを含めればさらに電力料金は上がるであろうから、これからの変化も加味して、検討できる材料をまずは国民に提示してもらいたい、と考える。もちろんのことだが、価格のみならず、その電源構成によって得られるクリーン度合いがどの程度のものなのか、の開示も併せてお願いしたい。

 その上で、国民総意のもと、日本にふさわしいエネルギーミックスを選び取るべきではないのだろうか。

ただし、現実解は現実解として受け止めるべき

 とはいえ、だ。エネルギーミックスを変えようとしても、そう簡単には変えられないことは直感でわかることである。21年10月世界エネルギー危機が生じた理由の一つは、中国が再生可能エネルギーを採用し、石炭火力発電を停止させる決断をしたことであった。つまり、現実を見ずに、理想を追うため拙速に行動した結果、電力が不足し、工場停止を余儀なくされたということなのである。これは正しい政策とは言えない。

 30年に先のエネルギーミックスになっていようとするのであれば、どう適正に措置すればよいのか、いつから何基の原子力発電が稼働していなければならないのか、あるいは原子力を使わずに100%再生エネルギーを選ぶ場合に、どう実現していくのか、考える必要がある、ということだ。こうした途中経過は、いわば移行(トランジション)ということになる。50年にどうなっている、そのために40年にはどうなっているべきで、30年にはどうである、というバックキャストが重要である。それらを、ロードマップとして指し示し、その間は、トランジション移行段階にあることを自覚して、順次目標に向かっていくことを潔しとすべきである。

 今回のように、現実を見て揺らぎが出るのは、国の方針が定まらないからだ、という反省も可能であろう。こうした反省に立ち、政府は率先して国民総意のエネルギーミックスの実現に向かっていく必要がある。それがなければ、これからの日本の競争力の礎を築くことなど決してできない。人間の生活には、これからもエネルギーは確実に必要だということだけは間違いないのだから。

日本がエネルギーをどう確保するかは岸田政権の正念場

 ロシアによるウクライナ侵攻が長期化し、各国が自身のエネルギー政策を見直さざるを得なくなっている。ロシアからのガスや石油の輸入を禁止することになれば、輸出できないロシアも、輸入できない欧州を中心とする各国もネガティブな影響を受ける。特にドイツは脱ロシア、脱原発を同時に図る必要があり、八方塞がり。「欧州発ガスクライシス」が起きてもおかしくない状況だ。

日本もこれに備え、エネルギー需給を整える必要がある。冬の電力ひっ迫が予想される中、岸田総理は原発を最大9基稼働させ、火力発電も追加的に10基確保することを指示したばかりだ。資源のない日本が「エネルギーをどう確保するか」は重要な課題であり、この課題をうまくバランスさせることが岸田政権にとっての一つの正念場と言える。

 ただし、願わくば、エネルギー需給を整えるための動きであってもどさくさ紛れに原子力を動かしたり、火力発電を再開するのは避けなければならない。エネルギーミックスは安全性、安定性、価格に加え、50年カーボンニュートラルという目標達成を前提にするのみならず、国民に納得されるものである必要があるからだ。

 東日本大震災以降、10年超原子力発電を封印してきたのは、単に衝突を避けるためだけだったのでないのなら、改めて原子力を含めた各リソースのメリット、デメリットを踏まえ国民の議論にしていく必要がある。政府として、国民のための現実解を選んだとしても、国民の総意がなければ、不満も残る。その意味でも岸田政権が帰着するエネルギーミックスが、国民の眼前に選択肢をさらした上で総意を得る努力の結果であることを望みたい。