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結婚産業に革命を起こした男がもくろむ日本のホテル産業革命 テイクアンドギヴ・ニーズ 野尻佳孝

野尻佳考 テイクアンドギブ・ニーズ

 日本全国に約100カ所の結婚式場を持つ、ウェディング業界最大手のテイクアンドギヴ・ニーズ(T&G)。コロナ禍で軒並み結婚式が中止になったため、2021年3月期は赤字に転落したが、人々が落ち着きを取り戻すとともに業績も回復、前3月期には黒字転換を果たした。

 そのT&Gが、今後、ホテル事業に本格進出する。5年前に東京・渋谷にホテル1号店をオープンしているが、今後8年で10店以上を新規オープンさせ、ウェディングにならぶ事業に成長させる。しかもブティックホテルという日本では耳慣れない業態のホテルで市場を開拓する方針だ。

 T&G会長の野尻佳孝氏は、かつてウェディング事業で日本に革命を起こしたが、今度はホテル市場で革命を起こすという。自らホテルを運営するTRUNK社長として陣頭指揮を執る野尻氏に意気込みと、ブティックホテルの可能性を聞いた。聞き手=関 慎夫 Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2022年9月号より)

野尻佳考 テイクアンドギブ・ニーズ
野尻佳孝 テイクアンドギヴ・ニーズ会長/TRUNK社長
のじり・よしたか 1972年生まれ。95年明治大学政経学部を卒業し住友海上火災保険(現三井住友海上火災保険)に就職。98年、26歳でテイクアンドギヴ・ニーズ設立。2001年に現在の新ジャスダックに史上最年少で上場。06年、東証一部に史上最年少で上場。10年から会長を務める。また17年にTRUNKを設立し社長に就任。

ラグジュアリーホテルの変化は世界的潮流

―― テイクアンドギヴ・ニーズ(T&G)は、現在、東京・渋谷に「TRUNK」というホテルを運営しています。なぜウェディング事業のT&Gがホテル業に進出したのか、その狙いを教えてください。

野尻 ホテル事業の検討を始めたのは2002~03年頃のことです。それ以前から世界では、新富裕層向けに独創的で店舗ごとに異なるコンセプトと、高いクリエーティビティを持つブティックホテルの潮流が生まれていました。その後、リーマンショックで「豊かさの基準はお金だけではない」という考えが一般化するとともに消費が多様化していきます。そうした状況を見たうえで、12年に社内に担当する部署を立ち上げました。

 もともとホテルウェディングのコンサルをやっていたこともあり、ホテルとの結び付きは強かった。ホテル事業部を立ち上げたあと、私は海外事業を担当していたため、中国、香港、台湾、インドネシアなどを回ってホテル視察をしたり、大手ホテルのマネジャーたちと、世界のホテルの動向などを話し合っています。そうした中でTRUNKの構想がまとまっていき、17年にオープンしました。

―― 先日、ホテルを積極展開すると発表しました。既に都内2カ所と神戸での出店が決まっているほか、30年にはウェディング事業に並ぶ規模にまで拡大する方針です。このタイミングでの発表はコロナ禍の収束を待っていたからですか。

野尻 コロナは関係ありません。10店舗出すのは、17年度に出した長期経営方針で公表しています。ブティックホテルに関しては、日本にはほとんどプレーヤーがいません。そこでわれわれが新しい市場をつくり、そこのリーディングカンパニーになれば、自分たちのポジションは確立される。そのためにもスピードが重要だと考えました。今後はアセットライトを重視し、ファンドがホテルを取得・所有し、当社が運営受託する方式で展開をしていこうと考えています。

―― 日本にはほとんどブティックホテルがないため、どんなホテルなのか、なかなかイメージできません。

野尻 消費の多様化とともに旅や宿泊スタイルの多様化が進み、世界のホテル市場、中でもラグジュアリーホテル市場は変化しています。以前は、ラグジュアリー=高価格なホテルでした。しかし現在では価格帯ではなく、顧客のライフスタイルや価値観を軸に多様化が進んだ結果、「トラディショナル」「ノーム」「エッジー」「ディスラプティブ」という4つのカテゴリーに分類されると考えています。それぞれのターゲットは、トラディショナルは伝統や格式を求める人、つまり従来型のラグジュアリーホテルです。ノームはコスパ重視のコンサバティブな人がターゲット。エッジーはトレンドに敏感で最先端のトレンドをつかみにいくインフルエンサーなど。ディスラプティブは常識にとらわれることなく振り切った刺激や体験を求める人たちです。このうち、エッジーとディスラプティブをターゲットにするのがブティックホテルです。

 先ほど言ったようにブティックホテルは店舗ごとに異なるコンセプトとデザイン、高いクリエーティビティがセールスポイントの、細部までこだわった高品質のホテルです。世界で今、非常に増えていて、この20年間で20倍に増えました。今年の米国のブティックホテルの市場規模は前年比36・1%増となると予測されています。

 こうしたホテルを支持しているのは、新富裕層と言われている人たちです。彼らがカンファレンスなどで、例えば西海岸に呼ばれたとします。従来型のラグジュアリーホテルを利用しても、彼らはデニムなどラフな格好なため、白い目で見られて居心地がよくない。そこで自分たちの居心地がいいホテルをつくろうと広がっていった。ですから、ブティックホテルのオーナーには新富裕層の人たちがたくさんいます。最近では国際的なホテルチェーンがサブブランドとしてブティックホテルを持つ動きも起きています。

―― 日本にはその波は押し寄せてきていません。

野尻 世界の潮流から日本だけが取り残されています。コモディティ化が激しくなるばかりで多様化が進まない。そこで渋谷にTRUNKをつくり、今後、多店舗化をはかっていきます。コモディティホテルはレッドオーシャンですが、ブティックホテルはブルーオーシャンです。そこにチャンスがあると考えています。今後はTRUNKと「EVOL」の2つのブランドを展開していきますが、TRUNKはディスラプティブ、EVOLはエッジーがターゲットです。

ブティックホテルはまずターゲットありき

テイクアンドギブ・ニーズ_TRUNK HOTEL
TRUNK HOTEL

―― 野尻さんは世界のブティックホテルを利用したことがあるのでしょうが、何が魅力なのですか。

野尻 何が魅力か、ではなく、誰にとって魅力があるか、と考えるべきです。これだけ価値観が多様化しているのに一つの「正解」を求めるのは日本人の悪い癖です。パーパストリップ、パーパストラベルがあるように、旅にはさまざまなパーパスがあっていいのに、日本人はなぜか正しいパーパスを求めてしまう。でも本来正解・不正解なんてないんです。

 ですからブティックホテルを運営するにあたっては、ターゲットを明確にしなければなりません。TRUNKの場合なら、アンノウンを求める先進的な人。安心や安定ではなく未知なるモノを求める冒険者。そういった方々を魅了するホテルです。

―― 1号店のTRUNKではどのような価値を提供してきたのですか。

野尻 一番大事にしてきたのはソーシャライジングです。地域に密着し、渋谷区の企業や団体と提携し、ホテル内でさまざまなイベントを開催しています。海外の旅行客が、ここで日本文化に触れる機会もつくっています。このホテルは海外で高く評価され、多くのアワードを受賞していますが、それは、おしゃれだから、あるいはホスピタリティが優れているから、という理由だけではなく、ソーシャライジングを追求し、社会問題にこだわりながらきちんとマネタイズできていることへの評価です。

 例えば渋谷区には6つの障がい者施設があります。通常、障がい者施設はマネタイズをしませんが、その一方で利用者およびその家族はもっと社会に貢献したい・させたいと考えています。そこでTRUNKではその人たちと一緒にTシャツやチョコレートなどの商品開発を行い、ホテルでもネットでも販売しています。障がい者の人にしか生み出せない価値ある商品だと、非常に好評です。

 あるいは、TRUNKのイベントやウェディングで花が使われますが、ほとんどの場合、イベント終了後に廃棄されてしまいます。そこでTRUNKのフラワーコーディネーターが引き取って、ロスフラワーマーケットを始めたら、長蛇の列ができるほどの人気となりました。

 さらにこのような取り組みを続けていると、いろんなクリエーターが声をかけてくれる。例えば坂本龍一さんからペットボトルの提案があったり、隈研吾さんが余った端材で何かつくれないかと言ってくる。有名無名な多くのクリエーターがさまざまな話を持ってきてくれるようになりました。

 今後オープンするホテルでも、コンセプトは違っても、そのホテルならではの共創モデルをつくっていく。それを武器に、日本でブティックホテルを定着させたいと考えています。

日本のおもてなしの大いなる勘違い

野尻佳考 テイクアンドギブ・ニーズ
野尻佳考 テイクアンドギブ・ニーズ

―― 日本の多くのホテルや旅館では、おもてなしを重視しています。それはブティックホテルにおいても変わりませんか。

野尻 日本では、ホスピタリティやおもてなしを戦略にするホテルが多いですが、それでは海外から評価されません。特にマニュアル化された自由度の低い接客は、客にとっては融通の利かないものでしかありません。例えば、なぜ前日のうちに朝食の時間を決めなければならないのでしょう。むしろ旅慣れた人ほど、日本はマニュアルどおりの接客しかできないと思われています。ロボットに近いと感じているインバウンドは多いと思いますよ。

 僕らが目指しているのは主体性マネジメントと呼ぶ、マニュアル接客とは真逆のスタイルです。マニュアル通りのサービスというのは、減点されないサービスです。でもこれでは消費が多様化する時代には通用しません。僕らはターゲットを絞っているため、ターゲット以外のお客さまにはお叱りを受けることもあるかもしれません。でもターゲットのお客さまに満足していただければそれでいいと考えています。

―― 果たしてブティックホテルは日本に根付くのでしょうか。

野尻 根付くか根付かないかは消費者次第です。消費ニーズが多ければ、供給も増える。世界でブティックホテルが成長しているのに日本ではそうでない理由のひとつに供給量の少なさがあります。僕らが成功し、パフォーマンスがいいことが分かれば、必ず参入者が増えてくる。競合が増えれば切磋することで質も向上する。ですから競合は大歓迎です。

 そうなると次は優秀な人材が入ってくる。ホテル業界には優秀な人材がなかなか来ない。理由は給料が安く長時間労働だからです。しかも成長支援も乏しいため働き甲斐を感じることができない。でもこれは、かつてのブライダル産業と同じです。T&Gができてブライダルが変わったように、ホテルもこれから変わっていく。それも僕らの使命だと思います。 既にTRUNKでは、10%ルールを導入しています。社員は働く時間のうち10%を、自分のやりたいことに使える制度です。時間だけでなく、コスト権限も与えているため、1年間で1500万円、社員1人当たり10万円ほど使っています。それにより、質の高いWANTが実現できる。さらにはメンター制度やさまざまな教育・成長支援を行っていて、社員1人当たり年間40万円を費やしています。社員がやりがいを感じることができれば、そこから生み出されるモノやコトの質が高まります。

―― それだけのコストをかけたら生産性が落ちませんか。

野尻 コストは確かに高いですが、その分、売り上げも大きい。日本の会社はコストをかけて高いものを提供することができない。すぐ他社と比較して価格を下げてしまう。その分コストもどんどん削る。だから人件費も安い。それではダメで、創造性を働かせて付加価値を高めるべきです。でもそういう会社はなかなかありません。イノベーターといっても価格破壊を追求するばかり。これでは非サステナビリティだし、物価上昇に耐えられません。

 日本は観光立国を目指しています。ならば観光に従事する人がやりがいを持てる産業に変えていかなければなりません。そのためにも人件費はしっかり上げる。それにより社員のエンゲージメントが上がればパフォーマンスはコスト以上に上がります。そうすれば業界を活性化することも可能です。