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【レポート】「脱炭素」「エネルギー自給」の切り札。洋上風力発電が業界内で深刻な対立

2050年に、二酸化炭素の排出量を実質ゼロとするカーボンニュートラルを目標に掲げる日本では、四方を海に囲まれていることを強みにできる洋上風力発電が、切り札になると期待されている。しかし政府が先に示した入札の改定案をめぐって深刻な意見対立が起きている。文=ジャーナリスト/立町次男(雑誌『経済界』2022年9月号より)

2030年には原発10基分の洋上風力

 「ウクライナ情勢を踏まえ、エネルギー安全保障の面でも重要な脱炭素の国産エネルギー源として、エネルギー基本計画に基づく再生可能エネルギーの導入加速が急務だ」。萩生田光一経済産業相はロシアによるウクライナ侵攻が始まった後、3月の閣議後記者会見でこう述べた。

 産油国であるロシアへの欧米による経済制裁を背景に、原油や液化天然ガス(LNG)などのエネルギー価格が高騰。短期的には供給不足を石炭火力などで補おうとする動きが出ているが、長期的に見ると、国内で再エネによる発電量を飛躍的に伸ばせば、消費するエネルギーの大部分を輸入に頼っている状況の改善につながる。

 脱炭素の流れは環境への意識が高い欧州を中心に進んできたが、日本も2年前、当時の菅義偉政権が50年のカーボンニュートラルを打ち出した。

 昨年策定された第6次エネルギー基本計画では、太陽光や風力などによる再エネを大幅に増やす方針を示した。カーボンニュートラルの実現に向け、全電源構成に占める再エネの比率を30年度に36~38%に引き上げることを明記した。

 11年度に10・4%だった再エネ比率は、19年度に18・1%へと上昇。固定価格買い取り制度(FIT)を創設して導入を促した太陽光発電は11年度に0・4%だったのが19年度は6・7%と、約17倍に膨らんだ。経産省は、「国土面積当たり・平地面積当たりの太陽光発電の導入量は、主要国の中でも最大となった」としている。

 しかし逆に言うと、太陽光を拡大する余地は狭まってきたとも言える。景観破壊や土砂災害につながるという指摘があり、近隣トラブルも増えているのが現状だ。また、FITでは、電力会社が買い取る費用の一部を国民からの「賦課金」という形で電気料金に含めて集めているが、この賦課金が21年度は2・7兆円に達しており、国民負担の膨張は看過できない水準になってきた。経産省は、22年4月から、新制度FIPをスタートさせた。これは、発電事業者が卸電力市場や相対取引で自ら売電し、市場価格を踏まえて算定される一定のプレミアムを受け取るというもの。同省は、「電力システム全体のコスト低減が期待できる」としている。

 こうした背景があり、太陽光以外の再エネ拡大が急務となっている。そこで脚光を浴びるのが洋上風力だ。海の上では陸と比較して風の乱れが少ないことや、土地や道路の制約がなく、大型風車の導入が容易であること、景観や騒音への影響が小さいことなどの利点がある。第6次エネルギー基本計画と「洋上風力産業ビジョン」では、30年までに洋上風力の発電量を1千万キロワット(原発10基分)に引き上げ、40年までに3千万~4500万キロワット(同30~45基分)に当たる発電量を確保する方針を盛り込んだ。

三菱商事の「独占」で変更された入札方法

 洋上風力の環境整備に向けた「号砲」は、既に鳴っている。政府は、それまで洋上風力が進まなかった背景に、海域の占用に関する統一的なルールがなく、先行利用者との調整の枠組みも存在しないことがあるとして、「再エネ海域利用法」を制定し、19年4月に施行した。

 これに基づき、自然的条件が適当であることや、漁業や海運業などの先行利用に支障を及ぼさないことなどの要件に合った「促進区域」を指定。その区域内では、事業者が最大30年間の占用許可を得ることができるようにした。事業者は公募で、長期的に安定して関与できることなどをみて、政府が選定する。

 促進区域に指定されたのは、長崎県五島市沖、秋田県能代市と三種町及び男鹿市沖、同県由利本荘市沖、同県八峰町及び能代市沖、千葉県銚子市沖。このほか、「有望な区域」が7区域、「準備段階」が10区域となっている。

 公募を行うのは経産省と国土交通省だが、両省は今年6月下旬、落札制限を設けて多様な企業の参入を促す方針を示した。このことが賛否両論を巻き起こしており、軟着陸に失敗すれば産業競争力の強化も掛け声倒れに終わるリスクをはらむ。

 発端は21年11月、公募の結果、千葉県沖など3区域すべての事業者に三菱商事連合を選んだことだった。コンソーシアム(共同事業体)を構成するのは三菱商事エナジーソリューションズ、ウェンティ・ジャパン、シーテック、三菱商事。協力企業が米アマゾン・コム、NTTアノードエナジー(NTTグループのエネルギー企業)、キリンホールディングス。大型風車は実績のある米GE(ゼネラル・エレクトリック)に発注。風車の駆動部分として重要な「ナセル」は、GEと東芝が共同生産する計画だ。三菱商事は20年に欧州再エネ大手エネコを約5千億円で買収しており、その知見を生かして売電価格を抑え、3案件で圧勝した。

 この結果を受けて荻生田経産相は今年1月、「エネルギーミックス達成に向けた大きな一歩。選定事業者には着実な事業の実施を期待したいと思う」と評価する一方、「私個人的にはいろいろな仕組みを見てみたかったなという気持ちがあるので、他のプロジェクトの人たちにも今後参加しやすいような仕組みを検討したい」と布石を打っていた。

 そして両省は6月に見直し案を提示。落札できる上限として1つの企業連合当たり100万キロワットとした。また、企業連合の提案を評価するに当たり、「運転開始の早さ」への評点を高めた。提案価格についての評点は、市場価格を十分に下回ったものはすべて満点とすることで、過度な安値競争を避けるとした。

新たな産業の誕生か。太陽光発電の二の舞か。

 ここに、洋上風力に対する政府の基本姿勢が現れている。低コスト運営は二の次で、産業競争力を強化することを重視しているということだ。太陽光発電では、パネルなど基幹部品のほとんどが海外製、特に中国製のシェアが大きく、日本の産業競争力強化や雇用増にはつながらなかった。ホンダが太陽電池から、三菱電機は太陽光発電システムから撤退。パナソニックホールディングスも今年2月、マレーシア工場と島根工場での太陽電池生産終了を決めた。

 政府は洋上風力では、こうした失敗を繰り返したくないところだ。同一の企業連合の〝総取り〟となれば、産業に多様性や厚みが生まれず、サプライチェーンも脆弱なものになりかねないという判断で、売電価格を抑えれば利益が減る業界各社の配慮もある。自民党の再生可能エネルギー普及拡大議員連盟は、発電開始が早期可能な事業者ほど、評価が高くなるルールを求めた。

 しかし、反対意見も多い。そもそも、三菱商事などでつくるコンソーシアムから見れば、スポーツの試合の途中でルールを変えられるようなもので、納得がいかないのは当然だ。政府のワーキンググループや審議会でも委員から、「公正な競争環境をゆがめかねない」という指摘が出た。

 国民負担を最小限にするためには、コストを軸に競争させるのが常道だ。また、いろんな事業体を強くしようとしても結局は〝共倒れ〟になるのではないかという不安もある。それよりも、市場原理に基づき、日本の一強を育ててその周辺にサプライチェーンを構築し、海外勢と競っていく状況をつくった方が望ましいとの見方も根強い。

 既に中国では洋上風力の拡大が止まらない状況だ。固定価格買い取り制度を導入するなど、政府の強力な後押しを背景に、上海電気風電集団などの風車メーカーが台頭している。

 半導体や液晶パネル、そして太陽光発電設備ではいずれも、日本企業が当初、技術的な優位性を持っていた。しかし、普及期になると韓国や中国の企業が、巨額の増産投資に踏み切り、規模のメリットで価格競争力を強め、日本勢は〝逆転負け〟を食らってきた。洋上風力では逆に、日本は周回遅れからのスタートとなる。まずは自国市場で産業競争力を育て、海外でも現地企業と互角に戦っていく状況をつくれるか、重要な岐路に差しかかっている。