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【レポート】KDDIの通信障害で見えた日本のIoTの危うい未来

7月2日、KDDIの携帯電話が使えなくなり、完全復旧までに86時間を要した。auユーザーは通話ができない、110番などの緊急通報がかからないといった不便な思いをしたが、それ以上に深刻だったのは、IoTの基盤としての役割を果たせなくなったことだ。日本5Gに暗雲が立ち込めた。文=関 慎夫(雑誌『経済界』2022年9月号より)

使えなくなった110番と119番

 7月2日未明に発生したKDDIの大規模通信障害は、日本の通信網の脆弱性と、IoT時代のリスクの大きさを示すことになった。

 まずは簡単に事の経緯を振り返ってみる。

 KDDIの発表によると、通信設備の定期交換作業のミスが発端で、それにより、午前1時35分から15分間音声通話ができなくなった。そこで設備を元に戻して対応したところ、利用者が一斉にアクセスしたため交換機に負荷がかかりすぎてパンク。さらにはそれがデータベースにも波及するなど複数の設備にトラブルが連鎖していき、最大約4千万回線に影響する大規模な通信障害を招いた。

 トラブルが広範囲に及んだため、復旧にも時間がかかった。すべての復旧作業が完了したのは、3日午後5時半。しかし作業的には終わっても接続制限は続く。仮に制限を解除した場合、一気にアクセスが集中する可能性がある。それを避けるためにKDDIでは、少しずつ接続制限を緩めていくという段階を経て、完全に接続制限を解除したのは4日午後2時51分だった。その後KDDIは午後4時頃、ホームページ上で「全国的にほぼ回復」と発表した。こうした曖昧な表現になったのは、完全に復旧したかどうかの検証作業が残っていたためで、検証作業が終わって完全復旧を宣言したのは5日の午後3時36分。障害発生から86時間たっていた。

 携帯会社の通信障害は過去にも例がある。ソフトバンクは2018年12月に4時間半にわたり通信障害を起こし、3060万回線に影響が出た。またNTTドコモは昨年10月、1290万人の通話やデータ通信がつながらない、もしくは通じにくくなるトラブルを起こした。この時は完全復旧まで29時間かかっている。KDDI自身も、13年に2度、通信障害を起こした経験がある。

 そうした過去の事例に比べ、今度の通信障害は規模、そして完全復旧までの時間において大きく上回り、日本通信史上、最大のトラブルとなった。

 3日に会見に応じた髙橋誠・KDDI社長は、「深く反省している。多大なご迷惑をおかけしたことをお詫びする」と陳謝すると同時に、状況を調べたうえで利用者への補償に応じる方針を明らかにした。

 この通信障害に対しては、政府も異例の対応を見せた。まず3日に金子恭之総務相が「重大事故」との認識を示し、5日には「通信事業者として責任を果たしたとは言えない」とKDDIを強く非難。しかも通信障害発生当日に総務省幹部をKDDIに派遣、現場に介入してもいる。 実際、利用者の「被害」は深刻だった。今では「家電」を持たない人たちが増えているため、携帯電話がつながらなければ電話ができない。しかも今度の通信障害は、110番や119番などの緊急通報もできなくなったため、「子どもが熱を出したのに救急車が呼べなかった」といったクレームも相次いだ。ここに来てコロナ禍の第7波が襲来しているが、その波と通信障害が重なっていたら、影響はさらに深刻なものになっていたはずだ。それでも、通話ができないという程度なら、まだ対処のしようはある。例えば家に固定電話がなく、近くに公衆電話がなかったとしても、通りかかった人がau以外のユーザーだったら、事情を話せば携帯を貸してくれるだろう。

 問題は、全く代替手段のないケースだ。今度の通信障害で明らかになったのは、通信キャリアの通信網が、社会インフラとして隅々にまで根を張っていることだった。そのため、通信障害が起こると、予期しないところに影響が出る。

自動運転時代なら国民生活がストップ

 例えば気象庁は全国500カ所で気温や降水量を観測し、そのデータをKDDIの通信網を使って送信していたが、通信障害により大半の観測地点からの送信ができなくなった。障害の起きた7月2日には台風4号が九州に近づいており、5日には長崎県に上陸している。幸いにしてそれほど大きな被害ができなかったが、気象庁としては肝を冷やしたことだろう。

 他にも大垣共立銀行では店舗外にある200台近くのATMが使用不能となり、トヨタ自動車の一部のクルマでは位置情報サービスなどが使えなくなった。

 今やIoTによって、すべてのものがインターネットにつながる時代となった。そのため通信回線が遮断されれば、それを利用するすべてのサービスがストップする。そして今後5G時代が本格化すれば、通信網の重要性は今とは比較にならないほど増していく。

 自動運転時代がそこまで来ている。自動運転にはレベル1からレベル5まであり、現在は一定条件下においてすべての運転操作をシステムが担うレベル3まで来ている。やがてはこれが、限定領域内で完全自動運転となるレベル4、そして全く人間が関与しなくなるレベル5へと進化していく。

 その場合、すべてのクルマは、カメラやセンサーで周囲の状況を把握するだけではなく、クルマ同士の相互通信や道路上に設置された拠点と通信しながら、自動運転を行うことになる。そういう状況下で通信障害が起きたらどうなるか。

 2018年9月に起きた最大震度7の北海道胆振東部地震では、火力発電所が止まったことが原因で、ほぼ全道で停電する「ブラックアウト」が起きた。この時は交通信号もすべてストップしたため、札幌市などの主要交差点では警察官が出動し、交通整理を行った。11年の東日本大震災後の計画停電の時も同様の光景が見られた。

 しかし自動運転時代の通信障害の影響は信号機が機能しなくなるのとはまるでレベルが違う。下手をしたら日本全国の交通が麻痺しかねず、それが今回のように86時間、4日間続いたら、日本経済そのものがストップしてしまう。

 また5G時代に期待されることのひとつに遠隔医療がある。無医村などでも遠隔地による医者の診察を受けられるだけでなく、外科手術を遠隔医療でできるようになる。もしその最中に通信障害が起きれば、患者は生命の危機にさらされる。

 そうした被害を最小限に抑えるためには、通信事業者間の提携などによる補完体制の構築が必要だ。もちろん、事業者それぞれに、一層のリスク管理と、安全性を維持するための投資は不可欠だ。

求められるインフラの担い手としての責任感

 これまで、KDDI、ドコモ、ソフトバンクの携帯3社は、拡大する市場を3社で分け合い莫大な利益を生んできた。

 例えばKDDIは、19年3月期以降、前3月期まで4期連続で営業利益が1兆円を超え、過去10期の営業利益の合計は8兆6千億円に達する。これだけの利益を出す一方で、どれだけ安全網構築に力を入れてきたのか。KDDIの毎年の設備投資額は6千億円を超えているから、決して少なくない。しかし米通信大手のAT&Tの今期の設備投資額は3兆円を超える見込みだ。

 先日、国内電機大手のDX責任者の話を聞く機会があったが、「DXツールとしてアマゾンのAWSなど外国企業のサービスを利用している。国内製に比べて投資額が大きく、それがセキュリティなどの安心感につながっている」と語っていた。DXと通信事業を同一視はできないが、設備投資の絶対額はセキュリティとは無関係ではないはずだ。少なくとも今回の事故を見る限り、KDDIのセキュリティ対策が不十分だったことは間違いない。

 前述のように、通信事業者の社会における役割は、今後ますます重要になってくる。それだけにKDDIは今回の通信障害を奇貨として、日本のデジタル社会を支えているという責任感を今まで以上に持つ必要がある。

 そしてこれは、ドコモやソフトバンクにも当てはまる。5Gによって新しいサービスが開花するためにも、それを支える根がきちんと張っていることは大前提だ。