メタバースプラットフォーム「cluster」の開発と運営を行うクラスターは、渋谷区から公認を受けた日本初の自治体公認バーチャル事業「バーチャル渋谷」など、日本におけるメタバースブームをけん引してきた。今回、成田暁彦COOにメタバースビジネスの市場と可能性について解説してもらった。聞き手=和田一樹(雑誌『経済界』2022年10月号より)
オンライン時間が増えていく「メタバース的」な現象
―― メタバースは定義がいろいろとありますが、成田さんはどのように考えていますか。
成田 すごくシンプルに考えれば、インターネット上の3D空間にアバターという身体性を持ち込んだものを、広くあまねくメタバースととらえるのが、最も広義で多様な考え方を内包できる定義だと言えます。
メタバースは、どちらかと言えば概念的な表現です。日々の暮らしにおいて、オフラインとオンラインの時間の比率が逆転していく現象を、「メタバース的だね」と言い表していただくと、言葉のニュアンスが伝わりやすいかもしれません。
―― 関連ビジネスは、どのような市場環境になっているのでしょうか。
成田 コンテンツ提供会社と、それらのコンテンツをのせるプラットフォームと呼ばれるサービス。そして、各種コンテンツを表示するデバイス。大きく分けて、これら3層のプレーヤーが存在しています。
以下で順に見ていきます。まず、メタバースにおけるデバイスとは、スマートフォン、PC、タブレット、VRゴーグルなどが該当します。メタ社のMeta QuestやソニーさんのプレイステーションVRあたりが有名どころとなります。
2つ目のプラットフォームについては、PCやスマホのOSのようなイメージです。ただ、アップルにおけるiOSのように、端末とOSが紐づいているわけではありません。当社クラスターが提供しているプラットフォームも、スマホ、PC、VRゴーグルの3デバイスから利用が可能です。
そして3つ目のコンテンツです。Epic Gamesさんの「Fortnite」、任天堂さんの「どうぶつの森」などのゲームをベースにしたものや、デジタルアーティストの音楽ライブなど、各種バーチャルイベント等がこのレイヤーに該当します。当社も、年間100回を超える法人様のバーチャルイベントを行っていて、KDDIさんや渋谷区さんと連携してメタバース上に渋谷の街を再現した「バーチャル渋谷」などを展開しています。
―― 今後、3層はそれぞれどんな競争になっていくのでしょうか。
成田 コンテンツ部分は参入企業も多く、大量のプロコンテンツが生み出されていくことが想定されます。その上で、市場の人気や、可処分時間に合わせて取捨選択され、流行り廃りが出てくると予想しています。
プラットフォームに関しては、長期で見ると王道となる主要サービスと、その他特定の領域に特化したバーティカルメディアへ分かれていくように思います。動画サービスの例に見ると、無料配信、アップロード動画ならYouTube、サブスクプロコンテンツならやNetflixなど、王道のサービスへ人気は集約しつつ、ライブ配信サービスや、キュレーション動画、グルメ動画などさまざまなバーティカルサービスが存在感を発揮しているのと似たような構造になると考えています。
最後にデバイスについては、価格と性能と流通を含む量産体制が勝負になります。そういう意味で、メタ社は強いです。世界的に半導体の調達が問題になっている中で、PlayStation5は買えなくとも、Meta Quest2は比較的買いやすく、安定供給が続けられています。一方で参入障壁自体は高くないため、開発力の高い中国企業などの参入も容易に想定されます。
―― 検索エンジンやSNSなど、インターネット関連領域で日本企業は苦戦を強いられてきました。メタバースに関してどう見ていますか。
成田 まず、クラスターとしても、いずれグローバルで勝負をしていこうと考えています。その際、われわれが日本の会社であり日本のサービスを提供していることが、重要な意味を持つと考えています。
なぜかというと、日本にはマンガやアニメIPのような2次元・3次元コンテンツに非常に強い文化的な土壌と、VTuberのようなアバターに対して親近感を持てる精神的な素養があるからです。
例えば鳥山明さんの漫画「ドラゴンボール」を例にします。この作品を映画化しようと思った時に、日本ならアニメという選択肢になりますが、アメリカでは実写で映画化されましたよね。アメリカのスーパーヒーロー像は、スーパーマンやマーベルのスパイダーマンのように、リアルな人間の延長線上にあります。アニメで表現される日本的な思想とは、根本的に異なると思うわけです。この文化的な背景がメタバースで魅力的なコンテンツを生み出す強みになると考えています。
オンラインが当たり前になる日、効率化の未来は不可避
―― 若年層の方がメタバースに親和性が高いです。なぜでしょうか。
成田 ネット関連のサービスが若年層に流行ると、「なぜですか」と理由を聞かれることが多くありますが、理屈で考えてもどうしようもありません。言ってしまえば育ってきた環境、時代背景が違うからです。
昨今の話で言えば、就職活動も入社式も新人研修もZoomなどのオンラインツールで行っている世代は、そうしたビジネス環境が当たり前だと感じているはずです。こうした事象は、メタバースについても起きます。そして、これから育つ世代ほどメタバース的なものへの親和性はさらに高くなると断言できます。
例えば、昨年IPOし、上場時の時価総額が4兆円超をつけたアメリカの「Roblox」というゲームプラットフォームがあります。これは21年10月時点で大体毎月2億人以上が遊んでいるモンスターサービスですが、ユーザーの54%ぐらいが13歳未満と言われています。ネイティブにメタバース的なものに触れている世代がどんどんと増え、社会の多数を占めるようになる流れは不可逆です。
―― 「メタバース的」な暮らしは人々を幸せにしますか。
成田 人生の選択肢が増えるのは間違いないと思います。デジタルによって生活の非効率な部分が解消されていけば可処分時間が生まれます。それを何に使うかは、各人の自由ですから、有意義に使うことができれば、それは幸せになると言っていいのではないでしょうか。
可処分時間を生み出す「効率化の未来」は人類にとって不可避だと思います。そこにインターネットが貢献するのは間違いない。メタバースもその一環ととらえれば、人間の生活や暮らしが豊かになったと言えると、私は思っています。