調剤併設型ドラッグストア「ウエルシア」を展開するウエルシアホールディングス。M&Aを繰り返しながら成長を続け、2016年以降は業界売り上げ首位を争ってきた。22年2月期決算では業界初の売り上げ1兆円を達成したが、19年からグループを率いる松本忠久氏は「通過点」と言い切る。着実な成長を続ける要因とは。聞き手=和田一樹 Photo=山内信也(雑誌『経済界』2022年11月号より)
対前年比の売り上げを追う企業風土を作った考え方
―― 2022年2月期決算は、売上高が1兆259億4700万円で、ドラッグストアで初となる売上高1兆円を達成しました。これはかなり意識していた数字でしょうか。
松本 1兆円はあくまで通過点です。これは私も、会長の池野隆光も、そして社員も同じ思いです。われわれ自身は、「1兆円を目指してやろう」というのは一切ありませんでした。いろいろなメディアや取引先の方々から話題にしていただくことを通じて、少しずつ実感していったような形です。
ウエルシアホールディングス(HD)の目標はもっと先にあります。ASEANでナンバーワンのドラッグストアグループになりたい。そこを目がけて進んでいます。
ASEANの市場を見れば、香港発のドラッグストアグループ「ワトソンズ」も「ガーディアン」もあります。その中でトップになるためには、今よりも一層大きな売り上げ規模になる必要があると考えています。そう思えば、やはり売り上げ1兆円という結果は、われわれの通過点だと感じます。
―― 業績の推移をみると、16年から対前年比で110%の成長を積み上げてきました。着実な成長の要因をどのように考えていますか。
松本 ウエルシアHDには、既存店売り上げの前年比を追い続けてきた歴史があります。ウエルシアの創業者である鈴木孝之さんは、毎朝出社すると必ず前日の既存店売り上げを確認していました。
「去年売れていたものが売れなくなるというのは、陳列方法であったり売価であったり、必ず何かに原因がある。去年売れていたものが、そのまま売れれば既存店の売り上げは100%で、そこに新しい商品をプラスすれば、必ず100%を超えてくる。これがウエルシアの基本なんだ」。鈴木さんは、こうした考えを徹底した人でした。
これは私も社長としてすごく共感しています。高い基準を追い続けてきた文化が、現在の着実な成長につながっている。ウエルシアHDの合言葉は、「既存店が前年比でどれぐらい売れているか」です。通年の計画に対する達成度がどうなっているかではないのです。
ですから、既存店が前年割れということは、もう大変な騒ぎになります。ちなみに、この前年売り上げ比のこだわりは単品にまで徹底されます。個別の商品が、前年はいくつ売れて今年はどうなっているのか、といった具合です。今もそういう考え方がずっと脈々と流れています。それがウエルシアというグループのありようです。
―― 店舗数の推移をみると、10年は660店でしたが、22年には2400店を超えています。既存店売り上げのこだわりがある一方で、新規の出店も積極的に行ったことも成長の要因でしょうか。
松本 確かに、新店の出店にもこだわりを持ってきました。ウエルシアHDがまだ500店舗、600店舗くらいだった頃に、社内では毎年10%は出店していきたいという話をしていました。
その後、店舗数の拡大があまりにも急激に進み現在2500店舗を超えています。これで10%出店となると毎年250店舗です。さすがにこのペースはお店が荒れます。ですから、今は毎年100店舗をベースに、安定的に新店を出しながら、いい店はより成長させていく。こうした方針が軸になっています。
既存店の着実な成長と安定的な新規出店。この2本柱が成長の大きな原動力になっています。
M&Aを成功させるためにまず相手の良いところを学ぶ
―― 店舗網拡大の背景には、積極的なM&Aがあります。ここ15年間で20社ほどをグループに取り込んできました。組織の文化を融合する秘訣はどこにありますか。
松本 これも創業者の鈴木さんがよく言っていました。「一緒になったら相手のいいところを先にまねしろ」と。この教えを大事にし、今でも企業規模の大小にかかわらず、まずは相手企業の良さを学ぶことを最優先します。
人事面でも、例えば新たにM&Aをした企業とウエルシアHD側で同じ立場に相当する人間がいたら、相手企業の人物を上のポジションにつけるといったことを積極的にやっています。こうした発想が、文化の融合をスムーズに進められている要因だと考えます。
―― 今年6月には、都市部に店舗を多く持つコクミンがグループに加わりました。これまで郊外に多くの店舗を持ってきたウエルシアHDが、都市部に攻勢をかけていく布石でしょうか。
松本 地方に比べ都市部の方が人口減少のリスクは低いですから、まだまだチャンスがたくさんあると思っています。ただ、今年の12月には沖縄県でドラッグストアを展開するふく薬品の子会社化を行うことも発表しています。これまで未出店だった沖縄県への初進出となり、山口県と鹿児島県以外はグループの店舗網を構築することができます。
ですから、都市部以外ではエリアごとのシェアを高めていき、同時に都市部の市場も攻めていく。こうした戦略を描いています。
たしかに都市型店舗へのチャレンジという面では、オーガード新宿店や日本橋1号店(B.B.ON)など、客層を絞った尖った店舗づくりを行ってきましたが、やや遅れていた部分もあります。コクミンが持つ都市型店舗のノウハウを吸収して、都市部に向けての出店を加速していきます。
―― ドラッグストア業界における都市型店舗のノウハウとは、具体的にどのようなものですか。
松本 これは個人的な考えもありますが、郊外型の店舗は面積が大きいため、品ぞろえを豊富にすることで幅広い客層に対応することができます。その分、1店舗の商圏を広く取り、遠方からのお客さまも取り込んでいく戦略です。
これに対して、都市部では店舗のスペースが限られますので、その店舗の目の前を通行するお客さまの層をしっかりとつかんで、ターゲットを明確に絞った商品展開をするノウハウが必要です。特に化粧品やヘルスケア商品は顕著な傾向です。
危機のリーダーの仕事は決断し、即実行すること
―― ドラッグストア業界は買収統合が続いています。ドラッグストア業界を歩んできた松本社長は、こうした状況は予想がつきましたか。
松本 業界の現状は、上位10社で全体の70%ぐらいの売り上げを占めるようになっています。いつか寡占化されていくと考えてはいましたが、まさかこれほどのスピード感で進むというのは、想像していませんでした。また、調剤薬局も同じく寡占化は避けられない流れだと思います。まさに国盗り物語のような、陣取り合戦です。
―― 熾烈な競争の中で、これからウエルシアHDはどのように戦っていくのでしょうか。
松本 私の考えでは、ドラッグストア業界はもっと二極化されてくるはずです。付加価値のある商品やサービスをお客さまに提供する企業と、価値を価格に求めて低価格路線を進む企業です。その上で、ウエルシアグループは高付加価値を提供することに企業価値を置いています。
ウエルシアのお店に来ていただければ、お客さまの生活を必ずカバーすることができる。そういう企業でいたい。これは私たちからお客さまへの約束でもあります。高付加価値の道をとことん極めなければ、差別化はできません。それがウエルシアHDの生き残り方です。
―― 松本社長は、茨城県でドラッグストアを展開する寺島薬局で社長を務めている際に東日本大震災を経験し、ウエルシアHDの社長になってからはコロナ対応を強いられました。今も外部環境は非常に見通しが立ちませんが、危機の時代のリーダーに求められるものは何でしょうか。
松本 まず、事業計画を絶対に達成することが、やはり大前提だと考えています。それが私の仕事ですし、そのためにたくさんの人が関わっているわけですから。
緊急事態のリーダーは、みんなの意見を集め相談しながら物事を進めるのでは上手くいきません。社長が責任を持って下した決断を、いち早く実行すべきです。それこそが危機のリーダーの姿です。いろんな人に相談をしていたら、その間に被害がどんどん大きくなっていきます。これは震災のときにも経験しました。
―― 決断・実行の原動力は何でしょうか。不安や迷いはないのでしょうか。
松本 いつも不安の塊ですよ。「これが絶対に必要なんだ」と決断する一方で、その決断に対してもう一人の自分はいつも孤独で不安を抱いています。でも、決めたらやるしかありません。不安を出すわけにもいきません。不安感は自分の心の中だけに置いておき、決めたことを貫き通すしかないと思います。
もちろん実行の部分は自分一人ではできませんから、高い目標を持つ仲間たちと集まって、上を目指していこうという考えです。
―― 松本社長流の人を育てるコツなどあるのでしょうか。
松本 人を育てるというのは本当に難しいことだと思います。私が気を付けているのは、言い続けること。相手がすぐにはピンとこなくても、とにかく言い続けていこうと思っています。それは今まさに実践しているところです。
それともう一つ。人事異動などで役割を持たせた時に、3年間は動かさずに待つということです。1年目で種を蒔き、2年目に水をやる。花開くのは3年目です。それくらいはしっかり見てあげないと、人が育ったかどうか、成果が出たかどうかなんて分からないですよ。ちょっと結果が出ないからといって1年で変えてしまったら、見えるものも見えなくなってしまいます。
自社ブランドを意識し個客と従業員に愛される店に
―― ASEANナンバーワンに向けて、そして国内市場では同業他社も追いかけてきます。
松本 19年に社長に就任するにあたって、ウエルシアHDの親会社であるイオングループの岡田元也さんから、「松本さんね、社長になって100日が最も重要なんだ。これをどう過ごすかが問題なんだ」というようなことを言われました。
これはどういう意味合いかと自分なりに熟考しまして、まずは会社の中を徹底的にウォッチした。ウエルシアHDの社長になる前は、上海やシンガポールのグループ会社にいて、約7年ぶりに戻って仕事をする形になったからです。改めて、この会社はどんな色になっているのか、誰がどんな仕事をして、どんな役割を果たしているか。そういった部分を見ていきました。
すると、われわれが積み上げてきた店舗や従業員の存在の大きさを痛感しました。やはり、従業員みんなにもっとウエルシアというブランドを意識してもらいたい。従業員が、将来自分の子どもを入れたいと思うくらいに、自分自身のブランドとして愛着と誇りを実感できる企業にしていきたい。そして何より、圧倒的にお客さまに頼られる会社になりたい。いや、会社じゃないですね。頼られるお店を目指します。
ウエルシアHDは国内2500店舗を超えています。多くの方にとって、ちょっと歩けばウエルシアがある。そしてそこには調剤薬局が必ずあります。人々にいい商品とサービスを届け続け、頼られる存在であり続けたいと思います。