日本最大の福利厚生アウトソーシング企業であるベネフィット・ワン。創業から四半世紀で1千万人近い会員を獲得できたのは、創業者でもある白石徳生社長の未来を予見する力によるところが大きい。白石氏はこの先をどのように見通し、いかにして組織を率いていくのだろうか。聞き手=関 慎夫 Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2022年11月号より)
創業以来初めてのテレビコマーシャル
―― 今年6月から反町隆史や大友花恋を起用したコマーシャルが始まりました。ベネフィット・ワンは会社設立から26年がたち、福利厚生のアウトソーシング事業者としては圧倒的トップの座にありますが、テレビCMはこれが初めてだそうですね。
白石 新型コロナが流行する前から、福利厚生や働き方改革、健康経営に対するニーズは高まってきていました。そこにパンデミックが来て、人々の移動が制限された。当社の提供する福利厚生サービスでは提携する宿泊施設やレジャー施設などを会員限定の特別価格で利用できますが、移動制限に伴い、その領域での利用者は減っていました。
ところがここに来て、状況が変わってきました。第7波で過去最高の感染者数を出しながらも行動制限は行わない。お盆の人の移動も昨年より大幅に増えています。こうなると、この2年、自由に行動できなかった分、旅行などの需要は増えてきますし、それをお得に実現できる福利厚生への意識も高まります。さらには健康経営の重要性も増してきた。これまでこうした分野を重視してきた企業はもちろん、意識してこなかった企業でも関心を向けざるを得ない状況になってきています。
つまり環境はわれわれにとって追い風です。ですからこのタイミングでテレビCMを打ち、新しい顧客を一気に獲得しようと考えています。
―― これまでやってこなかったのが不思議です。
白石 それだけのコストに耐えられる体力がついたということです。当社は創業から8年で上場しましたが(2004年)、当時の経常利益は8億円ぐらいでした。それが前3月期で初めて100億円を突破しました。その意味で新しいステージに入ったと感じています。そこでさらなる成長を目指し、CMを流しています。
―― ベネフィット・ワンはもともとパソナグループの社内ベンチャー第一号として誕生した会社です。福利厚生のアウトソーシングから始まり、今では決済サービスも始めています。こうした姿は当初から想定していたのですか。
白石 始めた時から、ビジネスマンの生協をつくるというビジョンを掲げていて、それは今でも変わっていません。ですから、ビジネスマンが必要とするものすべてを、所属する会社を通じて提供する。これによって、社員はさまざまな特典が受けられるし、企業にしてみれば社員満足度を向上できます。
―― 昨年10月にはJTBの福利厚生子会社を買収して、さらにシェアを高めました。
白石 ベネフィット・ワンの会員基盤を拡大し、中期経営計画で発表しているプラットフォーム戦略の推進・加速を図ることが大きな目的でした。JTBベネフィットを買収したことで、福利厚生業界でのシェアはさらに大きくなりました。
また、今回は単に買収するだけでなく、当社とJTBの間で事業提携を結びました。私たちの顧客である1万を超える企業・団体に対して旅行を基軸にしたJTBのソリューションを、一方JTBはJTBの顧客企業にベネフィット・ワンのサービスを相互営業する体制を取っており、非常にいい関係が築けています。
人材採用のカギは高賃金と福利厚生
―― これまでベネフィット・ワンの契約企業は大企業が中心でしたが、今後は中小企業の開拓にも力を入れていくそうですね。
白石 日本のサラリーマンの6人に1人が当社のサービス「ベネフィット・ステーション」を利用しています。経団連企業に限れば、おおよそ6割ほどの企業と契約していると思います。多くの官公庁も契約しています。でも日本企業の8割は中小企業です。この部分がほとんど未開拓でした。これを開拓していく。
中小企業にとってこれまで福利厚生は贅沢で、大企業や公務員の特権的位置づけでした。でもこれからは違います。人口減少時代を迎え、産業界はどこも人手不足に苦しんでいます。その中で人を雇おうと思ったら、待遇を良くするしかない。
日本の課題として、賃上げが進まないとよく言われます。でも僕から言わせれば、それは現場が分かっていない人が言っていること。エンジニアは給料を1・5倍や2倍にしないと採れなくなっています。これはエンジニアに限りません。建築現場でも飲食店でも給料を上げないと人が集まらない。以前なら営業力があれば仕事を取ってこられた。人はいくらでもいたから仕事になった。ところが今はいくら仕事を取ってきても人がいない。
これは給料だけの問題ではありません。福利厚生などを充実させ、社員満足度を高めないことには社員が定着しない。ですから今後は中小企業でも福利厚生の意識が高まるのは間違いありません。そこにチャンスがある。そのための武器のひとつが、先ほど言った決済サービスです。
―― なぜ決済が武器になるのですか。
白石 昨年スタートした「給トク払い」という給与天引き決済サービスを利用すると、さまざまなサービスをお得に利用できます。例えば新聞の電子版は10%オフ、電気料金も5%引きになります。中には30%引きのものもあります。そしてその料金は給料から天引きされるから支払いの手間もいりません。労使合意が必要ですが、勤務先の会社がベネフィット・ステーションに入っていれば、これを無料で利用できます。さらには企業側にも導入コストはかかりません。
―― どういう仕組みですか。
白石 通常、サブスクリプションサービスを利用すると、クレジット会社などの仲介会社や販売代理店など複数の会社が介在します。そこで手数料が発生する。ところが給トク払いの場合、当社がサービス提供会社、契約企業それぞれと請求・支払いを行うため手数料は発生しません。その手数料の分だけ価格を下げることが可能ですし、このサービス以上に安くすることは困難です。現行のルールではまだできませんが、いずれは保険や携帯電話などにも広げていきたいと考えています。現在の価格より、大幅に安くすることができるはずです。
これが無料で使えるとなれば、誰だって利用すると思いませんか。しかもベネフィット・ステーションは二親等以内の家族も対象のため祖父母、兄弟、孫も利用できる。その便利さ、お得感を考えれば、いずれ日本国民全員が当社のサービスを利用することになると真剣に考えています。しかもそれはそう遠くない時期。10年後にそういう世界が来ることを目指しています。無料にしたのもそのためで、とにかくスピードを重視しています。お得なサービスをすべての日本人に一気に提供する、そのための時間を買っています。
10年後には資本主義が存在しなくなる?
―― 26年前の創業期から現在の姿を描いていたとのことですが、白石さんはどうやって未来を予見しているのですか。
白石 小さい頃からSF映画や小説が好きだったのも影響しているかもしれませんね。人が想像するものは大体実現されていますからね。それといろんな人と会って遊びも楽しむ。そうした体験を通して将来を予測しています。
―― 10年後はどんな社会になっていますか。
白石 創業からこれまでも激動の時代でしたが、それ以上の変化が今後5年間で起きると見ています。5Gや6G、自動運転やメタバース、量子コンピュータなど、ものすごい勢いで技術が進化しています。すぐに事故の起きない交通網ができ、物流は無人化されます。サーキットなど特別な場所でお金を払わなければクルマを運転できない社会になる。今は電力不足が心配されていますが、いずれ原子力発電に続く新しい発電システムが誕生する可能性も高い。
このように、これから社会は大きく変わっていきます。何より資本主義がなくなっていると予想しています。ベーシックインカムが導入されて、人々の働くという概念が大きく変わっていきます。そして世の中から競争がなくなっていく。ですから時価総額世界一を目指すとか、そういう目標も意味のないものになっていくのではないでしょうか。
―― そういう世界を想定しながら組織を率い、社員にやる気を持たせるのは大変じゃないですか。
白石 だから社員によく言っているのは、「競争できるうちに競争しよう」ということです。今しかできないからこそ、敢えて日本一やアジア一を目指す。営業にも日本国民全員に当社のサービスを利用してもらおうと発破をかける。
それに実際に競争をして、うまくいかなければやっぱり悔しいんですよ。その悔しさをバネに新しい価値を生んでいく。そういう体験をさせていく。競争相手は社外でも社内の人間でもかまわない。意図的に競争する環境をつくっていく。それが社員のモチベーションにつながっていると考えています。